魔法少女ディヴァインシーカー -Ⅱ-
○できごと
久しぶりの幼馴染との再会…
正確には、私の方から一方的に見る機会は何度もあったのが…彼の方は、やはり私の視線に気付いていない様子だった。
気付かなかったのは、無頓着な彼の性格故…そう考えれば、仕方の無い事なのかもしれないのだが………何故だろうか、正直少し腹が立った。
現に…昼休みとなった今でも、こうしてまだ思い出して愚痴っているくらいなのだから、その立腹度がどのくらいの物なのかはお察し頂きたい。
と言う訳で、気分転換に風にでも当たろうと思い立ち……屋上に来てみたのだが。季節の変わり目故か、冷たい風が思った以上に肌に突き刺さる。
当然ながら、そこ期待したような心地良さはそこには無く…それどころか、これ以上ここに居ても不快感が増すばかり。
移動時間に滞在時間…時間を浪費してしまったのは真に遺憾だが、校舎内に戻るとしよう………そう考えた矢先の事だった。
ふと…視界の隅にそれが入ったのは、正に偶然の出来事。
本来ならば、そんな所にはある筈の無い『それ』。私は目を疑い、再び『それ』を見据える………が、確かに『それ』はそこにあった。
よりによって何故あんな所に、あんな物があるのか……いや『それ』その物だけなら、幾らでも仮説は立つ。
何者かが、演劇の小道具として…あるいは、奇抜なインテリアとして一時的に…等々
だが………問題はその場所、と言うか置かれている状態だ。
そう……知的好奇心に駆られた私は、誰にも…それこそ自分自身にも止められない。
不思議かつ不可解な事態を目撃し…気が付いた時には既に、私は走り出していた。
院生「あれ?亜門教授、どこに行くんですか?」
マイ「ちょっとした急用だ!受講者達に伝えておいてくれ給え!」
院生「え…また休講ですか?判りました、伝えておきます」
階段を下り、廊下を走り…途中で会った院生に、すれ違い様に伝言を頼んでから校舎を出る。
そこから定に門を抜けて、道路を横切り……
更にそこから先に進み、私の実家のすぐ隣………『それ』…彼のアパートの庭に浮ぶ『扉』の前に辿り付いた。
私「何なんだこれは…何故こんな所に、こんな大きな扉が?…いや、問題はそれだけでは無いな。何故倒れない?と言うか何故浮いている?」
不思議を前にした私は止まらない。警戒心よりも先に、我先にと飛び出す好奇心に促されるまま…私は門を調べ始める。
装飾…材質…そして、取っ手。扉である以上、それが開くのは当然の事…開いても扉の向こうが見えるようになるだけで、何も無い事は判りきって居るのだが…
重力を無視して宙に浮かぶ、異常な存在…常識外れの存在を前にして、好奇心に勝る感情は存在しようが無い。
私はその取っ手を握り、扉を一気に開け広げた。
●らいほう
大学前でのマイとのやり取りの後…少し寄り道をして、午後一時頃に帰宅した俺。
明日と明後日は休みなので、ぐっすり睡眠を取る予定…だったのだが、そんなお疲れモードの俺を待ち受ける人物が居た。
考えられる可能性として容疑者を挙げるのならば、合い鍵を持っているハルかレミ…若しくはその両方。
………そのくらいしか、俺の部屋に来る人物は居ない筈だった…筈だったのだが…
俺「…誰だお前は。ディーティーの仲間か?」
何と言えば良いのか…そう。ディーティーのように、ぬいぐるみのような…マスコットのような姿をした何か。
強いて言うなら、そいつはディーティーのような猫型ではなく、カピパラ…いや、多分犬型なのだが………
エディー「はじめまして、私の名はエディーと申します。私のような姿の者が外に居ては目立つため、失礼ながら中で待たせて頂きました」
俺「エディー…電子マネーみたいな名前だな」
エディー…そう名乗るマスコットに対して、俺は思わず突っ込んだ。
