第47話「第一王女の威光」
大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮応接室 / クラリス=エヴェリン(第一王女)
「……それで、我がトルヴァード連邦としましては、エヴェリン王国との友好的な関係を築くことを強く望んでおりますの」
王宮の応接室。上座には母である女王アウローラ、その横に外務大臣のミラナ、そして第一王女であるわたくし、クラリス=エヴェリンが座っています。 対面に座るのは、トルヴァード連邦の外務大臣、アルーシャ・リリヤスカ殿。
豊満な胸元を強調したドレスに身を包み、妖艶な笑みを浮かべる彼女の態度は、極めて友好的でした。
(……明らかに、宗主国ドラコニア帝国の指示ね)
わたくしは冷静に分析します。 「光の同盟」と「永遠条約圏」を同時に敵に回すのは、軍事大国ドラコニアにとっても愚策。彼らはエテルニアを軍事的な矛先とし、我が国とは外交的な握手を選んだのです。賢明な判断ですわ。
ただ……。
(……大きいですわね)
わたくしの視線は、どうしてもアルーシャ殿の胸元に吸い寄せられてしまいます。 12歳のわたくしには、まだ望むべくもない大人の女性の魅力。圧倒的な「量」の暴力。 母上もミラナも大きいですが、この方はまた種類の違う、むせ返るような色香を放っています。……少し、羨ましいですわ。
「単刀直入に言いますわ。アルーシャ様」
扇子を閉じたミラナが、本題を切り出しました。
「友好的な関係は前向きに検討しますが、ドラコニア陣営――『炎盟』との交渉において、まとめ役的な『窓口』を貴女に引き受けていただきたいの」
「窓口、ですか?」
アルーシャ殿が小首をかしげます。
「ええ。各国と個別に交渉するのは手間がかかります。貴女がまとめてくださるなら、こちらとしても助かりますもの」
「……それは、かなり重い役目ですわね」
アルーシャ殿は難色を示し、チラリと視線を流しました。
「各国からの外交官も来ていますし、私の独断では……。それに、窓口となれば調整業務も膨大です。我が国にどのようなメリットがあるのか、持ち帰りませんと」
なるほど。ただでは引き受けない、と。外交官としては正しい駆け引きです。 ですが、ミラナは余裕の笑みを崩しません。
「あら、引き受けてくだされば色々と優遇しますのに。……例えば、そうね」
ミラナは扇子で口元を隠し、楽しげに囁きました。
「ヒイロ王子の誕生に合わせ、王宮では中小貴族や市井の有望な若い男性たちを何名か、侍従見習いとして迎え入れようとしていますの」
ピクリ、とアルーシャ殿の肩が反応しました。
「彼らは将来、外国の方とも接する機会が増えます。ですが、まだ若く経験も浅い……。彼らに異文化やマナーを教えてくれる、優しくて『経験豊富な先生』が必要なのですけれど……」
「……!!」
アルーシャ殿の表情が劇変しました。 瞳孔が開き、頬が紅潮し、荒くなった鼻息が聞こえてきそうです。
「ま、まあ! それは大変! 外交官として、未来ある若者の教育は重要ですわ!」
彼女は身を乗り出しました。その迫力に、わたくしは少し背中を反らしてしまいます。
「テーブルマナーや、外国の……"色々な”文化のお話を聞かせてあげればよろしくて? 手取り足取り、イチから指導しないといけませんわねぇ……」
(……目が、潔さすら感じるほどにぎらついていますわ)
見るからにハイテンションになり、妄想の世界に入りかけています。 ミラナは逃しません。畳みかけます。
「ええ、ぜひ。他にもご協力いただけるなら、指導をお任せする内容も増えるかもしれませんわねぇ」
「……っ! そ、それは魅力的ですけれど……」
アルーシャ殿はまだ迷っています。ドラコニア本国の意向や、他の国々との調整の手間を天秤にかけているのでしょう。 そこで、ミラナが最後の一手を打ちました。
「そういえば、ドラコニアやモリガノンからも重鎮の女性が来ていて、この後会談する予定なんです。彼女たちも男性とのやりとりに慣れていそうだし、そちらにも『先生としての仕事』をお願いしようかしら。アルーシャさんは顔見世に来てくださったから、一番に声をかけたのですけれど」
ミラナが分かりやすく仕掛けた、その瞬間です。
「お待ちを!!」
ドン! とテーブルを叩き、アルーシャ殿が立ち上がりました。
「……コホン。お待ちになって!」
彼女は鼻息荒く、今にもミラナに掴みかからんばかりの勢いで詰め寄りました。
「そんな重大な役目、他の有象無象には任せられませんわ! そこまで私を重視してくださるなら、断る理由はありません!」
彼女は居住まいを正すと、キリッとした(しかし欲望に満ちた)顔で宣言しました。
「私が引き受けましょう! 炎盟に属する6か国、すなわち 『ドラコニア帝国』『アスラ連邦』『サングラビア王国』『モリガノン王国』『モンタリア王国』 、そして我が 『トルヴァード連邦』 。これら全ての代表……炎盟の代表として、エヴェリン王国との外交窓口をさせていただくように調整しますわ!」
一気にまくしたてました。6カ国の調整など、通常の神経なら胃に穴が開く激務です。それを、彼女は「若い男の子への指導権」という餌だけで飲み込んだのです。
「ドラコニアと直接やり取りすると、直接ぶつかった時が面倒でしょう? 私が窓口になれば、全て円滑に収めてみせますわ!」
「まあ、頼もしいこと」
「その代わり!」
アルーシャ殿は、ミラナの手をガシッと握りしめました。
「改めて確認しますわよ? 若い男の子たちへ外交を教える役割は、必ず、絶対に、私にお願いしますね!? 約束ですよ!?」
その必死な形相。 わたくしは、呆れるのを通り越して、ある種の戦慄を覚えました。 このおばさま……いえ、ご婦人の頭の中は、今ごろあんなことやこんなことの妄想で埋め尽くされているに違いありません。
(良いのかしら……。男の子をダシに使うような真似をして)
横を見ると、母上も「やれやれ」といった顔で遠い目をしています。 ですが、国益のためには綺麗ごとばかり言っていられません。 とはいえ、王族として、最低限の釘は刺しておくべきでしょう。
「……アルーシャ殿」
わたくしは努めて冷静に、声をかけました。
「は、はい! 王女殿下!」
「感謝します。……ただし」
わたくしは、自身のWordである『Crown(冠)』の気配を、ほんの僅かに纏わせました。 王威。統治する者としての、絶対的な威圧感。 浮かれていたアルーシャ殿の背筋が、ビクリと伸びます。
わたくしは彼女の目を真っ直ぐに見据え、告げました。
「あくまで、『淑女的な』ご協力をお願いしますわ」
「は……は、はいぃッ! も、もちろんでございます!!」
アルーシャ殿は直立不動で返事をしました。 ミラナが「あらあら、頼もしい姫様」とクスクス笑っています。
(……ふぅ。これで少しは自重してくだされば良いのですけれど)
わたくしは心の中でため息をつきつつ、表面上は優雅な王女の微笑みを崩さずにいました。 外交とは、かくも疲れるものなのですね。ヒイロが大きくなるまでに、わたくしももっとタフにならなければいけませんわ。
クラリスは第一王女として強く成長しています。『Crown(冠)』のWordを持つ次期女王にふさわしい女の子です。




