追憶の場所
ふと気付けば、いつもと違う道を歩いていた。
空がガラスのような朱色になる時間は、少し肌寒いけれど、夏のうっとおしい暑さに比べれば居心地は悪くない。まだ暗くはないけれど、直に夜になるだろう。
目に入る限りの場所で、赤や黄の葉が鮮やかに彩る。
黄色、公園、湧き出るイメージから思い出す過去。あの時彼女と再会した記憶の中にしかない思い出の場所に、僕は向かうことにした。
――そう、あの時もこんな空だった。
「あっ、久しぶり!」
久しく聞いていない声を頼りに、世界を回す。視界に入ったのは、懐かしいシルエット。
「元気だった? ……一年ぶり、かな?」
彼女は何も変わっていなかった。一年前に別れたままの声で、笑顔で、どこか安心する雰囲気で。化粧をしている分、以前よりもちょっとだけ大人に見える。
「ねえ、今時間ある? 折角だし、ちょっと話そうよ」
僕はその提案を受け入れ、小さな公園に向かった。銀杏の木は見事な黄色に染まっている。僕らはその下にあるベンチを居場所に決めた。
「ねぇ、教えて? 別れてからのこと」
それからどんなことを話したか、どんなことを聞いたか、正直あまり覚えていない。彼女に会えたこと、こうして話せていること、隣に彼女がいること、そして彼女の隣に僕がいること。そんなことが、僕をこんなにも幸福にしてくれた。
「ねぇ、」
いつもと同じように、彼女が問い掛ける。
「あの頃に戻りたいって思ったこと、ある?」
それは彼女と共に過ごした時であり、最も幸せだった時間だった。思い出すことの全てが僕を微笑ませた。
でも……
「なにも、言ってくれないんだね」
伝えたい言葉は、全て喉で止まってしまう。一番大切な時に、一番大切な言葉が出てこない。君と別れたことだって、こういう僕のダメな部分のせいなのに。たった一つの言葉すら、紡ぐことはなかった。
ふと見た時計は、僕らがここに来た時と同じ場所に長針を向けた。僕の隣に彼女の姿はない。世界で一番短い一時間が、終わった。
――公園は彼女がいないということ以外、あの時と何も変わっていなかった。溜め息は白く広がり、すぐに消えてしまった。あの時のように、一瞬で僕の前から去った。
小高い天空の地に、少し遠い街の光が届く。いくつもの赤や黄の灯は、あの日の景色と一緒に、ちくりとする心の痛みを思い出させた。
いかがでしょうか。
今回は主人公がまったく話していないのですが、割と違和感なく作れたかなと思います。テーマが紅葉にも関わらず、あまり作品中で触れてないので、その点は心配なところですね。
実は一時間程で書き上げたので、奥深さはまったくありません。それでも何かを感じていただければと思います。
評価や感想、よろしくお願いします。