エディー「彼女と同じ世界からの訪問とはなりますが…貴方の知る彼女の、仲間に属する者ではありません」
が…エディーはその突っ込みをスルーして、先の質問にだけ答えやがった。
こいつら、スルー技能高すぎだろ…そんな感想を浮かべながら、同時に懸念すべき事態が頭の中に溢れ出る。
俺「………まーた、あっちの世界からの干渉かよ…いい加減にしてくれ」
エディー「申し訳ありません。ですが…我々は貴方達を無理に巻き込むために来た訳ではありませんので、その点の釈明をさせて頂けますか?」
俺「どういう事だ?だったら一応話を聞かせてくれ」
外見から察する限りでも、ディ-ティーと同種の存在である事は嫌でも判る。
形式上、一応問い返してはみるが、エディーの言葉が一体どこまで信用できるやら……今の段階ではまだ計り知れない。
エディー「それを話すにあたって、ハル様とレミさまをここにお招き頂きたいのですが…宜しいでしょうか?」
得体の知れない相手の言葉に従うのも癪だが…俺一人で対応するよりは、あの二人が居てくれた方が心強いのもまた事実。
俺は携帯を取り出し、ハルとレミを呼び出す事にした。
エディー「では改めまして…私はエディーと申します。此度は、貴方様とレミ様に助力を乞うため参りました」
レミ「あっちの世界の住人が…私と彼にねぇ………」
話の内容を聞いて、レミも不信感を露にする。俺の時と同様、当然の反応だ。
俺「ハルじゃなくて俺達…って事は、ダークチェイサーその物絡みって事だよな。で、にも関わらずでハルまで呼び出したって事は…」
ダークチェイサー…あちらの世界でディーティーに創り出されたこいつらが、違法の存在である事は以前から聞いていた。
そして…あちらの世界からの来訪者が、ダークチェイサーを訪ねて来た以上…その目的が穏やかな物であるとは考え難い。
可能性が高いのは………罠。想定しうるその可能性に備え、俺達は警戒心を高める。
エディー「いえ、誤解をなさらないで下さい。ハル様をお呼び頂いたのは助力頂くためではなく、助力への対価…その支払い対象がハル様に当たるからです」
俺「………説明して貰おうか」
エディー「では…説明の順番が逆になってしまいますが、報酬のお話です。私達は助力頂いた場合の報酬として、ハル様のお身体の治療をお約束します」
レミ「お身体って……え?それってつまり…………」
俺「ハルの……妊娠出来なくなった身体を直せる……そういう事なのか!?」
エディー「左様で御座います。我が国の医療魔法使いの治療を受ければ、まず間違い無く完治されるかと」
俺「いや、待て……話が美味過ぎる。それに、ハルってあっちでも稀なくらいの強力な魔法使いなんだろ?それでも治せなかったってのに…」
エディー「失礼ながら…それはハル様の技術と知識が及ばなかったためと思われます」
レミ「…どういう事?」
エディー「まず、ハルさまの持つ力はとても膨大な物で御座います。こちらの世界で例えるなら、都市一つを賄える程の発電機のような物」
俺「その辺りまぁ…何と無くだが判る」
エディー「ハル様が貴方様に施した、瘴気の浄化のような…あれだけの魔力を単独で扱える魔法使いは、我が国にも居りません」
俺「………まぁ、そうらしいな」
…と、表面上では平静を保って返事をするが…内心では驚きと不安が溢れ出す。
以前の…ディーティーとのやり取りで、ハルの魔力が相当な物だと言う事は知っていたが…
それがあちらの世界においても規格外な程となれば、前提を改めなければいけなくなる。
ここから先の選択は、それだけの力を持ったハルの立場を左右する物…それを肝に命じながら、エディーの話を聞きに戻る。
