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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第54話「熟練交渉人は世界を動かす」

大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール シュミットハウゼン商会 / ヘルガ・シュミットハウゼン


ソフィア・フォン・オルデンが退室し、扉が閉まる。 後に残ったのは、嵐が去った後のような静寂と、これから来る台風を予感させる気配だけだった。


「……まじめで、いい子だね」


私はソファに深く沈み込みながら、独りごちた。 エテルニアの宰相の娘。優秀で、伸びしろがある。だが、温室育ち特有の危うさがある。外交というものが、綺麗な言葉だけでできていると信じているような……。


「現実を教えてやるのも、大人の役目かね」


私は隣でへたり込んでいるイヴェット・カンガに目を向けた。


「それにしてもイヴェット、改めてお前の優秀さを噛み締めるよ」


「へ? ウチですか?」


「ああ。さっきのソフィアの話は、外交的に言えば『ババ札』以外の何物でもなかった。あんな交渉には絶対に参加したくないが、逃げられない。……という最悪の状況から、お前は『共同研究』という良い落としどころを見つけ出した。流石だよ」


褒め言葉に、イヴェットは照れくさそうに頭をかいた。


「いやぁ、ウチはただ、面倒なことになるのが嫌やっただけで……」


「その嗅覚こそが大事なんだよ。……ま、この後が『本命』だからね。イヴェット、次も頼んだよ」


「あ、はい。アルーシャさんとお連れの方との交渉ですね。……良い商談になるといいですねぇ」


緊張感のないイヴェットの声に、私は思わず噴き出しそうになった。 これから来る連中がどんな「怪物」かを外交官であるイヴェットが知らないはずはない。だが、怪物たちとやりあうには、この娘くらいの抜け感が必要なのかもしれない。気負いすぎれば、あちら側の空気に飲まれてしまう。


「会長、お客様がお見えです」


支部長の声と共に、重厚な扉が開かれた。


「やあ、お待たせしましたわ!」


先頭切って入ってきたのは、トルヴァード連邦の外務大臣、アルーシャ・リリヤスカ。 30代の中盤に入っても衰えのない豊満な肢体を強調したドレスに身を包み、華やかな香水の香りを漂わせている。だが、その瞳の奥には、決して油断できない野心家の光がある。 モリガノン王国の侯爵家三女として生まれながら、出世の見込みが少ない自国を飛び出し、実力主義のドラコニア帝国へ留学。そのまま内政官として実績を上げ、トルヴァード連邦の発足時に外務大臣として送り込まれた女傑だ。排他的なドラコニア内で、他国出身の女がのし上がったのだ。実力は折り紙付き、油断すれば骨まで食われる。


「ごきげんよう、ヘルガ・シュミットハウゼン殿。本日はお時間をいただき感謝しますわ」


「ようこそ、アルーシャ殿」


彼女はにこやかに、後ろに続く二人を紹介した。


「紹介しますわ。こちらが我が国の交易担当大臣、クルタガン・カランベイ。そしてその補佐のアイグル・サリキズです」


現れた男を見て、私は前情報以上に只者ではないと感じた。


クルタガン・カランベイ。 ライオンのような金髪と髭を蓄えた、五十路の大柄な獣人の男。 だが、その歩みは遅く、重い。彼は杖をつき、両足を引きずるようにして、一歩一歩、確かめるように歩いてきた。


「お初にお目にかかる。クルタガンだ」


男がニカっと笑った。太陽のような、豪快で陽気な笑顔だ。 だが、私は知っている。その笑顔の下にある、壮絶な彼の人生を。


彼は元々、Word『Fang(牙)』を持つアスラ出身の勇敢な男戦士だったと聞く。だが、戦いに敗れ彼がいた部隊が全滅し、敵部族の捕虜となった。 捉えられた男戦士の扱いなんて、群がる女どもの慰み者以外の何物でもない。彼は見た目も良いし体つきも良いので大事にされそうなものだが、逃げられないように両足と、誇りである「牙」をへし折られたことを考えれば、泥水をすするような日々だっただろう。救出されてからは、彼と同じ戦傷者を集めて従軍商人として再起。時には食料を売り、時には色を売り、血反吐を吐く思いをして身を立ててきて、現在ではトルヴァード連邦の交易担当大臣になっている。


苦しくて辛く光も見えない中を、汚辱にまみれても生き抜いた真の強者。 それだけの地獄を味わいながら、この明るく豪快な笑顔を見せられる。これこそが、彼の強さだ。


そして、その横に静かに控えるリスのような獣人女性。アイグル・サリキズ。 彼女もまた交易担当という肩書だが元はアスラ出身の戦士だと聞いている。戦傷のある顔だが小奇麗な身なりをしており、一見するとただの文化人に見える。 だが、その瞳には戦士の殺気ではなく、長年したたかな商人や軍、国家を相手にしてきた熟練の交渉人特有の雰囲気が漂っている。


