第50話「工業大臣にも歴史あり」
大陸歴 2791年 7月 / エヴェリン王国 王都リュミエール シュミットハウゼン商会 / イヴェット・カンガ
「……マジか」
ウチは、シュミットハウゼン商会エヴェリン支店の応接室の隅で、胃の痛みを堪えながら天井を仰いだ。
事の発端は昨日や。 工業大臣のナムルー・ディ・バロ様から「ヘルガ婆さんと会う場を作れ」と頼まれ、酔った勢いでその足で支店に駆け込み、ヘルガ会長に伝えた。 そしたら会長がOKしたからナムルー大臣に日程聞いたら「よし、明日会おう」やて。
(フットワーク軽すぎやろ! 大臣と大商人の会談やぞ? 一か月くらい日程調整にかかるもんちゃうんか!?)
ヘルガ会長も会長で、「明日か、いい度胸だ。いいよ」と即答。 おかげでウチは、二人の怪物の間に挟まれて、胃に穴が空きそうな状態でここに座らされているわけや。
「ようこそおいでくださいました、ナムルー大臣」
ヘルガ会長が、威厳たっぷりに頭を下げる。対するナムルー大臣も、不敵な笑みを浮かべて握手を交わした。
「急な申し出を受けてくれて感謝するよ、伝説の商人ヘルガ殿」
「ふふ、エヴェリンの工業を支える伝説の鍛冶師にそう言っていただけるとは、光栄だよ」
二人が席に着く。 最初は最近の景気や、顔見世パーティの話題なんかで腹を探り合ってたんやけど、すぐに矛先がウチに向いた。
「それにしても、うちの外交官がお世話になっているようで。……良い娘でしょう?」
ヘルガ会長がニヤリと笑ってウチを見る。
「ああ。現場の空気が分かる希少な人材だ。あの香炉立は見事だった。サヴァもいい刺激を受けているよ」
ナムルー大臣まで褒めちぎる。
(なんでそうなってんのぉ……。ただの酒飲み友達やのに、なんで国家レベルの有能人材みたいな扱いなん? 顔から火が出るわ……)
ウチが赤面して縮こまっていると、ナムルー大臣がスッと表情を引き締め、本題に入った。
「さて、単刀直入に言おう。イヴェットがヘルガ殿の全面支援を得ていると聞いてね、色々と商談をしたくて来たんだ」
「ほう。どんな品をご所望で?」
「エヴェリンの技術と、モントルヴァルの素材を融合させたい。特に欲しいのは、モントルヴァル特産の高品質な鋼材と貴金属だ。あれがあれば、ウチの技術と組み合わせて最高に良い物が作れる」
ナムルー大臣は身を乗り出し、具体的な注文を並べ始めた。
「特に、ムウェナ工房の精密な鉄鋼部材と、バンバ精錬所の鋼材は絶対に入れてくれ。あれは別格だどうやってもこっちじゃ手に入らん」
(うわ、マニアックな工房の指名やな。プロ同士の会話や)
ウチが感心していると、ヘルガ会長が目を細め、訝しげな声を上げた。
「……調達するのは構わないが、やけに詳しいね。うちの国でも知る人ぞ知る名工房だよ。そっちも良い諜報員がモントルヴァルに入っているのかい?」
場の空気が凍り付く。 産業スパイの疑いや。ウチの胃がキリキリと悲鳴を上げる。
だが、ナムルー大臣は悪びれる様子もなく、ニヤリと笑った。 そして懐から、古びた「勲章」を取り出し、テーブルに滑らせた。
「勲章? 」
ヘルガ会長が勲章を手に取る。 錆びついた金属片に見えるが、会長の目が驚愕に見開かれた。
「何だこれ……まさか!!」
記憶が繋がり、雷に打たれたように会長が叫んだ。
「あんた、ナバロか!!」
(は? ナバロ? 誰やそれ?)
ウチがポカーンとしていると、ナムルー大臣は楽しそうに椅子に背を預けた。
「その節はお世話になりました、ヘルガ殿」
「……信じられない。あの時の……」
ヘルガ会長が呆然としている。ウチは恐る恐る手を挙げた。
「あ、あの……どういうことですか? ナバロって?」
ナムルー大臣が、ウチを見てウインクした。
「実はな、あたいも若いころ……。母が学んだ国の技術をどうしても知りたくて、3年ほど日雇いでいろんな工房を巡ってたのさ、モントルヴァルのな」
「ええっ!?」
「偽名は『ナバロ』。貴族に見つかるとやばいから下町に潜り込んでた。そこで3年目に、『金細工の王冠』を作るってデカい案件の末端に混ぜてもらえてね」
ナムルー大臣は勲章を指さした。
「その王冠の依頼主がヘルガ殿さ。この勲章は、ヘルガ殿が女王からのお褒めの言葉と合わせて、その制作にかかわった職人に名誉の証として与えたものだよ」
ヘルガ会長が、懐かしそうに、そして悔しそうにため息をついた。
「そうかい、あの時の……。あの後、関わった職人は全員うちが引き抜いたんだが、一番腕のいい『ナバロ』って職人だけはいきなり煙のように消えちまってな。おかしいとは思っていたんだよ」
「ははは、その節は失礼しました」
ナムルー大臣が悪戯っぽく笑う。 ヘルガ会長はしばらく呆気に取られていたが、やがてピンと来たように顔を上げ、納得の表情で言った。
「……ああ、だからイヴェットを可愛がってくれているのかい」
「?」
ウチが首を傾げると、ナムルー大臣は苦笑して語った。
「ほぼ敵っていう他国にたった一人で乗り込んで、日雇いで働きながら技術を学ぶ女に、悪い奴はいねぇ。しかも王族相手に最高の品を渡すなんてのを見たら……どうしても感情移入しちまうもんさ」
(えっ……大臣、そんな風に思うてくれてたん?)
かつての自分と、今のウチを重ねてたんか。 ただの飲み友達やと思ってたけど、そんな深い理由があったなんて。なんか、泣きそうやわ。
ヘルガ会長は、ふっと表情を和らげた。
「ふっ……これからも可愛がっておくれ。依頼されたもんは全部揃えるさ」
会長は力強く請け負った。
「それと、あの時のおまえさんの同僚が今はもう親方になってて、良い工房を開いてるのもいる。そっちの製品も入れとくよ。……ナバロのお眼鏡にかなう一級品をね」
「恩に着るよ」
商談は成立した。 ナムルー大臣が帰り支度を始め、ウチも慌てて立ち上がる。
大臣を見送った後、ヘルガ会長がウチの肩をバンと叩いた。
「……」
会長は何も言わなかった。 ただ、ニカっと笑って、深く頷いた。 その無言の頷きは、これ以上ない賛辞の証やった。
「じゃあまたね」
会長はそう言って、軽やかな足取りで店の奥へと戻っていった。
ウチは一人、夜風に吹かれながら帰り道についた。
「……なんやったんやろ。レジェンド同士の同窓会に巻き込まれただけやん」
ドッと疲れが出た。 でも、胃の痛みはいつの間にか消えていた。
「でもまあ、交渉はまとまったみたいやし……結果オーライやな!」
ウチは遠い異国の空を見上げ、大きく伸びをした。 今日はええ夢が見れそうや。
ナムルー大臣も若かりし頃修行に出てました。
その時の同僚たちは今や親方クラスです。ナバロの話を聞いたら腕によりをかけて品物を用意することでしょう。昔なじみが名をはせたり、出世していったりしているのを、”悔しい”ではなく”嬉しい”と感じるのは大人になった証かもしれません。




