一章 歴史好きのアンナ
小説家としての一番の苦悩は、一度沸騰したモチベーションをいかに持続させるかだと私は思う。学校の中庭におかれたベンチに座ってそんなことを思う。小説のアイデアが浮かぶとき、書こうと思うときだ。頭のなかでアドレナリンが爆発する。書けば書くほど爆発は止まらない。これがモチベーションを生む。それが突然火薬に水がかかったようにうんともすんとも言わなくなることがあった。これが、"飽き"である。こうなったら、モチベーションを生み出す方法を模索するしかない。これが小説家の苦悩である。
校門の桜の木が散っていっては、葉桜になる季節になった。そうだ、今夜の話ではこんな描写をしてみよう。また、そんなことを思う。
「号外ー!号外ー!」
黒髪エルフ差別の起源を調べると、どうやら魔王に行き着くらしい。そして今日、その魔王が撃ち取られた。
西方の大都市グラムメルン。国で二番目の大きさと影響力をもっていた。それを衛星のように囲む街がある。私は今いるのは、西方の大都市の南側に位置している街だ。名前をノルという。巨大な砂漠のとなりに位置しており、ときどき砂嵐のやってくるこの街は、この国の考古学研究の最先端を走る調査拠点でもある。
なぜなら、街中央にあるこの役所からも目と鼻の先にあるこの巨大遺跡が人々の生活に多大なる影響を与えているからだった。
巨大遺跡と呼ばれたここへ国から派遣された調査隊は幾度となく内部への侵入及び調査を試みた。しかし決して、誇れる結果になることはなかった。無数に仕掛けられたトラップや血肉を求めて動き回る魔物たちが彼らの足取りを拒む。そこで、時の王は国全体に散らばる古代遺跡やダンジョンについての一般人の出入りと研究を許可した。これにより、遺跡研究は民営化し特別な資格のないものでも調査に加わることができたのだ。マンパワーによって各地の遺跡の謎はどんどんと解き明かされていく現代を作り出したのはこの遺跡の影響と行っても差し支えはないだろう。
そして、今日私アンナは巨大遺跡に足を踏み入れる。灼熱の太陽が降り注ぐ。歩きなれない砂漠の砂にときどき躓きそうになるけれども、宮殿のように装飾されたあまりに大きな建造物を目の前にした時、感じたことのない身震いが全身で引き起こされるだった。
遺跡の中既に開拓された安全なルートを通っている間はあまり苦戦することはなかった。私は順調に地上1階層を踏破した。伸ばせば、軽く両手がついてしまう狭い通路が迷宮のようにはりめぐらさてれいる。砂岩を積み上げて造っている地上階に対して地下は小石を固めたようだったが、ひとつ分からないことがあった。
「これ、どうやって…建てたんだろう。」
張り付いたセミみたいになりながら、壁を間近で凝視する。結果分かったことは、接着をしてる様子がない事。魔法を検知することができる道具魔粒子の砂時計を壁にかざしたりもしたが魔法で固めた反応もなかった。
「…これが、これが巨大遺跡!」
私は高揚していた。自分の、この手で世界の困難に触れたことに。そして、それを自分で解明できる可能性に。私は目を見開いて高揚していた。
「えっ?」
左手の中が、激しく振動を始めた。魔粒子の砂時計が床に転がって駄々をこねた子供のように手のなかで暴れている。この、反応は…マズい!
