全力豆まき
隣に立っていた友人が前方に吹っ飛んで行った。
「いたぞ! 鬼だ!」
どうやら後方から豆をぶつけられたらしい。
俺は後ろを振り返る余裕もなく全速力で走りだした。
「おい逃げたぞ! 皆投げろ投げろ!」
後方からものすごい勢いで豆が飛来してくる。
「あのクソガキども! 限度ってものを知らねえのか!」
この町内では毎年豆まき大会が行われていた。今年俺はその鬼役に選ばれたのだ。
子供の遊び程度と認識していたのが甘かった。
今年、豆まきをする子供は大会が始まって以来の悪ガキであったのだ。しかも、よりにもよってかなりの強肩であった。したがって、豆があたってしまえば先ほどの友人のように吹っ飛んでしまう。
生き残る可能性があるとすれば豆まき大会が終わるまで逃げ切ることだ。そして、残り時間は15分である。
「鬼はー外! 福は―内!」
俺の頬を豆が掠めた。風を切る音が鼓膜に響く。アイツら本当に豆を投げているのだろうか。銃弾といわれても納得できる程の威力だ。
このまま真っ直ぐに走っていてはいずれかやられてしまう。豆ごときにやられる訳にはいかない。
俺は住宅街の中に逃げ込むことにした。
「おい! 住宅街にいったぞ! 挟み撃ちだ!」
少年の声が聞こえてきた。住宅街に逃げ込んだのは失敗だったのかもしれない。
しかし、引き返すことのできない俺はとにかく走り続ける。後ろからは住宅に豆がめり込む音が幾つも聞こえてくる。
「ホントに殺す気かお前ら! たかが豆まきごときにいい加減にしろよ!」
俺は走りながらも振り向き説得を試みる。
「おい! 鬼が何か言ってるぞ! たかが豆まきなんだからおとなしく豆に当たりやがれ!」
少年が豆を投げてきた。直感的にヤバイと思った俺は少し左に寄る。ギリギリ回避でき、服に穴が開くだけで済んだ。
通りの突き当りにめり込んだ豆を曲がる際にかすめ取った。それを口に運ぶ。
「うん。美味い。アイツら食べ物を粗末にしやがって」
豆を味わっていたのが運のツキだった。左足に衝撃が走った。たまらず俺は倒れてしまう。
「よっしゃ! 当たったぞ! 皆やれー」
先ほど挟み撃ちのために分かれた少年たちも前から来た。これで前にも後ろにも逃げ道はなくなってしまった。
「お前ら……投げた豆は後で全部食えよ……」
何故か自分の体のことよりも豆の心配をしてしまった。諦めて目を瞑る。
しかし、その時サイレンが鳴った。豆まき大会の終わりを知らせるものだ。逃げ回るうちに15分経過していたらしい。
「やった! ハハハハハ! 助かったんだ!」
俺は倒れたままガッツポーズをとった。立ち上がれはしないものの体は無事だ。
しかし、少年たちは引き返すことはない。むしろ近づいてきた。
「おいおい、この鬼どうするよ。鬼が生き残ったら幸せ来ないじゃんか」
「そうだな。ちょっと時間過ぎたけどやっちまおうぜ」
少年たちは各々、豆を掴んだ。顔は満面の笑みを浮かべている。
鬼は俺じゃなくこいつ等の方だ。
お読みいただきありがとうございます。
日にちに合わせて豆まきネタを書かせてもらいました。
本気で逃げ回る豆まきというのは意外に楽しそうな気もします。