小説投稿サイトのサルベージ企画
この作品はフィクションであり、ご都合主義を含んだ、空想の物語です。
金曜の仕事終わり。
いつものように工場の勤務を終え、一服していたときだった。
作業着のポケットでスマホが震える。画面に表示されたのは、中学時代からの親友、倉井大輔の名だった。
「もしもし」
『あ、優斗?』
大輔の声を聞くのは成人式以来だ。
連絡先こそ交換していたが、それっきり。向こうから連絡が来るなんて、正直驚いた。
「久しぶりだな。いきなりどうしたんだよ」
『いや……もしこの後、時間空いてたら会えないか?』
受話器越しでもわかる、少し沈んだ声。何かあったのだと直感した。
「いいよ。どこで会う?」
『助かる。……じゃあ、十九時に駅の改札前で』
「分かった」
通話を切った瞬間、背後から無遠慮な声が飛んできた。
「なんだなんだ。彼女か、浅井」
ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて寄ってきたのは、工場の先輩たちだ。
「ち、違いますよ。中学時代からの男友達です」
「なんだ、野郎かよ。つまらねえなあ」
「ったく、期待して損したぜ」
何を期待していたのか、相手が野郎だと知るなり、先輩たちは手のひらを返したようにつまらなそうに散っていった。
……これが、俺の日常だ。
「それじゃ、お疲れ様です」
苦笑いしながら軽く頭を下げると、待ち合わせの駅へと急いだ。
――約束の十九時。俺は改札を抜ける人の波を眺めながら、あいつを待っていた。
あの疲れ切った声を聞かされては、断れるはずもなかった。
「……よう」
何回目かの人の波が途切れたとき、大輔が姿を現した。
こっちへ歩いてくるその顔は、まるで死んだ魚のような目をしている。
「よう。……えらくお疲れだな」
「お前も、いい勝負だぞ」
「週末だからな。立ち話もなんだ、店に入ろうぜ」
駅を出てすぐ、線路沿いの適当な居酒屋に飛び込んだ。
「とりあえず一週間、お疲れ様。カンパーイ」
キンキンに冷えた生ビールを、一気に半分ほど飲み干す。
「ぶはあ! やっぱ仕事の後はこれに限るな。……で、本題はどうした?」
お通しの枝豆をつまみながら、俺は切り出した。
「仕事の話になるんだけど、いいか?」
「そのために連絡してきたんだろ」
「うっ……」
図星だったようで、大輔が顔をしかめる。電話のトーンからして、仕事か対人関係の悩みだろうとは薄々感づいていた。
「職場で何かあったのか?」
「……まあね。ところで、『誰でも小説家』っていうサイト、知ってるか?」
「知ってるよ。超有名だろ。書籍化作家もガンガン出てるし、一体どれくらい印税が入るんだろうな」
ネットの普及により、自作の音楽や画像を公開するのが当たり前になった現代。
『誰でも小説家』は、誰でも気軽に小説を投稿・閲覧できる国内最大級のプラットフォームだ。趣味で書く者からプロを目指す者まで、その目的は多岐にわたる。
「俺、そこの運営会社に入社したんだ。……社員として」
「ブフォッ!? ……ゴホッ、ゴホッ! お前、あそこの社員になったのかよ!?」
飲んでいたビールを吹き出しそうになり、激しくむせた。
高卒で地元の工場に就職した俺とは、住む世界が違う。
「別に凄くなんてないよ。今、その仕事のことで死ぬほど悩んでるんだから……」
「一体何があったんだ。……俺に力になれるかは分からんが」
ちょうどテーブルに、揚げたての唐揚げと軟骨揚げが届いた。
香ばしい匂いが漂う中、大輔の話が再開した。
「聞いてくれよ。入社してまだ二年なのに、もう『自分から新規施策を提案しろ』って言われてるんだぜ……」
そう吐き捨てると、大輔はビールを一気に飲み干し、店員を呼んでお代わりを注文した。
画面越しのユーザーを相手にする仕事は、正解がない分、工場のライン仕事よりずっと難しそうに見える。電化製品の仕分けなら、流れてくるものを淡々と処理すればいいが、企画はゼロから一を生み出さなきゃならない。
肉体的なきつさとはまた違う、神経を削るような労働。大輔のやつ、白シャツの袖が黒ずんでいることにも気づかないくらい余裕がないらしい。
「それで、何かいい企画は思いついたのか?」
「……思いついてたら、金曜の夜に親友を呼び出して泣き言なんて言ってないよ」
それもそうだ。
