〒002-0004
入社試験。
前島さんの口から飛び出てきた言葉に、ギクリと身体を固くする。
もともと試験という単語は苦手なのだ。
試す経験と書いて『試験』なのだから、経験していれば出来る筈なのに、どうしてそれが出来なくなるのか。
入学試験、定期試験、卒業試験、検定試験……どうして世の中には、こんなに多く試験が存在しているのだろうかと、真剣に悩んだこともある。
……郵便局で入社試験って、どんなことするんだろう。調べておけばよかった。
前島さんの目は、未だに僕から全く外れてくれない。
蛇に睨まれた蛙って、こんな気分なのかな。本当にとって食われそうだ。
頭からバリバリと食べられていく自分を想像して、震え上がった。いや、そんなことされないだろうけど。イメージはそんな感じなのだ。
でも、ここで逃げたら仕事は無い……! 僕は一度目を閉じた。
そうだ、猫を噛む鼠になってやる。こっちから食べてやる気合いでいないと、この人とは渡り合えない。
そう思って、強く拳を握る。気が付いたら、手のひらは汗ばんで冷たくなっていた。
ゆっくりと目を開け、僕も負けじと前島さんを見つめ返した。きっと今までで一番力がこもっていた。
「……よろしくお願いします!」
それを見た前島さんの表情がわずかに緩んだ、気がした。
○●
数分後。
「じゃ、いってらっしゃい」
「気をつけてね、白紀沢くん。いってらっしゃい」
前島さんは無表情に、舞原さんはニッコリと僕を送り出してくれた。
……よろしくお願いしますと言った途端、舞原さんが奥から赤い制服を持ってきた。
それを僕に押し付けて、
「はい、これに着替えて。あ、トイレはすぐそこを突き当たりね」
有無をいわさず、そうやってトイレに押し込められた。
試験をするのに、果たして着替えは必要なのだろうか。
探したが、どうやら電気のスイッチはないらしい。仕方なく薄暗い中で着替えながら、考えた。
着替えていくうちに、だんだん不安になってきた。
これ、もしかして……いや、違うだろう。うん、違うと思いたい。
でもそんな願望をさらりとすり抜けて、現実は迫ってくる。
着替え終わって怖々と鏡を見ると、……ああやっぱり。僕はがっくりと肩を落とした。
なんだこれ、今まで僕が着た服の中で一番派手だぞ。
鏡に映った僕の姿は、まるでピエロの衣装みたいだった。黒いズボンに、赤いストライプのネクタイ。極めつけは真っ赤なジャケットだ。僕は舞原さんの着ていた赤いコートを思い出した。
でも舞原さんのコートの下の服は、別にそんなに赤くなかったんだけどな。普通の、郵便局のお姉さんが着ているような、濃紺色の制服だった。リボンが赤かったくらいか。
それに比べてこれはなんだろう。
人目を引くような顔立ちの人が着ていれば、随分印象は変わるんだろうけれど、僕の顔立ちはきわめて普通。外見の特徴と言えば、広がりやすい髪の毛のせいで、頭がちょっと大きく見える位なものなのだ。
そんな凡人がこんな服を着たところで、滑稽に見えるだけだ。
大きく溜息をつく。
あ、もしかして試験っていうのは、精神攻撃のことなのか? 恥ずかしいことをさせて、度胸と根性を試そうっていう、そういう試験なのかもしれない。
ならこんなところで負けてられないじゃないか。
……なんてね、そんなこと真剣には考えない。でも、こうでも思わないとやっていけないんだ。
気合いを入れるつもりで、パチンと音を立てて両頬を手で挟む。痛かったけれど、やる気は出た。
ジャケットの襟を引っ張って皺を伸ばす。なんだか自然と背筋が伸びた。
笑われたって気にするものか、と勇んでトイレを出ると、今度は、前島さんが帽子を持って待っていた。
「ど、どうですか」
ぎこちない笑顔と一緒に感想を聞いてみる。
彼は僕の格好を見てなにか言う訳でもなく、ただ無表情に帽子を差し出す。
「まあ、いいんじゃない」
え、それだけ!?
