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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第49話「新米外交官の旅立ち」

大陸歴 2791年 6月 / エテルニア大帝国 帝都コンスタンティナ 宰相私邸 / ソフィア・フォン・オルデン(外交官)


「ソフィア。明日、エヴェリン王国へ発ちなさい」


母であり、この大帝国の宰相であるクラリンダ・フォン・オルデンは、紅茶を一口啜ると、天気の話でもするように私の運命を変える言葉を口にしました。


「……は?」


私は間の抜けた声を上げ、持っていた羽根ペンを取り落としそうになりました。 場所は宰相私邸の執務室。今年から官僚として働き始めたばかりの私は、母の私的な秘書業務を手伝っていたところでした。


「あ、明日ですか!? いくらなんでも急すぎます! 準備も、心の整理も……」


「ヒイロ王子の『Holy(聖)』は、我が国の国教の根幹を揺るがしかねない重大事案だ。一刻の猶予もない」


母は書類から目を離さず、淡々と言い放ちます。 相変わらずの仕事中毒……。私に対しても、娘というよりは「使える駒」として接してくるいつもの態度です。


「ですが、お母様……いえ、宰相閣下。エヴェリン王国は現在、厳戒態勢にあると聞いています。新人の私がのこのこ行って、門前払いされるのがオチでは?」


「普通ならそうなるだろうね。だが、今回は手がある」


母は引き出しから一通の手紙を取り出し、デスクの上に滑らせました。 蝋封には、剣と盾の紋章。


「ヴァルクール公国から、急使が届いた」


「ヴァルクール……」


私はごくりと唾を飲み込みました。 「エテルナの槍」を自称する、我が国きっての武闘派属国。信仰と武勲を同一視する彼らは、正直言って苦手です。


(きっと、『聖なる王子を異教徒の手から奪還するため、我らに先陣を!』とか息巻いているのでしょうね……)


好戦的な彼らの顔を思い浮かべ、私は思わず顔をしかめてしまいました。


「顔に出てるよ、ソフィア」


母が呆れたように言いました。


「お前の予想は半分当たりで、本質は真逆だ。……読んでみなさい」


促されて手紙を開くと、そこには整った、しかし力強い筆致で意外なことが書かれていました。


『ドラコニアとの決戦を控えた今、エヴェリンを敵に回しての二正面作戦は愚の骨頂。絶対に敵対してはならない』


「えっ……? 敵対するな、ですか?」


「そう。手紙の主は、ヴァルクールの騎士団顧問、ヒルダ・ザ・ヴァルクールだ」


続きを読み進めると、そこには驚くべき策が記されていました。


『しかし、いきなり友好的にすり寄れば、足元を見られる。大帝国としての威厳も保てない。そこで、ヴァルクール公国があえて「聖戦の先陣を賜りたい!」と過激な要請を公に出す。宗主国はそれを「強く諫め」、「聖なる王子を攻撃する意思など毛頭ない」とヴァルクールを叱責せよ』


「……これは」


『その上で、早急に外交官を派遣し、「身内の暴走を詫びる」形で入り込め。「我々は友好的だが、一部の過激派を抑えるのにも苦労している。無碍にされると彼らが暴走しかねない」と匂わせれば、エヴェリンも貴殿を無下にはできないはずだ』


私は手紙を持つ手が震えるのを感じました。 なんと巧妙な。自ら進んで「狂犬」の役を演じ、本国に「飼い主」としての立場と、恩を売る口実を与えるマッチポンプ。


「……ヒルダ殿を知らないのか?」


私の驚愕を見て、母がニヤリと笑いました。


「いいえ、お名前くらいは……」


「彼女は策士だよ。策士は策士でも……世界一のな」


母は楽しそうに目を細めました。


「彼女の真の狙いは、ドラコニア女帝の死による内乱を待ち、その隙に一気に北へ侵攻することだ。それまでは南のエヴェリンを外交で釘付けにする気だろう。……この策に乗らない手はない」


「はい。……恐れ入りました」


私は深く頷きました。これなら、新人の私でもエヴェリンに入り込むことができます。


「現地での動きだが……。今のエヴェリン王宮のガードは堅い。正面から挑んでも、重要な情報は得られないだろう」


母は別の報告書を手に取りました。


「だが、一つだけ手がかりがある。先日の極秘に行われた『顔見世』パーティに、モントルヴァル公国の外交官が一人、潜り込んでいたらしい」


「モントルヴァル……芸術の国ですか?」


「ああ。諜報員からの報告書には名前までは記されていなかったが、その外交官は、招待状もなしに会場に入り込み、王子への謁見まで果たしたそうだ」


母の声が少し低くなりました。


「我が帝国の諜報網ですら、城壁を越えることさえできなかった厳戒態勢の中でだ。……その外交官は、独自の強力なパイプを持っているに違いない」


(招待状なしで王宮の奥深くに……? 一体どんな手練れなの?)


私はまだ見ぬその人物に、畏敬の念を抱きました。きっと、変装の達人か、人の心を操る話術の持ち主に違いありません。


「現地に着いたら、真っ先にそのモントルヴァルの外交官に接触しなさい。彼女の伝手を借りれば、王宮深部への道が開けるかもしれない。……得た情報は随時、私とヒルダ殿宛に送るように」


「はい! 承知いたしました!」


「ソフィア」


母がふと、書類を置いて私を真っ直ぐに見つめました。


「お前は今年から働き始めたばかりの新人だ。だが、私の娘として、最高の教育を受けてきたはずだ。……失敗は許さないよ」


「……っ、はい!!」


私は背筋を伸ばして敬礼しました。 プレッシャーで胃が押しつぶされそうです。国の運命を左右する大役。しかも、相手は一筋縄ではいかないエヴェリンの古狸たちと、謎の凄腕外交官。


ですが、それと同じくらい、胸の高鳴りも感じていました。 初めての外国。それも、文化と魔法の国エヴェリン。 そして何より、母に認められる千載一遇のチャンス。


(やってみせるわ。……宰相の娘の名にかけて!)


私は拳を握りしめ、まだ見ぬ異国の地と、そこに待つ「聖なる王子」に思いを馳せました。


ふと、執務室の窓の外に目をやると、白い大理石で築かれた帝都コンスタンティナの街並みが、冷徹なまでの秩序を保って広がっていました。 唯一神エテルナの教えが支配するこの国で、『Holy(聖)』という言葉が持つ意味は、あまりに重いものです。 それは私たちにとっての祈りであり、教義であり、絶対的な正義そのもの。 それが、異国の、それもまだ言葉も話せぬ赤子に宿ったという皮肉。


「……ヒイロ=エヴェリン」


私はガラスに映る自分の顔を見つめ、小さくその名を呟きました。 貴方は、私たちに災いをもたらす異端の種なのでしょうか。 それとも、凝り固まったこの世界に差す、新しい光なのでしょうか。


答えは、きっとこの目で確かめるしかありません。 私は胸元の聖印にそっと触れ、冷たく澄んだ帝都の空気に、静かな祈りを捧げました。

いいところのお嬢さんは素で性格の良い人が多い気がします。そして世俗に疎いと悪気なく筋が違うことしたりしちゃいます。

そういう未熟感のあるキャラがどう成長するのかも楽しみです。

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