だが、小説なんて読むことしかしない俺が、業界のプロに助言できることなんてあるはずもなかった。
「なぁ優斗、なんでもいい。……読者目線で、何か『あったらいいな』と思うことはないか?」
「なんで俺に聞くんだよ……。できることとできないことがあるぞ。今回のは完全に後者だ」
プロの会議で、ど素人の俺の思いつきが役に立つはずがない。
もし変な提案をして、こいつが職場で恥をかくことになったら――そう思うと、無責任なことは言えなかった。
「……来週の定例会議までに、最低一点。案を持ってこいって言われてるんだ」
「おまっ! もう時間ねえじゃんか!」
来週中。実質、あと数日しかない。こんなところで飲んでいていいのか。
「だから、わらにもすがる思いなんだよ。没になってもいい、責任も取らせない。何か、ないか……?」
大輔の目は、冗談を言っているようには見えなかった。
切羽詰まった親友の顔を見て、俺の脳裏に一つのアイデアが浮かぶ。
それは、普段から『誰でも小説家』を読み漁っている一読者としての、ささやかな不満から生まれたものだった。
「……今、ふと思ったことだけどな。名付けて『サルベージ企画』だ」
「サルベージ……?」
「そう」
大輔が身を乗り出す。その勢いに少し気圧されながら、俺は内容を口にした。
「今のサイトって、ポイントが高い作品がランキングの上位に来て、さらに注目される仕組みだろ? その逆をやるんだよ。埋もれている、ポイントが全然付いていない作品の中から『化けそうな原石』を探し出す企画だ」
大輔は虚を突かれたような顔をしたあと、すぐに現実的な懸念を口にした。
「……でも、ポイントが付かないってことは、読者に支持されてないってことだろ?」
当然の疑問だ。だが、俺は残り少ないジョッキを握りしめて返した。
「それは分からないだろ。面白いのに、ただ『見つけられていないだけ』の作品が、あのサイトにはごまんと眠っているかもしれないんだし」
ビールをぐいっと飲み干し、すぐさま店員を呼んでお代わりを注文した。
気づけば、ただの聞き役のつもりだった俺が、いつの間にか身を乗り出して大輔の仕事に首を突っ込んでいた。
部外者の分際で……とは思うが、酒の勢いも手伝ってか、この「宝探し」のような議論が意外なほど楽しく感じていた。
「そんな『読まれない小説』を題材にした企画なんて、会議じゃ通らなそうだけどな」
「それもそうだよな……」
結局、運営が動かなければ、ここでいくら熱く語っても無意味だ。
ど素人の考えたボトムアップな企画が採用されるなんて、天文学的な確率だろう。
冷静になればなるほど、自分の「酔った勢い」が恥ずかしくなってくる。
「すまん、大輔。今の話は忘れてくれ。素人の戯言だ」
ちょうど運ばれてきた二杯目のビールを、喉を鳴らして半分ほど飲み干した。
「……いや。一つの案として、ぶつけてみるよ」
「本気かよ」
「ああ。それで、具体的にはどういう座組みにするつもりなんだ?」
「具体的に、か……」
そこでまた新たな壁にぶつかった。
ただの「直感」をどうやって「仕事」の形にするか。
「例えば……『ポイント百点以下の作品限定』で、既に書籍化しているプロ作家に選考委員になってもらう。読者の評価じゃなく、プロの作家から見た『お気に入り』を掘り起こすんだ」
「……作家に選ばせる、か」
大輔の表情は真剣なものになっていた。
居酒屋の喧騒の中で、そこだけが会議室のような緊張感に包まれた。
「それで、その選ばれた作品を出版社に見てもらう。彼らこそ、原石を見抜くプロだろ?」
「……ハードルは高いな。作家への依頼料も、出版社の調整も、コストがかかりすぎる」
大輔は苦笑いを浮かべていた。
「まあ、さっきも言ったけど素人の考えだ。聞き流してくれ」
「いや。ダメ元で、この『サルベージ企画』、企画書にしてみるよ」
「おいおい、お前も自分でもう少しマシな案を考えろよ……」
結局、その夜は仕事の話に終始して解散した。
夜風に当たりながら自宅へ向かう途中、ふと不安がよぎる。
親友の仕事に、無責任に首を突っ込んで良かったのか。
居酒屋の思いつきで、あいつのキャリアを左右する企画を決めて良かったのか。
(まあ……あとはあいつが上手くやるだろ)
そんなことを考えながら、俺は帰路についた。
――翌週、火曜日。
居酒屋でのあの一件から、ちょうど四日が過ぎた仕事終わり。
更衣室で帰宅の準備をしていた俺のスマホが震えた。
