6話目
お腹も落ち着いたのでそろそろ出掛けようと席を立つ。
受付に挨拶をして宿屋を出た。
まずは掲示板のあった小広場まで歩く事にした。
夕日に染まる街も目に楽しかったが、午前の爽やかな光の街も素晴らしかった。
程なく小広場につき、掲示板を確認する。
昨日見つけた草むしりの依頼はまだあった。
その他に出来そうな物は有るかと眺めたが、自分の能力的に今日中に二件は無理な気がして諦めた。
ゆったりと歩きながら依頼主の家に向かう。
昨日は気づかなかったが、果樹を育てている家も有るようで、何という種類かは分からないがオレンジに似た実が成っている木が何本か目に入った。
オレンジより大分小さい、親指と人差し指で作った輪くらいの大きさの実がつく木は、木自体が小さく、鉢植えにされて家の入口脇に置かれていた。可愛らしい。
目的の家はすぐにわかった。
入口横の壁に『依頼:庭の草むしり』と書かれた紙が貼ってあったからだ。
家の人に声をかけると、庭に案内され、手袋とカゴを渡された。
いつも自分の子供達にお手伝いとして言いつけるが一向に終わらないので依頼を出したそうだ。
後、依頼は掲示板だけでなく、各々の家の壁に貼り出されている事も有るので、時間がある時に見付けて、出来そうだったら受けてあげて。と言われた。
しかし、報酬が金銭ではなく現物支給の場合も有るから無理に受けなくても大丈夫だとも言われた。
散歩のついでに色々出来るなら、報酬はそれほど気にならないなぁ。と思いつつ、手袋をはめて草むしりを開始する。
抜いた草をカゴに入れながら端から進めていく。
地道な作業が性に合っていたのか、無心で草を抜いていた。
手に付く草が無くなり顔を上げると、カゴがいっぱいになっていた。
立ち上がり体を解すように伸びをひとつすると、周りを見回した。たくさんあった草は綺麗に無くなっていた。
草むしりが終わったと声をかけると、依頼主から報酬としての金銭と、綺麗に全ての草が無くなったからと、草むしりに使っていた手袋とカゴも頂いた。
──依頼:庭の草むしり を達成しました。
──報酬:500e を入手しました。
──追加報酬:軍手、カゴ を入手しました。
例の声が聞こえた。通貨の単位は"e"と書いて"エルン"と読むらしい。忘れそうな気がする…。
手袋とカゴは朝のパンの時の手順を思い出して、無事収納できた。
忘れるような持ち物も無いが、一応確認だけして依頼の家を出る。
時間を確認すると、昼をいくぶん過ぎていた。
昼食をどうしようかと思い、朝のパンが有るからどこかゆっくり出来る所で食べようと思いつく。
とりあえず小広場に向かって歩く事にした。
小広場では子供たちが元気に走り回っていた。
それを微笑ましく見ながらベンチに座って玉子のサンドイッチを取り出す。
それほど空腹を感じていなかったので、サンドイッチ一つで満腹になった。
食休みをしてから宿屋とは反対の道へと歩き出す。
石畳の模様に目を向け、木々にとまる小鳥を眺め、時折、塀の上や花壇の隅に居る猫たちに挨拶をする。
家々もなかなか個性的で可愛い物から野手溢れる物まで様々だった。
そういえば、石畳はどうやら区画ごとに違う模様らしい。ちゃんと覚えれば自分がどの区画に居るか迷わなくてすみそうだ。
色々見ながら歩いていたらいつの間にやら夕方になっていた。
今回はここまでにしようと思い、ヘルプを見つつ帰宅の魔法を発動する。
一瞬のふわっとした感覚のあと、ルームに居る自分に気付く。
ヘルプの指示に従いベッドに横になり、現実世界へ帰る操作をした。
──お疲れ様でした。
──水分補給をお忘れなく。
始めた時同様に、カウチで目が覚めた。
ヘッドギアを外し、室内を見ると三人掛けのソファに孫が横になっていた。まだあちらに居るらしい。
改めて部屋の時計を見る。
あちらで2日程過ごしたが、現実世界では3時間も経っていなかった。
自分としては、なかなか充実した散歩だったと思う。
誘ってくれた孫に感謝しつつ、夕食の支度をする事にした。
そういえば、孫は夕食までに帰って来るのだろうか?
そんな事を思っていたら自分の携帯端末に孫からメールが入った。
『爺さんお疲れ!7時にはログアウトする。夕食食べる。あと、カニはカニの身をドロップしなかった!悔しい!』
やはり、うちの孫は人の心を読む事が出来るらしい。
便利な事だ。
さて、残念な事に現実世界にもカニは無いので、夕食は鶏のツミレ鍋にしよう。
散歩はまた明日。