(……同じ日に、今日が交渉初日という未熟な交渉人と、世界屈指の熟達した交渉人に連続して会うのも面白いものだね)


「ヘルガ・シュミットハウゼンだ。遠路はるばるよく来たね」


私も商人の顔で挨拶を返す。


「こちらは、モントルヴァル公国の外交官、イヴェット・カンガ」


「あ、ど、どうも……」


イヴェットがいつも通り、小動物のように縮こまって挨拶する。その様子を見て、クルタガンが破顔した。


「ヘルガ殿とはぜひお会いしたかった。長年の夢がかなって嬉しいよ」


彼は不自由な足で、しかし堂々と私の前に立った。


「俺も行商人から身を立てた口でね。行商から身を起こし、一代で大商会を築いた貴女を、俺はずっと尊敬していたんだ」


その言葉に、嘘やお世辞の響きはない。同じ泥道を歩いた者だけが持つ、共感と敬意が含まれていた。


「……ふん。あんたほどの男に言われると照れるね」


私は口元を緩めた。


「だが、あんたも伝説の行商人だろ? 奴隷の身から、一国の交易大臣にまで這い上がったんだ。私なんかよりよほど、物語になる人生さ」


「ははっ! 違いねぇ。泥臭い物語だがな」


クルタガンが豪快に笑う。場の空気が少しだけ解れた。 だが、次の瞬間、彼の目は商人のそれに戻っていた。


「さて、本題に入ろうか……」


彼の言葉を聞き、私は彼らに席を進めながらこれから始まる話に興奮を感じ始めていた。


「立ち話も無粋だ。……腰を据えて話そうじゃないか」


「……アルーシャから非常に面白い話を聞いて、エヴェリンにやってきたんだ」


彼は椅子に座りながらも身を乗り出した。


「エテルニア側の連中との、パイプができるかもしれないという話だ」


隣でイヴェットがビクリと肩を揺らす。 外交的には、宗主国同士ドラコニアとエテルニアの対立が強くなる中で、折衝役としてやり取りができる可能性があるということ。それは竜と虎が相対する場を走り回るような危険な行為だが、成功すれば莫大な権益を生む。


「その外交的な調整は、今後アルーシャとそちらのイヴェット殿がやり取りされることだろうが……俺は商人としての大きな可能性を、このエヴェリンに感じているんだ」


クルタガンは太い指を立てた。


「一言でいえば、ドラコニア勢力圏とエテルニア勢力圏の産品が、エヴェリンを経由してやり取りできるようになるということだ」


「……具体的には?」


「例えば、我々(炎盟)の持つ希少な鉱石は、モントルヴァルの技術があればさらに可能性が広がる。逆に、そちら側の持つ高級な美術品や工芸品は、炎盟各国の富裕層にとって大きな需要があるはずだ」


クルタガンの目が、欲望と希望で輝いている。


「他にも、我々の相互理解が進めば、たくさんの商機があるはずだ。……どうだ、ヘルガ殿?」


その話を聞き、私は胸が熱くなるのを感じた。 商売に国境はない。それは私の信条だ。


「……全面的に賛成だね」


私は即答した。


「私の方でも、昔からトルヴァードの魚油や、モンタリア王国の工具、サングラビアの血晶石、挙げればきりがないくらい、興味があった産品が炎盟諸国には多数あるんだ。それらが自由に取引できるなら、こんなに嬉しいことはない」