画面には「倉井大輔」の文字。その名を見た瞬間、忘れていたあの一件が脳裏に蘇った。
(そういえば、今週が企画のプレゼンだって言ってたっけ……)
自分のアイデアがどうなったのか。
緊張で少し指を震わせながら、通話ボタンを押した。
「も、もしもし」
『あ、優斗!? 今、大丈夫か!?』
受話器越しでもわかる、大輔の興奮しきった声。
「大丈夫だけど、どうした。そんなに慌てて」
『通った! 例の企画案、正式に採用されたぞ!』
「……マジかよ!?」
思わず大声が出てしまった。
てっきり「素人の思いつき」として一蹴されると思っていたのだ。
更衣室にいた同僚たちが、何事かとこちらに視線を向ける。
「あ、すまん……ちょっと待ってくれ」
軽く会釈をして、足早に廊下へ移動した。
「ごめん。……いや、本当かよ。やったじゃんか!」
『お前のおかげだよ! 部長も「視点が面白い」って感心してたんだ』
「よせよ。お前のプレゼンが良かったからだろ」
数日前、死んだ魚の目をしていた男とは思えない、弾けるような明るい声だった。
『あ、それから優斗。……この企画、まだ正式発表前の社外秘なんだ。絶対に他言無用で頼むな』
「分かってるって。誰にも言わないから安心しろって」
『助かる。……まだ細かい詰めがあるから、落ち着いたらまた祝杯を挙げようぜ!』
「おう、楽しみにしてる。またな」
通話を切り、俺は深く息を吐いた。
「そうか……本当に通ったのか」
当事者ではないはずなのに、拳を握りたくなるほど嬉しい。
(そういえば昔、俺も書いていたっけな……)
夜道を歩きながら、ふと思い出す。
かつて俺も『誰小説』に作品を投稿していた時期があった。
だが、結果は惨敗。評価されないまま、ランキングの底へと沈んでいったのだ。
それでも今思えば黒歴史になるような作品だったから、人目が届かない場所へ埋もれたことは、かえって良かったのかもしれない。
――それから、二ヶ月後の土曜日。
ようやく落ち着いたという大輔に呼び出され、俺たちは再び「あの居酒屋」にいた。
「一週間、お疲れ様。……企画始動に、カンパーイ!」
キンキンに冷えたジョッキを合わせ、一気に半分ほど飲み干す。
「ぶはあ! やっぱり仕事が上手くいった後の酒は最高だな!」
「本当にな。お前には感謝しかないよ」
俺たちは茹でたての枝豆をつまみながら話し出した。
「でも、まだ安心はできないだろ。ここでこけたら意味がなくなるしな」
「そうなんだよな。……でも、俺は大丈夫だと思っている」
「どうしてだ?」
「これを見てくれ」
自信ありげに応えた大輔が、自分のスマホを取り出して俺に画面を見せてきた。
そこには『誰でも小説家』のトップページが表示されており、目立つ位置に【あなたの光る原石探し】という特設バナーが設置されていた。
お知らせの欄にも同様のリンクが設置されている。
ただ、サルベージ企画という企画名はさすがに駄目だったようだ。
ページに遷移すると条件などが記載されていた。
対象は『累計百ポイント以下』の作品であること。
これは、あの夜に俺たちが決めた条件そのものだった。
ただ、一つ大きな改変があった。
それは、プロ作家に選ばれた作品をトップページでピックアップされる方式になっていたことだ。
いくらプロに選ばれたとしても、書籍化するかどうかを決めるのは作者本人の意思。
まずは再評価を促した上で、自分の意志で各コンテストや企画に参加してもらおうという、運営側の配慮と狙いがあるようだった。
「……プロ作家が、もう何人も参加してるのか」
特設ページをスクロールすると、参加を表明したプロ作家たちの名が数名並んでいた。
自分が提案した企画が始動していることも不思議に感じていたが、その企画にプロの作家が参加しているということも現実感が湧かなかった。
「そうなんだよ。企画を打診したところ、前向きに考えてくれた作家さんが何人もいてさ。中でも、特にこの先生を見てくれよ」
そういって画面を下の方へスクロールしていくと、見覚えのある作家の名が画面上に現れた。
その作家の名は影井相馬。
累計発行部数三千五百万部以上の人気作を叩きだした著名人である。
「影井先生も参加しているのかよ」
「な、凄いだろ?」
「凄いってもんじゃないだろ。これ、他の作家も黙ってないんじゃないか?」
「俺もそう思う。まさに業界の激震だよ!」