そばにあった横道に飛び込んだ。すぐさま、リュックサックから大きな布を取り出す。それを頭からかぶった。
(魔物が…来る。)
護身用にナイフを手握りしめる。背中に冷や汗がながれた。足音で考えるとたぶん二匹。息をころして、通りすぎるのを待つ。素人のナイフ一本で対抗できるはずがない。
暗い視界のなかで、聴覚は異常に敏感になる。ひづめの床を蹴る、カッカッという音。
心臓は張り裂けそうな程バクバクと鳴っている。二匹のひづめの音はどんどん近くなっていく。
…そして。聴こえたのは、布がめくられる音ではなかった。
「え?」
私の耳に飛び込んだのは魔物たちの断末魔と倒されて地面に崩れ落ちた音だった。
「あんた、もう大丈夫だよ。」
訛りのある若い女性の、人の声だった。
被っていた布から這い出すと、黒い艶やかな髪を持った美しい剣士だった。その鎧には返り血と思われる黒いシミが所々に飛び散っていた。
彼女の奥には、二匹のヤギの魔物がなかなか胃にクる姿で倒れていた。そのご遺体をナイフで捌いている男性が一人。あと二人女の人がいた。
「あ、ありがとうございます。」
「まあ、いいよ。狙ってた魔物を倒しただし。」
白い肌をした彼女は仲間の方を向き、呼び掛けるようにこう言った。
「どう? ヤギの魔物の肝臓はその量で十分?」
それに言葉を返したのは、捌いていた男性だった。
「おいコトキ、お前が胴を切ったせいでほとんど使い物にならなくなった。」
男性は、20代程に見える。背中に桃かごほどの大きなバックパックを背負っており、見るからに重そうだ。
「おっ、辛うじて心臓は無事だ。」
彼は、黒い皮手袋を着けて心臓をつまみ上げてはビン詰めにしていく。
「ねぇ。あと、何びきぐらいで足りそう?」
彼は後ろからの声に振り替える。私からは薄暗くて、顔を見ることはできなかったけれど、背丈は130cm程だ。ちっちゃい。大きな杖を持っている。おそらく、魔法使いだろう。声は可愛く、砕けた感じで話す。
「肝臓と腑は足りた。」
「だがな、困ったことにこれまで倒したのは全部オスだ。卵巣がない。」
つまり、メスの魔物を探さなくては行けない。
「シスター。死体に祈りを頼む。」
後ろにいる、もう一人の女の人がそれに返事をした。
「採取は、終わったようですね。わかりました。」
しとやかな、丁寧な口調だった。シスターと呼ばれていることから、僧侶だと考えた。
シスターは、魔物のご遺体のそばで膝をつく。そして、手を握り合わせ、祈りの言葉を唱えた。私は、これを、知識としては知っていたけれど、実際に行われているのを見るのは全く経験がなかった。地面に力なく横たわったそれは、頭から少しずつ白い霧となっていく。やがて、空気に混ざって消えてしまった。
ヤギの魔物をふくめ魔物たちは亡き後、僧侶から祈りを受けると身体が消えていく。数々のパーティに僧侶が必要とされるのはこのためだ。
「あ、あの。」
四人の視線がチラリとこちらに集まった。
「やっぱり、助けてくれてありがとうございました。」
私は深く頭を下げた。
「やめて。そんな立派なことしてない。」
コトキと呼ばれていた剣士の人はそう言った。
「そこでお願いですが。」
「私を奥までついていっても、かまいませんか?」
「遺跡の深部のほうが魔物は多いですし。」
それに返事をしたのは、魔法使いだった。
「つまり、自分は戦えないから深部へ向かうのに護衛してほしいと。」
…図星さされて、口を閉ざす。
それを見かねて言葉を放ったのは、今度はバックパックの男の人だった。彼は、採ったあとの詰められた魔物の肉を、バックパックにいれていた。
「じゃあ、いくら払える?」
「え、」
「だから、金額によってはいいよって言ってる。」
「…40メールです。」
「金貨?銀貨?」
「金貨です。」
「あと払いでいいならですけど。」
クスり、と彼は口角を怪しく引き上げた。
「それじゃあ、よろしく。お客様。」
私と例のパーティは遺跡のさらに深部へと向かうため、小石を不思議な何かのパワーで固めてつくられた階段を下っていた。ここからは明かりがないものの、魔法使いが出してくれた光のおだんごが足元を照らしてくれた。手を伸ばして触ってみるとぽわぽわでモチモチだった
「それあんまりさわらないね…。」
少し前から思っていたことを彼女らに訪ねてみた。
「もしかして、あなたたちって密売人?」
答えたのは魔法使いだった。
「そういう仕事もやってるっていうだけ。」
「そっか、密売人でもないと魔物の内蔵なんか集めないか。」
