第52話「ヒイロの家臣団」
大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール / ヒイロ=エヴェリン
王宮の奥深く、俺の寝室は今、異様な熱気に包まれていた。 ベビーベッドの中から柵越しに見えるのは、この国を動かすトップたちと、次世代を担う若き才能たちだ。
母上、父上、エリシア祖母上。 宰相リリア叔母上、ウォーデン侯爵ダリア、ヴェルダント伯爵リンディス。 さらには侍女長のエラーラさんまで控えている。
そして何より、彼らに連れられてきた3人の子供たち。 14歳の少年、9歳の少女、6歳の少年。
(……すごいメンツだ。人材採用なんて、戦略シミュレーションゲームだと「登用」ボタンをポチっと押せば終わりだけど、現実は違う。こうやって親が子を連れ、主君に頭を下げ、大河ドラマみたいな手順を踏んで「家臣」として仕えさせるんだなぁ……)
俺は赤ん坊の身体で寝転がりながら、目の前で繰り広げられる歴史的な瞬間に、35歳のオタク心を震わせていた。
「ダリア、リリア、リンディス。大事なご子息をヒイロの側仕えとして差し出してくれたことに感謝します」
母上が厳かに告げると、3人の親たちは深く頭を下げた。 そして、それぞれの子供たちが前に進み出る。
まずは最年長、14歳の少年。ダリア侯爵の息子、アルトリウスだ。 彼は直立不動の姿勢で、騎士の礼をとった。
「アルトリウス・ウォーデンです。この剣と命、ヒイロ様のためにお使いください」
清廉潔白。その瞳には一点の曇りもない。 武門の名家で「若君」と呼ばれ慕われているだけあって、すでに完成された武人のオーラがある。
(……いい面構えだ。現代だとスポーツ男子の大会に出てきそうなイケメンだが、戦国時代風に言えば織田信長にとっての森可成か、あるいは伊達政宗にとっての片倉小十郎か)
だがこの世界は女性が軍事の大部分を担当する世界と考えると、彼は前世でいうと王女につく姫騎士的な立ち位置なのかもしれない。
次に進み出たのは、9歳の少女。リリア叔母上の次女、ミラベルだ。 彼女は完璧なカーテシーを見せ、静かに、しかし熱っぽい瞳で俺を見つめた。
「ミラベル=エヴェリンでございます。ヒイロ様の従者としてお支えすることを誓います」
以前会った時も感じたが、彼女からは「重い」ほどの献身を感じる。 だが、その所作は洗練されており、侍女長エラーラさんの薫陶を受け始めているのが分かる。
(……将来のエラーラさんになりそうな雰囲気をひしひしと感じるな。徳川家康にとっての阿茶局のような存在になってくれるかもしれない。それくらいの秘書がついてくれたらなんだってできる気がしてくる)
最後に、6歳の少年。リンディス伯爵の養子、テオラス。 彼は少しおどおどしながらも、その瞳には年齢離れした知性が宿っていた。
「テオラス・ヴェルダントです。……ヒイロ様に忠誠を誓います」
まだ6歳でこれだけの振る舞いができるのは本当に「神童」と言えるレベルだ。魔力量Aランクの天才。気弱そうに見えるが、頭脳はずば抜けてよい気がする。
(……軍師タイプだな。豊臣秀吉にとっての竹中半兵衛か、あるいは黒田官兵衛のような存在になってくれるのだろうか)
今はまだ原石だが、磨けば天下を左右する知恵袋になる気がする。
3人の挨拶が終わると、それまで後ろで見守っていた4人の姉たちが、我慢できないといった様子で割り込んできた。
「母上! 私たち姉妹も、ヒイロのために行動する者として、彼らに自己紹介をさせてください!」
長女のクラリス姉さんが声を上げる。 側近たちだけにいい顔はさせない、という姉としてのプライドと、弟への独占欲が見え隠れする。
「ええ、いいわよ」
母上の許可を得て、クラリス姉さんが俺の前に立った。
「私は第一王女として、次期女王を目指し、王としての振る舞いを学びます。そして国という広い視野で、ヒイロの居場所を絶対に守ってみせます」
(頼もしい……。姉さんが王になってくれれば、俺は安心して後ろ盾を得られる)
続いて、次女のルミナ姉さんが目を輝かせて顔を覗き込んできた。
「ボクはね、現在進行形で魔法省のエルドリンと一緒に、ヒイロの『Holy(聖)』の能力を解析してるんだよ! ヒイロの力を最大限に引き出すお手伝いをするからね!」
(なにっ!!その話詳しく聞かせてくれ!!)