ぽかんと口を開けて続きを待ってみたが、何も言ってこない。ああ、そういえば舞原さんにも同じような目に遭わされたっけ。
親戚って、性格まで似るのかな?
それ以上の感想を聞くのは諦めて、帽子を受け取る。勿論この帽子も赤だ。
「これ被って出来上がり。鞄は羽月から受け取って」
確かに、郵便局はポストの色の赤がイメージカラーだと思うけれど、これは目立ちすぎじゃないですか?
少しだけ抗議の意味を込めて聞いてみたら、これくらいがちょうどいいのだそう。
……うん、わからない。でも考えても仕方がないってことは、この短時間でよくわかった。
ので、大人しく帽子を被ってロビーに出た。
さっきまで僕が座っていた所に、大きな赤い鞄が置いてある。また赤か。
トマトみたいなでっぷりとした形のその鞄は、どうやら肩掛け鞄らしい。目立つところに大きく『〒』のマークがプリントされている。大分使い込まれているらしく、ところどころ布地が薄くなっていたりしていた。
その大きさからさぞかし重いのだろうと思って持ってみたら、案外軽かった。開けて中をのぞいてみると、手紙が一通入っていただけだった。
「今日は試験だから一通だけよ。それを届けてきてね、本人に直接」
「直接?」
そう、と舞原さんは頷いた。絹のような髪が一房、かけていた耳から落ちる。
普通、ポストに入れておけばいいものじゃないの? 手紙って。
……いや、そういえばここは『普通』ではない世界なのだった。そういうものなんだ、と丸飲みしてしまった方がよっぱど理解が早い。
舞原さんは、事務机の引き出しを開け閉めしながら、何かを探しているようだった。がちゃがちゃという音に混じり、こんな声が聞こえてきた。
「それで駄目だなと思ったら、ここでは働けないわ。心が壊れちゃう」
その言葉を頭の中で漢字にするのに、少々手間取った。
だって、そんなこと普通は言わないから。漫画やドラマの中でしか聞いたことがなかったから。
心が、壊れる。
その言葉を自分の胸の中で反芻する。
真剣に考えたことがなかった。
それは、一体どれだけ辛いことなんだろう……?
「一回体験しただけで、『無理だ』って言ってやめていった奴もいたっけね」
トコトコと奥から歩いてきた局長の言葉が余計に響く。
そんなこと、僕にできるのかなあ……。特別でもなんでもない、凡人な僕に?
今までやってきたことは、全て人並み、又はそれ以下だった。どれだけ頑張ってやっても、その努力が報われたことなんてほんの数回だった。
今回も、そうなるんじゃないのか。
そう思うとたまらなく不安になる。怖いと、思ってしまう。
それでも二人はお構いなしに、次々と試験の準備を進めていく。
「ああ、あったわ! はい、これ、ここ周辺の地図。迷ったら町の人に聞くといいわ、きっと教えてくれるから」
「裏の物置に自転車が入ってるから、移動手段はそれ使って。古いけど、丈夫だよ。はい、鍵」
「もしかしたら宛先の人、夕方まで帰ってこないかもしれないわ。そうなった時のお昼代」
「夜までかかることは、そうそうないから。その辺は心配しなくていいよ」
次から次へと、色々なものを鞄の中に突っ込まれる。さっきまでの手紙一通分の重さはどこへやら、たちまちずっしりとしていく鞄に体勢を崩しかける。
「あ、あの」
まだ聞きたいことがあるんですけど、と口を開く前に、二人に背中を押されて、あれよあれよと出入り口まで連れて行かれた。
「健闘を祈ってるよ」
「事故には遭わないようにしてねー」
「ちょっと、二人とも……」
抵抗しようと振向いたけれど、二人は聞く耳を持たず。
そうして現在に至るという訳だ。
僕はどうしようかと考えたあげく、取り敢えず自転車を出しておくことにした。
郵便局の裏に回ると、小さい物置があった。鞄の中をまさぐって鍵を取り出す。鍵穴には勿論ぴったり合う。
中には局長が言っていたように、大分古めの自転車が入っていた。
今日はお世話になります、とサドルを撫でる。もちろん自転車は答えなかったけれど、ほんの少しだけハンドルが光った。
よっこらよっこら、それを物置から引っ張りだした。物置には、また元通りに鍵を閉めておく。
スタンドがついていなくて、自力で立つことの出来ない自転車は、物置に立てかけるような格好になった。