法律で魔物の肉は、販売することが禁止されている。なぜなら、決まって強い毒性があるからだ。食品としての利用価値すらないから、集める人はほぼいない。その毒目当てで欲しがっているか、怪しい宗教の人でない限り。
「そういえば、名前、教えてなかったね。」
前方を歩いていた黒髪の美人がそう言った。
「アタイは、コトキ。このパーティだと剣士やってる。」
「このちっこいエルフの魔法使いは、アッシャーっていう。男みたいな名前だけど、かわいい女の子だから。」
「よろしく。あと頭の上の光だまはあんまり触らないでね。」
振り返ってアッシャーちゃん。の顔をみた。さっきは暗くて見えなかったけど、ふっくらした幼い顔をしていた。とても、かわいい。
「んで、こっちのかわいくない男は…。」
「いい。自分で名乗る。」
コトキさんの方をその男性が振り向いた。
「僕は…」
ゴォォォン。
その言葉は、悲鳴のようにも聴こえる咆哮に、掻き消された。反響してあまりに大きな音だったから、私は思わず耳を塞いだ。
「なるほど、親分のおでましって訳か。」
「ヤギの魔物は一匹のメスがオス集めてをコロニーを作る。」
「そして、今コロニーのボスであるメスがここに来たわけだ。」
私に見えたのは、階段が開けた場所に出る。そこに、私が襲われた小型の魔物が何十匹。ざっと数えるだけ五十はいるだろう。そしてなにより、目を引くのが真ん中にいるヒトの背丈を優に越えているメスの魔物だ。赤い目を血走らせては、頭の上で渦巻く大きな角をこちらに向けて敵意を口もとのキバと同じようにむき出している。
武器をかまえる二人。アンジョーとコトキ。そして、小さな魔法使いはにんまり笑って口を開いた。
「じゃあ、今回も半分·半分ね。」
「議会は何て言ってる?」
首都のちょうど真ん中軸のようにそびえる王宮。その事務机の上で腕を組む齢十二の少年が側近に尋ねていた。
「北方への軍事攻撃は慎重になった方がいいと。」
「人口と兵力に大きな差があります。」
見た目の割に達観した少年は、あまり顔色を変えなかった。
「どうせ、奴らは承諾せんさ。」
「国内での問題がひとつ解決したんだ。今やらないでいつ行う。」
側近は、少年の剣幕に全く動じていない。慣れている、という具合だろう。モノクル越しに彼を覗き込む。
「北方には、広い耕地と豊かな鉱山資源があります。」
「それを狙っているのでしょう?」
何を思ったか、少年は机の上でにたにたと余裕な笑みを浮かべた。
「残念ながら70点だな。」
「北方にあるのはそれだけじゃない。一番は、これだ。」
少年が指を指したのは床。側近は不覚をつかれたとばかりに目を丸くした。この王宮の地下。そこの国家金庫に、厳重な警備のもと保管されているものがあった。
「神話の時代から、この大陸に存在する瘴剣。これは、全て集めきらなくては。」
およそ、120年前からこの国の安泰を揺るがせた魔王。ただの、黒髪のエルフであった彼が握りしめた一本の剣が国を敵に回すほどの力を与えることになる。それは大陸にあるとされている瘴剣のうち一本だった。
「魔王のような大事件は二度と起こさせてはならない。」
「できることなら、すべて鉄クズにしてしまいたいが。」
「残りは、7本だ。」
私は彼女たちの力を充分にイメージ出来ていなかった。コトキが抜いた剣は、彼女の髪と同じ黒の刃に群青色の装飾がされていた。日常的によく手入れがされているのだろう。刀身には染みひとつついていなかった。
ゆっくりと重さを確めるように彼女はからだの前方で構えを取る。
そこからが速かった。姿がはっきりと目に写らないほどの勢いで、魔物と距離を一気に詰めた。
前方に一太刀。横からやってくる角を刃で受け流し、続けざまにその身体を薙ぎはらった。踊っているようだ。彼女の姿にそう考える。
魔法使いアンジョーちゃんも負けてはいなかった。杖の先から放つ白色の光線が一体、また一体と貫く。ヤギの魔物の集団が杖を持つアンジョーちゃんに標的を合わせた。群れで突進してくる。それをヒラリとかわわした。空に浮いている。浮遊魔法だ。そして下方集まった魔物たちへ。
「連鎖する電気の魔法。」
密集した奴らの間を青い電光が走る。ヒラリと彼女のローブがうねり、そして、ゆっくり地に足をつけた。彼女の背中越しに倒された魔物が転がっていた。
「今のうちに採りに行くか。」
「シスター。よろしく。」
彼は近くにあった遺体に忍び足で近づいていった。
「あの、彼は一体あなたに、何をお願いしたんでしょうか?」
シスターはとても優しい顔でこちらへの微笑みを崩さなかった。また、その優しい顔を戦う彼女たちに向けた。
「ええ。そのうち分かりますよ。」
オスのヤギの魔物が一体が私と目があった。