エディー「しかし…医療魔法と言う物は、力だけでは無く技術と知識を要する物。例え有り余る力があろうとも、正しい処置が出来るかは別問題…お判り頂けますか?」
俺「…確かにな。で…ハルに足りなかった技術や知識を持った、医療魔法使いを用立てる事が出来る…そう言いたい訳か」
エディー「左様に御座います」
レミ「…一応筋は通ってるわね。でも、貴方達が本当にハルの治療をするって言う証拠は?」
俺「肝心の…罠じゃぁ無いって証拠はあるのか?」
エディー「御座いません。その点に関しての私共は、ただ信じて頂く意外の手段を持ちません」
俺「ならその話は一旦置いといて……ハルの治療をする条件は何だ?」
エディー「私共の世界を………救って頂きたいのです」
ハル「………」
レミ「………」
俺「………」
俺「……は?」
レミ「……え?」
俺&レミ&ハル「世界を…救う!?」
●ほうかい
俺「世界を救うって………いや、そもそも一体何がどうなってそんな事になってるんだ?」
エディー「私共の世界は、光りと闇…秩序・節制・不変等を司る光と、混沌・例外・変質等を司る闇がバランスを取り合い形成されています」
レミ「うわ、物凄くファンタジーっぽい」
同感だが、俺はそんな身も蓋も無い事を口には出さないぞ。
俺「で…それが世界を救うのと、どう関係してるんだ?」
エディー「現在…光の力が闇の力を大きく上回った状態にあり、そのバランスが崩れようとしているのです」
レミ「光の力が大きくなると、具体的にどうなるの?」
エディー「まず、ハルさまの使われるような光の魔法が強くなり…闇の力が衰退。やがて世界は一切の変質を持たぬ、停滞した死の世界となるでしょう」
俺「逆に闇の力が強くなると?」
エディー「闇の力が増し、光の力が衰退…無秩序の混沌により世界は崩壊…闇が全てを飲み込んだ死の世界になります」
俺「………どっちにしても死の世界かよ」
何とまぁ危なっかしい世界崩壊の天秤だろうか。俺は思わず突っ込まずにはいられなかった。
エディー「はい…ですので、双方のバランスを取る事が必要なのですが…」
レミ「バランスが崩れかけてる…その原因は?」
そう…その原因を聞かなければ対処のしようが無い。至極当然の質問を、俺達を代表したレミが投げかけるのだが……
エディー「ディーティーで御座います」
俺&レミ「えっ」
と…これまた思いがけず飛び出た名前を耳にして、俺とレミは思わず驚きの声を上げた。
エディー「ディーティーがダークチェイサーを作成する折に…あろう事か禁忌を侵し、闇の核の一部を奪って材料にしてしまったのです」
俺「………………」
レミ「………………」
成る程、理解した。俺と同じように、レミも理解できたようだ。
そこまで聞いてしまったら、もうそこに迷う余地は無い。互いに確認を取る必要も無く判る…俺達の心は決まってしまった。
俺「ぁー………それを聞いたら放っておく訳にはいかないよなぁ…」
レミ「そうね…この子達の生まれ故郷がピンチってだけでもアレなのに…その原因が………」
ハル「でも……」
と、ここに来て初めて口を開くハル。まぁ…その先に続く言葉は想像出来る。
ハル「私のために、二人が危ない目に逢うのは嫌…」
あぁ、やっぱり…予想通りの言葉が、ハルの小さな口から零れ落ちた。
そう…前回のストーキングの件の負い目もあって、ハルはこういう所では過度なまでに引っ込みがちなんだよな。
だからこそ………
レミ「ねぇ…」
俺「あぁ……」
ハル「………?」
俺「気にすんな。順番が逆になったらからそう聞こえるだけで、世界の危機って聞いた時点で俺達は行く事を決めてたぜ」
レミ「そうそう、これは私達がしたい事をしに行くだけ。ハルの治療はそのついで…と言うか、報酬として貰える分タナバタ?」