俺は身を乗り出そうとしたが、口から出たのは「あーうー!」という鳴き声だけだった。 くそっ、言葉が話せないのがもどかしい。だが、ルミナ姉さんならきっと俺のこのWordの謎を解明してくれるはずだ。
三女のセラフィナ姉さんは、静かに微笑んだ。
「私はこれと言って特技はないですが、書籍を読むのは得意なので……ヒイロに関連しそうな情報を、王立図書館のあらゆる文献から探しています。ルミナ姉様と同じく、ヒイロの能力の理解を優先します」
(情報収集と分析担当か。特技がないなんて謙遜だ。知識こそが最大の武器になる)
最後に、四女のヴァレリア姉さんが元気よく手を挙げた。
「あたしはヒイロといっぱい遊ぶ! 誰かがヒイロをいじめたら、あたしがぶっ飛ばす!」
(……うん、シンプルでいい。素晴らしい用心棒だ)
俺はベビーベッドの中から、この豪華すぎる布陣を見渡した。
武勇に優れた騎士、献身的な侍女、才能ある軍師。 そして、4人の姉たち。
今は年下の俺が言うのも変だが将来が楽しみなメンバーだ。
(やばい、テンション上がってきた!! 信長を主人公にした歴史シミュレーションシリーズが大好きな俺からしたら、自分の『家臣団』ができるとか、男のロマンの極みだろ!)
俺は興奮のあまり、手足をバタつかせて「あーうー!(採用! 全員採用だ!)」と叫んだ。
その様子を見て、母上は満足げに頷いた。
「皆、頼もしいわ。ヒイロも喜んでいるようね。……では、貴方たちに『最初の任務』を与えます」
母上の声色が、女王のものに変わる。 全員の背筋が伸びた。
「7月末。国外の賓客を招いての『お披露目パーティ』が行われます。そこには、ドラコニアやエテルニアの影響下にある者たちも多数来訪します」
母上は、若きチーム・ヒイロを見据えた。
「ヒイロを守り、エヴェリン王国の次世代の力を見せつけるのです。そのための準備を、今日から始めなさい」
そして、母上は後ろに控えていた侍女長に視線を送る。
「指導役は、侍女長エラーラに一任します」
「御意」
エラーラさんが3人に視線を向けて綺麗な姿勢で一歩前に出ると、ミラベルだけでなく、アルトリウスやテオラス、姉たちまでもがゴクリと唾を飲み込んだ。
「さあ皆様。まずはお互いの理解を深めることと、王宮での生活の基本からです。徹底的に叩き込みますよ」
若き家臣団が一斉に「はい!」と返事をする。 俺はその光景を見ながら、心の中でニヤリと笑った。
(さあ、楽しくなってきた)
だが、気を引き締めなければならない。 次の7月の国外向けのお披露目パーティは、先日の国内向けとは訳が違う。 6月の『祝福の儀』で、俺のスペック――『Holy(聖)』のWordとSランクの魔力は、すでに世界中に公開されてしまった。
これまでは「謎の新商品」としての期待感だけで済んでいたが、今は違う。 7月のパーティに来るのは、ただの祝福客ではない。そのスペックを正確に値踏みし、あわよくば食らいつこうとするハイエナやサメたちだ。
いわば、守られた社内プレゼンから、競合他社がひしめく「国際見本市」への殴り込み。 ここでの立ち回りを一つ間違えれば、国の運命すら左右する外交問題に発展しかねない。
(だが、俺にはこのチームがいる。俺という「神輿」を担ぎ、守り抜くには十分すぎる布陣だ。)
これから本格化する嵐の前の静けさを感じながら俺はまどろみの中に沈んでいった。
自分の子供を主君に仕えさせるというのは親にとって一番緊張する場面だと思います。
自分が小さい子供のころは大河ドラマを子供目線や主人公目線で見ていましたが、親目線で見ると周りの人物のほうに感情移入しちゃったりします。