僕はその近くの地面に胡座をかいた。地面と言っても青々とした草が生えているので、服は汚れない。
一気に近くなった土の匂いが、懐かしいと感じた。
まだここに来てそんなに長い時間は経っていないだろうに、もうもとの世界が懐かしく思えてくる。それくらい、ここでの時間はゆったりと流れていると思う。
「えーと……あった!」
再び鞄を探って、手紙と地図を取り出す。風が強かったので、地図は飛ばないように石で押さえて広げる。
手紙の宛先は……なんて読むんだろう、これ。赤火……でいいのかな。
地図で同じ地名を探す。川を越えて、野原を突っきって行けばいいのか。
この郵便局の場所には『マエジマ郵便局』と大きく書かれていた。そうか、ここ、マエジマ郵便局っていうんだ。
さっきまで自分がいた建物を下から見上げてみると、看板の赤がとても大きく見えた。
きっとそれは、前島局長の人としての存在感がそうしているのだろう。
何度か地図上を指でたどる。ルートが何となく頭に入ったところで、丁寧に折り畳んで鞄にしまった。
「よし!」
そう言いながら立ち上がったときは、少し前に抱えていた不安なんて、どこかに吹っ飛んでいた。
二人ともなんだか怖いことを言っていたけれど、何とかなるよね。僕、能天気だし。
それにほら、忘れることが特技みたいなものだし。大丈夫大丈夫!
意気揚々と自転車に跨る。胸がドキドキしているのがわかった。
まだ何も知らない、未知の町へと旅立とうとしているこの感覚。
僕は不安と期待を込めながら、地面を蹴った。
○●
丘はなだらかだと思っていたら、結構急だった。ぐんぐん上がっていくスピードが、ちょっと怖くなったのでブレーキをかける。
よく見れば小さい花なんかがぽつりぽつりと咲いていて、最初からゆっくり来ればよかった、と後悔した。
見かけは蒲公英に似ているような気がする。でもきっと違うんだろう、だってここは俗にいう『現実ではない別の世界』なんだから。
道は舗装されていなくて、土のゴツゴツとした感覚がハンドルごしに伝わってくる。
向こうの世界で自転車なんて乗っても、この感覚はなかなか味わえない。向こうはほとんどコンクリートで覆われているから。
僕の住んでいる町は田舎だからまだいいのだろうが、都会なんかに行くと、この土の匂いなんかも、気付きにくくなってしまうのだろうか。それは、ちょっと寂しいな。
斜面がだんだん落ち着いてきた。
横目に一本道を発見する。寄ってみたい気もしたが、それは試験に合格してきちんと雇ってもらってからにしようと思い直す。
地図にはこの道を真っ直ぐ、と書いてあった筈だ。
それに従って自転車をこいで行くと、広い野原のようなところに出た。確か、月喜というところだ。
今まで張りつめていた空気が、緩むのがわかった。
神聖な場所から少し離れた、賑やかな大通り。城下町って感じがする。人も、ちらほらと見かけるようになってきた。
近所で井戸端会議をしていたり、犬の散歩をしていたり、子供同士で遊んだり。普通のことをしている人たちにほっとした。郵便局では幽霊だの、先祖だの、とんでもない話を聞かされていたから。
さらにこいで行くと、小さなアーチが見えてきた。不安になったので地図を確認。ここは……木音か。もうちょっと先だな。
小さなアーチは近づいてみると、商店街の入口のようだった。沢山のお店が軒を連ね、仕込みだろうか、美味しそうな匂いや忙しそうな雰囲気が伝わってくる。
何人か挨拶をしてくれたので、僕もたどたどしいながらも返した。
「おはよう。……あれ、見ない顔だね。新人さんかな? 前の人はどうしたんだい?」
写真館の前を通った時、竹箒を持った人が中から出てきた。
丸い顔に丸めがね、丸い体型にどこか愛嬌があるおじさんだ。
どうやらこの写真館のオーナーらしい。首からは古くて重そうなカメラを提げている。
「おはようございます。新人ではないんです、今日採用試験で……。あの、前の人とは」
自転車を止め、少し話してみることにする。
どんな人だったのか、興味がある。
お喋りが好きらしいおじさんは、せかせかと箒を動かしながら教えてくれた。
「ああ……、郵便局の受付のお嬢さん……羽月さんといったかね、あの子のお兄さんだよ。最近急がしそうだなあとは思っていたが、そうか、引き継ぎだったんだな」
舞原さんの、お兄さん?