「話が早くて助かる!」


クルタガンが膝を叩いて喜んだ。


「我々の大筋はすぐに合意できそうだが……」


彼はふと表情を引き締め、横に控えるアイグルを見た。 アイグル・サリキズ。冷静な交渉人が、一歩前に出る。


「……浮かれるのはまだ早いです、大臣。2点ほど、慎重に解決すべき点があります」


彼女は左手が動かないのか、右手一本で器用に地図をテーブルに広げた。 その動作はあまりに自然で、左手が使えないことにハンデを感じさせないほど洗練されていた。


「一つ目はエヴェリン王国の協力を取り付けること。 二つ目は宗主国への説明をどうするか」


鋭い指摘だ。これがクリアできなければ、ただの絵空事になる。


「一つ目のエヴェリン王国の協力については……エヴェリン王国のルシラ商業大臣に話を持っていけば、乗ってくると思うわ」


口を挟んだのはアルーシャだ。


「あの人は商魂たくましい方よ。国益と利益になるなら、喜んで協力してくれるはず。条件はあるかもしれないけどね」


アルーシャがイヴェットに視線を向ける。イヴェットもコクコクと頷いた。


「せ、せやな……あの大臣なら、『儲かるならやりましょ』って言いそうです」


「よし。じゃあルシラ大臣への根回しはアルーシャとイヴェットに任せるとして……問題は二つ目だな」


クルタガンが顎を撫でる。 宗主国、すなわちドラコニア帝国とエテルニア大帝国。彼らが敵国との通商を許すかどうか。


「……難しいね」


私が呟くと、部屋に重苦しい沈黙が落ちた。 これは商売だけの問題ではない。生きるか死ぬかの政治問題だ。


「我らの宗主国ドラコニアは、戦を神聖なものと考えていて、敵国に対しては属国含めて一丸となって参戦することが求められる。従軍を渋るだけでも首が飛ぶのに、敵に塩を送るような裏切り行為だと思われれば、反逆罪で一族郎党皆殺しにされかねん」


クルタガンの言葉にアルーシャが扇子で口元を隠し、目を伏せた。事実なのだろう。


「エテルニアも同じだよ。あそこの教義は『秩序』だ。これから戦争するかもしれない敵との密貿易なんて、破門じゃ済まない大罪さ」


私もため息をつく。 互いにメリットがあると分かっていても、頭上の巨大な権力がそれを許さない。これが属国の悲哀だ。


「……我々は、薄氷の上を歩くような言い訳を用意しなければなりません」


アイグルが静かに言った。 誰もが口を閉ざす。完璧な言い訳など、そうそうあるものではない。


その時だった。


「あ、あの……」


部屋の隅で、おずおずと小さな手が挙がった。 イヴェットだ。


「そもそも、今の状況で……エヴェリン王国と貿易すること自体は、OKなんですよね?」


彼女の素朴な問いに、クルタガンが瞬きをして、すぐに頷いた。


「ああ、もちろんだ。エヴェリンは『中立』を掲げる光の同盟の盟主だ。公式な国交もあるし各国の商人がすでに出入りをしている」


「ええ、問題ありませんわ」


アルーシャも同意する。エヴェリンとの貿易を禁じる法など、ドラコニアにもエテルニアにも存在しない。


「だったら……」


イヴェットは、ゴクリと唾を飲み込み、視線を泳がせながら続けた。


「それについては、両陣営とも『エヴェリン陣営と友好的になりたい』今の状況なら、言い訳は立ちそうです」


「……どういうことだ?」


「いえ、その……あくまで、我々の取引先は『宗主国が仲良くしたいエヴェリン王国』であって、その向こう側にあるエテルニアやドラコニアとは直接取引してませんよ、という建前です」


彼女は恐縮しながら、しかし核心を突いた。


「『エヴェリンとの友好のため』とか、それこそルシラ大臣が協力してくれるなら、『エヴェリンの商業大臣が勧める品を買い求めて仲良くなれました』と言えば、今は両陣営ともエヴェリンと接点を作りたいと指示を出している時期ですから、責められるどころか褒められるんちゃうかな……と思いまして」


一瞬の静寂。 そして、クルタガンが「……ニヤリ」と、悪戯小僧のような笑みを浮かべた。


「なるほどな。俺たちはエヴェリンから買っているだけだ。エヴェリンがどこから仕入れたかなんて、知ったこっちゃねぇ……か」


「そういうことさね」


私もニヤリと笑い返した。


「エヴェリンで仕入れるものは、エヴェリン王国内で見つけた『自国にはめったにない物』を儲かると思って仕入れるだけだからね。何もおかしなことなんてないさ」


「違いない!」


クルタガンが爆笑し、アイグルも小さく溜息をつきながらも口元を緩めた。


「その方向で動きましょう。アルーシャ、代表してルシラ大臣への打診をお願いできるか?」


「ええ、任せてちょうだい。……ついでにエヴェリンのいい男の情報も仕入れてくるわ」


アルーシャが妖艶に舌なめずりをする。


こうして、歴史的な密約の方針は定まった。 東西の大市場を繋ぐ、巨大な闇市のような交易ルート。その結節点となるエヴェリン王国。


会談が終わり、皆が帰った後、私は窓の外に広がるリュミエールの街並みを見下ろした。


「……ふふ」


自然と笑みがこぼれる。


「エヴェリンは、楽しい国だねぇ」


多種多様な種族、思想、そして欲望が入り混じり、新しい何かが生まれようとしている。 この国でなら、私の最後の大仕事も、退屈せずに済みそうだ。


ビジネスの世界でも苦しい中を乗り越えて成功してきている起業家は強さがありますよね。あの創業者だけが持ってる迫力は経験と自信に裏打ちされたものだと感じます。

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