…ヤバい。私は直感的にそう感じる。角をギラギラさせてこちらを睨み付けていたが、やがて痺れを切らした。
…こちらに突進してきてる。私は腰を抜かしてた折れ込んでしまった。
逃げないと、という思いが私の頭に浮かぶ。脳は必死に命令を下す。けれども、力の入らない下半身はびくともしなかった。
もう3メーター程の距離しかない。
…く、くる。
「ご心配入りませんよ。」
ガンッと岩にぶつかるような音がして、恐る恐る目を開くと。
「こ、これは…なに?」
「防御しました。初めて見ましたか?防御用魔法。」
淡い紫色の霧のように見えるが実際は、魔物の私たちを隔てる壁であると、理解した。
存在を教えてもらったことはあるけど、本物は見たことがなかった。
「コトキさーん。こっち、お願いします。 」
それが、聴こえたらしい。すこし遠くにいた彼女が振り向いた。
「あいよーー。」
彼女はとても軽やかな足取りで、まばらになった群れのなかを突っ切ってきた。その間も、どん、どん。このヤギの魔物は魔法でできた壁に間抜けな頭突きを繰り返していた。
「あ、あの、この防御魔法。壊れたりしないんですか?」
私のとなりにいる僧侶は柔らかい微笑みのままで、口を開いた。
「理論的には相手の攻撃で割れることはあるでしょうけれど。割られたことはないですね。」
「ご安心ください。この程度では、決して壊れませんよ。あと、3時間は出していられます。」
それはよかった。ひと安心。
…いない。群れのほとんどは壊滅し、残ったものも逃げていった。だが、目当てのメスも一緒に逃げてしまった。
「たぶん、深部にいるんですよね。」
腕を組んでちょっと不機嫌そうなアンジョーちゃん。こう言った。
「結局深部まで送るって話だし、仕事は増えてないからいいわ。」
コトキがなにか忘れていたものを思いだしたように、ハッとした顔になった。
「こいつの名前…。」
「かまわない。私が言おう。」
クローゼットくらいありそうなリュックサックを背負った彼が、言葉を遮った。
「私の名前は、ゴス、」
これから起こったことは、きっとだれも想像できなかったと思う。さっきまで何十頭のヤギの魔物が大暴れした場所だ。地面に深刻なダメージが行っていてもおかしくない。
ビキ…ビキ、と鳴っていた音はどんどんバキバキバキッという風に変わっていった。
地面に浮いた大きなヒビが私たちの足元に。
「これは、ダメだな。」
「アンジョー!浮遊魔法...」
ドンッ
「お゛ち゛た゛あ゛あ゛あ゛ァァァァ」
「知ってた?魚の魔物って、住んでる海の塩分濃度によってウロコの色が変わるらしいよ。」
本をめくる彼女の言葉が、上の階の吹き抜けから届く。
「へぇ~。知らなかった。」
首都、王宮の内部、西側にあるのが巨大な図書館。ここでは市民への本の貸し出しもしているほか
、禁書の管理なども行っていた。そこに四人の司書がいた。
「ヨンちゃん今、読み終わったから、そっち降りるねー。」
「は~い」
細身ながらに背が高くモデル体型な彼女は、椅子からスッと立ち上がり階段の手すりに手を掛ける。
「よっ、」
5メートルはある階段から、ヒョイと身を投げる。
彼女の服のリボンがヒラヒラ。このまま落ちれば大ケガは免れないだろう。したにいる彼らは気にする様子はなにもなかった。
「浮遊魔法。」
彼女の身体は、落下をやめた。そして、そのままゆっくり少しずつ床に降りていく。
コツッ。
木靴が当たる音がした。
「なあ、シャール。階段を使えよ。」
「えー。めんどい。」
山のように積み上がった本を、浮遊の応用で浮かせた青年が指摘をする。そして、棚に本を一冊一冊戻していた。
彼女はむすっり頬を膨らませた。
「にしても、あまりに静かな魔法だな。魔力の粒子がまるで散乱していない。」
「魔感での探知はもう、不可能といえる。」
「む、ありがと。」
禁書とは、国の判断によって一般人の閲覧が禁止され門外不出となったもの。そのなかには、魔導書も多く含まれている。つまり、魔導書に書かれたその魔法が国家を揺るがすほどのものであったから放り出すわけにいかない。というロジックだ。
「もう、飛び降りたら危ないじゃない。」
包丁を使うときの猫の手で頭を、コツン。とんがりボウシを被った大人な女性が、小柄なシャールの近くへやってきた。
「はーい。きをつけまーす。」
あたりを見回して、シャールが一言。
「あれ?ガルムはどこ?」
積み上げられた山のような本を、棚に戻しながら答えた。
「ああ、アイツなら学校で特別授業。今ごろ、ガキに囲まれてあたふたしてる所だろう」
「ハハッ。その通りだね。」