俺「それを言うならタナボタだ。変な所でハーフ設定を活かそうとするんじゃない、この日本育ちめ」
レミ「てへぺろ♪」
だからこそ、そんなハルを俺達が引っ張ってやらなければいけない。
俺とレミは、示し合わせて…小芝居を挟みながら、ハルの追い目を少しでも軽くする。
エディー「では皆様…私共の依頼を受領して頂けたと考えても…」
俺「あぁ」
レミ「オッケーよ」
ハル「あ……うん」
エディー「ありがとうございます、感謝の言葉もありません。それでは、皆様の準備さえ宜しければ……」
途中、多少の難航は挟んだものの…こうして俺達の方向性が決まり、エディーは次の段階に入り始める。
が……
俺「あ、いや…待てよ」
レミ「何?どうしたの?」
俺の中に、その進行を遮る物が浮かび上がった。
俺「ハルもレミも、来週には春休みが終わって進級だろ?それまでに終わるかどうか…」
そう………スケジュール問題だ。
レミ「アンタねぇ…あっちの世界の危機って時に何を…」
と、レミは軽視しているが…これは本人が思っている以上に重要な事だ。
新学期早々無断欠席なんて事態になれば、クラスメートからも学校側からも心象が悪くなるのは必至。
とは言え…あちらの世界の危機に無関係では無い以上、放置は出来無い。俺はどちらを優先するべきか…せめぎ合いの中で苦悩するのだが…
エディー「その点でしたら心配は御座いません。私共の世界と此方の世界は時間の経過速度が違います故…」
何ともまぁ…定番も定番の設定が出て来てくれた物だ。だがそれは、俺達にしてみれば願っても無い幸運だった。
俺「具体的には?」
エディー「此方の1日が私共の世界の10日…10倍の差が御座います」
俺「実質60日の猶予か……まぁ、さすがにそこまでの時間はかからないと思いたいな…」
と言う訳で、俺が憂慮していた事態は無事に解決。
俺達はあちらの世界…ディーティーやエディー…そしてダークチェイサー達の生まれ故郷を救いに行く事になった。
そして…所変わって、アパートの庭。
ハルの入院に必要な着替えや、俺とレミの日用品等…最低限必要な物は部屋にあったので、それを手荷物に纏める事で準備は完了。
後は、あちらの世界に移動するのみとなり…そのための手段を確認するため、ここに訪れたのだが…
エディー「…こちらが、私共の世界へと通じる扉となっております」
レミ「文字通り扉ね…」
ハル「扉だね…」
そこにあったのは、俺達全員が一度に通れるくらいの大きさの扉。
金色の縁や装飾が施され…地上から数十cmほど浮いている、いかにもと言った感じの魔法の扉だった。
エディー「因みに…案内役である私からあまり離れすぎてしまいますと、あちらの世界に移動した際、どこに出るか判りませんのでご注意を……んん?」
俺「どうした?故障か?」
エディー「いえ、何者かがこの扉に触れた痕跡…いえ、そんなまさか…」
レミ「どうしたの?」
エディー「すみません…現時点では私の杞憂に確証は持てません。取り敢えず、続きはあちらの世界に到着してからでも宜しいでしょうか?」
…おいおい、本当に大丈夫か?出発前から不安になるような事は止めてくれ。
レミ「ま、判らない事でモタモタしてても仕方ないし…行きましょうか」
しかし…尻込みする俺とは逆に、先を促すレミ。
確かに、ここに居ても判らないのなら仕方ないし…時間の流れに開きがある関係、それを無駄にするのも得策では無い。
余計な駄々を捏ねても何の解決にもならない以上、俺もレミに賛同して先に進む事にする。
俺「あぁ…そうだな。あっちに行かなきゃ確認出来ないなら、行くしか無いか」
こうして俺達は、異世界…あちらの世界へと旅立った。
そう…その先に幾つもの苦難と出会い、そして………大切な人との別れが待ち受けているなんて事を知らずに