「よく働くいい人だったよ。必ず笑顔で挨拶を返してくれるしね。朝からいい気分になれたものだよ」
そう話すおじさんが、少し眩しかった。
僕は、何も言えなくなってしまった。しばらく竹箒が地面をなぞる音が続く。
ざっざっという音が、細波のように僕の心を揺らした。
僕は……そんな風に思われたことが、一度でもあったのだろうか。たった一回だけでも、人の心を晴れやかにしたことがあったのだろうか。
自分で言うのは悲しいけれど、多分ない、と思う。
きっと、いつも人よりも数センチ下を向いている、陰気な奴だと思われていたことの方が多かった。
友達はそれなりにいたけれど、上辺だけの人もいた。
ごく普通に生きてきた。そう思っているのは、それは今でも変わらない。
それでも、長い人生の中の一度くらいは。
「僕も、」
気が付いたら声が漏れていた。おじさんが目で優しく続きを促す。
「僕も、そんな風に思ってもらえる配達員になりたいです」
まだ正規で雇ってもらってもいないのに、図々しかったか。なんだか恥ずかしくなって頭を掻く。
でもおじさんは僕を馬鹿にせず、笑顔でこう言ってくれた。
「きっとなれるよ、素敵な夢だね」
その言葉が心に染み入っていく。
素敵な夢。初めてそんなことを言ってもらえた。
心臓がいきなり掴まれたように、ぎゅっとなる。
思考回路を、言葉にできない何かで埋め尽くされたような気がした。何か言わなくちゃと思って口を開いたけれど、言葉が出てこない。
それでも、顔の筋肉だけは無自覚で緩んでいく。
「いいね」
一言だけそう呟き、おじさんは素早く首からかけていたカメラを構えた。
パシャリ。
そう音が聞こえた時に、写真を撮られたんだ、と気付く。吃驚したけれど、惡い気はしなかった。
「いい笑顔だ、その調子で頑張りな」
力強く背中を押される。
僕はそのまま走り出した。
「はい!」
ありがとう、と手を振ろうと思って、ハンドルから手を離したらバランスを崩した。慌てて体勢を立て直す。
手を振ることを諦めて、出来るだけ大きな声で言った。
「ありがとうございます!」
木音を抜けると、水井という土地だった。大きな川が流れているからだろう。
朝日を受けて輝く水面がとても綺麗だ。澄んだ水の中に魚が泳いでいるのがわかる。
その川沿いを進んでいくと今度は香谷、七津と、ぽつりぽつりと家が点在する地域に出る。
道がよくわからなくなったので、歩いていた人に道を尋ねたりもした。
「赤火かい。それなら、そこを真っ直ぐ行ったところだよ」
そう言いながらおばあさんが指差した彼方に、いくつか家が見えた。遠目に見ると、確かに小さく燃えているみたい。屋根が赤いんだろう。
「幸運だねぇ、その人、手紙をもらえるんだねぇ。郵便屋さん、あたし宛にはないのかい?」
おばあさんが目を細めながら、僕を見上げる。
頬に刻まれた皺が、どことなく寂しそうに見える。
「ごめんなさい、僕これ一通しか持ってないんです」
申し訳なく手紙をちらりと見せた。
おばあさんは、最初から手紙はもらえないと知っていたみたいだった。軽快に笑って、僕の肩を軽く叩く。
「いいんだよ。いつかきっと、届けておくれね」
「……はい」
……どうやら、この世界での『手紙』は、特別な意味を持っているみたいだ。皆、『手紙』と口にする度に寂しそうな顔をしたり、怒っていそうな顔になったりする。
僕はおばあさんにお礼を言って、背中を向けた。
こぎ出そうとペダルに体重をかけた瞬間、後ろから声が聞こえた。
「未練に取り込まれないようにね」
「はい……?」
一応振り返って返事はしておくが、何のことかわからない。
おばあさんは満足そうに頷くと、僕とは反対の方に歩いていってしまった。