超有名作家の参加を知った俺たちは興奮が収まらなかった。
ビールを一気に飲み干すと、追加のビールを頼んだ。
「それでさ、影井先生が真っ先に一作、評価した作品があるんだ。今のところポイントは『六』で、まさに泥の中に埋もれてた原石なんだけれどな」
「影井先生に認められた羨ましい作品はどれだ?」
「これだよ」
スマホの画面を見せられた瞬間、ジョッキを持った手が止まった。
そこには見覚えのあるタイトルと著作者が表示されていた。
『黒い霧の世界』
作者:黒トカゲ
「しかし黒トカゲってなんだよな。もっとましなペンネームはなかったのかよ」
大輔はビールを飲みながら一人笑っていた。
「……これ、俺の作品」
「またまた御冗談を」
この作品は確かに俺が書いた作品だった。
最初で最後の作品だからも間違えるはずもない。
内容は突如現れた黒い霧から魔物が押し寄せるダークファンタジー物だ。
だが大輔はこれを冗談だと受け止めたようで、一人で大笑いしていた。
「……」
俺が無表情のまま、震える指先で自分のジョッキを置くと、ようやく大輔の笑いが止まった。
「……え、マジ?」
「……マジだ」
空気が凍りついた。大輔の持つジョッキが、カチリと音を立ててテーブルに置かれる。
「ま、まあ、いくら有名な作家に選ばれたからって、急にそんなに変わるものじゃないだろ」
(案件が通っただけでも奇跡なのに、その上影井先生に選ばれたんだ。これ以上のことが起きるはずがない)
「とりあえず現状を確認してみようか」
俺は必死に自分に言い聞かせ、高ぶる感情を抑えようとした。
だが、大輔は冷静な顔でスマホを操作しだした。
すると操作していた指が止まり無言でこちらを見てきた。
「な、なんだよ」
「これ、ヤバいかもしれないぞ」
そう言ってスマホの画面を見せられると、そこにはとんでもない数値が表示されていた。
PV数は数万を超え、ポイントは五桁。
閑古鳥が鳴いていた感想欄には、数秒おきに新しいコメントが叩きつけられていた。
『こんな隠れた名作、もっと早く知りたかった』
『めちゃくちゃ面白い。続きが気になります。復帰してください、お願いします!』
見ず知らずの誰かからの熱狂的な言葉が、画面を埋め尽くしていた。
「最近利用していなかったから全く気付かなかった。と、とりあえずこれどうしよう」
ポイント一桁で眠っていた遺産が、一夜にして化けたのだ。
パニックにならない方が無理がある。
「落ち着け、浅井。とりあえず、自分のスマホでも確認してみろ」
「そ、そうだな……」
震える指で数年ぶりに自分のページを開くと、メニューのメッセージアイコンに、見たこともない鮮やかな赤い通知印が灯っていた。
恐る恐る中身を確認すると、そこには運営を介した「書籍化打診」の文字。それも、誰もが知る最大手の出版社からだった。
「ど、どうしよう。……書籍化の打診が来てる」
「マジかよ! やったじゃないか、これはチャンスだぞ!」
自分のことのように身を乗り出して興奮する大輔。
だが、俺はまだ二の足を踏んでいた。
嬉しい。けれど、同じくらい怖い。
この門を叩けば、もう「ただの仕分け作業員」の日常には戻れない気がしたからだ。
「……決めるのは後でいい。まずは、話だけでも聞いてみたらどうだ?」
「……そうだな。週明けにでも、連絡してみるよ」
最後の一杯を飲み干すと、俺たちはそのまま解散した。
あまりに現実離れした出来事の連続に、夜道をどうやって帰ったのかも覚えていない。
――翌週、水曜日。
有給休暇を取った俺は、勇気を持って出版社へメールで連絡をした。
月曜と火曜はなかなか連絡する勇気を出すことができず、そのまま水曜日になってしまったのだ。
……それから、俺の人生は激変した。
担当の岩崎さんという女性編集者と二人三脚で改稿作業を乗り越え、無事に書籍化。
作品は、影井先生の背中にはまだ遠いが、発行部数八百万部を突破する大ヒット作となった。
初めは、ただ話を聞くだけのつもりだった。
しかし、岩崎さんの圧倒的な推しに負け、書籍化をすることを決意したのだ。
友人との縁、そしてあの夜の奇跡的な偶然。
それらが重なり合って、俺は今も「黒トカゲ」として、霧の向こう側の物語を時間に追われながら書き続けている。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。




