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マエジマ郵便局  作者: 長村八
8/12

〒003-0001

 想いの分だけ重くなり、かさばってくるくらい分厚いものになっていく。

 もしかしたら『いらない』、なんて言って捨てられてしまうかもしれない。

 それでも受け取ってほしいと、喜んでほしいと思うから。




   ○●




 夏からだんだん秋へと移り変わっていく季節。

 それに合わせて日の出の時間も少しずつ遅くなっているのがわかる。

 出勤時間は日が昇るとき。よって、出勤時間は自然と遅くなる。

 夏場は三時くらいに出勤していたが、今はそれよりも二時間ほど遅くなった。

 よく寝れるようになったのはうれしいが、その分寒くなってきていて、起きるのが辛い。

 まだストーブをつけるような季節でもないのが、また辛い。この半端な気温には、毎年悩まされている。北国の宿命とでも言うべきか。

 いつものように母の作ってくれた朝ご飯のおにぎりを胃に入れ、目を擦りながら空き地へ行くと、やっぱり羽月うづきちゃんがもう来ていた。

 何度か彼女よりも早く行こうと思って頑張ったけれど、今まで一度もそれが達成されたことはない。

 一体羽月ちゃんはいつからいるんだろうか。

「おはようございます。……今日も眠そうね」

 僕の存在に気が付いた羽月ちゃんが笑顔を見せる。今日も小動物のようなくりくりとした瞳が煌めいている。

 毎日丁寧に挨拶をすることは大切なことなんだと、僕は彼女から学んだ。

「おはよう。そうだね、寒くなってくると布団から出たくなくなるから」

 笑って返事をしながら、ポストの横に立つ。

 朝のひんやりとした空気に包まれたポストは、予想はしていたが思った異常に冷たくて、一瞬手を引っ込めた。

 ……と、日が昇り始めた。途端に辺りが明るくなる。

 山と山の間からちらりと姿を見せた太陽は、待ち望んでいた温かさをくれる。

「太陽って偉大だよね」

 目を細めて思わずそう呟くと、笑い半分の声が隣から聞こえた。

「何言ってるのよ」

 体全身が少しずつ溶けていくような感覚がする。

 ああ、僕は太陽にあたっていないとカビが生えてくるんじゃなかろうか。憧れはあるけど、極夜の地には行けないなあ。

 しみじみと実感しながら、ざっぱーんという音を後ろに聞いた。そして色の波が覆いかぶさってくる。

 この波も最早日常になってしまった。……慣れというものはつくづく恐ろしい。

 普通はこんなことありえないのに、なんどもなんどもやっているともうそれが普通になっていく。普通の世代交代は意外と早いものだ。

 次々塗り替えられていく目の前の景色を眺める。

 すうっとした優しい風が頬を撫でたらもう着いたという合図だってことに、最近やっと気がついた。

 羽月ちゃんは大きく伸びをしながら郵便局へ向かっていく。僕もそれを追う。

 夏には青々としていた足元の草も、少しずつ色がなくなっていく。もう少ししたら霜をかぶるだろう。

「おはようございます」

「おはよう、おじいちゃん」

 挨拶をしながら郵便局のドアを開けると、奥から嗄れた声が聞こえた。

「おはよう。今日は一段と寒いね」

 しばらくして姿勢のいい老人が歩いてきた。今日も袴姿が厳めしい。我らが局長、前島さんだ。

 圧倒的で静かな存在感を目の前にすると、自然と背筋が伸びる。……だから、湯たんぽを大事そうに抱えているその姿は、ちょっと見たくなかったです。

 前島さんはソファに座りゆっくりと湯たんぽを撫でながら、首だけをこちらに向ける。

 なんとなく亀みたいだなと笑うと、年寄りは冷えるんだよ、とかなんとか言ってから、僕に用件を告げた。

「今日の配達分、そこに置いてあるから」

「あ、はい」

 目線で伝えられた事務机の上には、今日も手紙が山盛りだ。

 手紙の山を崩さないようにそっと椅子を引き、座る。そして一枚ずつ宛先をチェックだ。

 木音きおん川澄かわすみなどよく行く地域がほとんどだが、一つ目を惹くようなものがあった。

「なんですかこれ……小包?」

 分厚く、茶色い封筒の中は、手紙だけではない重さを持っている。

 しかも住所は滅多に行かない虹端にじのはし

 半年仕事をしてきて、小包を届けるのは初めてだ。封筒には女の子が書いたような丸文字で宛先が書いてある。……宛名は、雨咲あまざきさん。

「ああそれ。たまにあるのよ。きっと何か特別な思い入れがあるものなんでしょうね。どうしても見てもらいたいものがあるときは小包にして来たりするの」

 向かいの机に腰掛けていた羽月ちゃんが、頬杖をつきながらこちらを見ている。

 ……特別な思い入れがある品物、か。

「その物に対して未練を残してて、成仏できてなかったりもするしね」

 前島さんも付け加える。

 それだけの理由がある物……。なんなんだろう?

 壊れ物だったら困る、と思ってそっと置く。

 それなりの重さがあるのだ。陶器などの割れ物なら、いやそれでなくても、乱雑に扱っては壊れてしまうかもしれない。

 心のどこかで小包の存在を気にかけながら、手紙の分類を終える。

 そして鞄にいつも入れている地図を見ながら、今日のルートを考える。

 今日はすっきりとした秋晴れだ。最近天気が悪かったこともないから、きっと最短で回れるだろう。お昼は朝樹あさぎくんのところで食べたいなぁ……。

 ぼんやりとこの前試食させてもらった、秋期限定のかぼちゃプリンを思い出す。あれもまた美味しかった……。

 『秋なんだし、オムライスのソースにもキノコとかいれてみようかな』という彼の呟きは、しっかり僕の頭に残ってる。

 どんな味になったんだろう……僕の理想としては、キノコの食感を存分に生かしつつ、適度にほろ苦いようなソースが……。

「夕詩クン。手、止まってる」

 そう前島さんに注意されるまで、僕の脳内試食会は終わらなかった。




   ○●




 手紙の整理を終えて外へ出ると、さっきまでの寒さはどこへやら、すっかり温かくなっていた。

 町を越えて、遠くに連峰が見える。天気のいい日はこうなるのだ。

 色が濃く感じる曇りの日も、音が楽しい雨の日も、全て吸い込まれそうな雪の日も勿論全部好きだけど、一番好きなのは晴れ。

 倉庫の中では、自転車は今日も律儀に僕を待っていてくれた。よろしく、とサドルを撫でてまたがる。

 今日はなんだか気分がいいぞ。

 ペダルの一漕ぎ一漕ぎにも気合いが入る。

 通り過ぎていく風の音に耳を澄ませ、一気に坂を下り始めた。

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