……まだまだ知らないことがありそうだ。
○●
「ここだ……!」
僕は手に持った地図と手紙の住所を、何度も確認した。うん、確かに合っている。
遠くから見えた通り、屋根が燃えるよ火のように赤い家が、沢山ある。
その中で、やっと目的の家を見つけた。
クリーム色の壁と、通りに面した大きな窓が特徴的な家だ。
きっといい景色が見られるだろうその窓には、分厚いカーテンがかかっていた。
自転車を塀に立てかけさせてもらい、玄関までの小道を進む。
扉の横のインターフォンを押す。ピンポーンという軽い音が、家の中に響くのが聞こえた。
少し待ってみて、もう一度押した。耳を澄ましてみても、中からは物音一つ聞こえない。
……留守、か。
ふうと息を漏らすと脱力して、気を張ってピンと伸ばしていた背筋が一気に丸くなる。
局長の言っていた言葉を思い出す。
夕方には帰ってくるんだよな、うん、そう言っていた筈だ。
腕時計を見ると、今は丁度九時だった。町の人と話していたり、見慣れない景色に目を奪われていたりして、思っていたよりも時間がかかってしまった。
でも、まあいいか。待てばいいんだし。
これを届けろ、という試験だから、人に会えればそれでいい。時間はたっぷりあるんだからね。
僕は玄関の手前の小さな階段に腰掛けた。
ここは人通りがそんなに多い方ではないらしく、僕がこんなところに座り込んでいても、特に問題なさそうだ。
腰の後ろ辺りに手を置いて体重を支えながら、少し見下ろすように今来た道を見てみる。
あの小高い緑の丘が、郵便局の辺りだろうか。随分遠くまで来たのもだ。
木音の辺りは、一番建物が密集して建っていた。あそこがこの町の中心なんだろうな、とアタリをつける。
他にも煉瓦造りの家が建ち並んだ場所、森の中にぽつぽつと見える小さな家たち。ここは小さいが、住みやすそうな町だ。
僕の今まで知っていた世界とは全く違う、雄大な自然と圧倒的な開放感が気持ちがいい。
……綺麗なところだな、ここは。
人の動きはゆったりとしていて、こうして、全身で自然を感じることが出来る時間がある。
向こうではこんな暇はなかったような気がする。
修学旅行で行った、東京を思い出した。電車に乗り込む人の量、早足で歩いていく人々。全てが時計の針ピッタリに動いていて、少し息苦しさを覚えた。
僕の住んでいるところも、都会に比べればずいぶんのんびりしているのだろうが、それでも暇だとは思わない。
特に受験生なんて、来る日も勉強、勉強、勉強だからね。実際僕だってこの前までそんなんだったし。……まあ、報われなかった訳だけど。
ああー、やめやめ。暗い話は綺麗な景色に似合わない。
そういえば……どうして僕の進路がお先真っ暗だってわかったのか、舞原さんにまだ聞いてなかった。帰ったら聞いておきたいな。
そうそう、あと……。
色々とどうでもいいことを考えていたら、眠くなってきた。
って、採用試験中に寝る馬鹿がどこにいるんだよ!
目を擦って耐える。自分で自分の手をつねってみたりもした。
それでも、お日様は容赦ない。ぽかぽかと、心地よい光を当ててくる。
一度、目を閉じてしまったのがいけなかった。瞼が重くて開かなくなる。
授業中につい、うとうとしてしまったことを思い出した。
あの時は先生に怒られて大変だったんだっけ……。
眠りの沼にはまっていく感覚は、半分以上を罪悪感が占めていたが、心地のいいものだった。
……ああ、ごめんなさい……でも、
「働けますように……」
小さく最後に願望を呟いて、僕は完全に眠りに落ちた。
これで試験に落ちても誰も文句は言えないのにね。
2014.02.21 加筆、修正
2016.08.18 加筆、修正