第46話「魔法省の変人と小さな天才」
大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 魔法省 / アルバーヌ・ド・ヴェルナ(副魔法大臣)
「副大臣! 神殿から『聖水』の魔力残滓データが届きました!」
「アルバーヌ様! エテルニア大使館から、至急の面会要請です! 断っても帰ろうとしません!」
「副大臣! 王宮の文官から、王子の魔力測定器の不具合じゃなかったのか確認しろとの問い合わせが……!」
「ああもう、うるさいですわね! 一列に並びなさい! 順番に処理します!」
私は執務机をバンと叩き、怒号飛び交う魔法省のロビーを一喝した。 昨日の「祝福の儀」以降、魔法省は蜂の巣をつついたような……いや、ドラゴンが突っ込んできたような大騒ぎになっている。
私はアルバーヌ・ド・ヴェルナ、28歳。 若くして副魔法大臣の地位にある伯爵家の当主だが、その実態は、研究以外に興味のない「社会不適合者」である大臣や研究者たちの尻拭い係だ。内政や事務のできる人間はルシラさんたちに取られてしまっており、魔法省には頭は良いんだけどね...と苦笑いされる人間の巣窟になってしまっている。
「……それで、肝心の大臣はどこですか?」
私は処理済みの書類を部下に投げ渡し、こめかみを揉みながら尋ねた。
「は、はい。エルドリン大臣は、『今いいところだから誰も入れるな』と言って、最奥の研究室に結界を張って引き籠られました」
「あのアホ妖精好きなことばっかりしやがってぇ……!」
私はギリリと歯噛みした。 ヒイロ王子のWordが『Holy(聖)』だと判明し、魔力量がSランクだと確定した今、魔法省が果たすべき役割は山ほどある。それを全て私に丸投げして、自分は知的好奇心を満たすための研究に没頭しているとは。
「私が引きずり出してきます。あなたたちは各国の対応を続けなさい」
私が踵を返し、大臣室へ向かおうとしたその時だった。
「ねえねえ、アルバーヌお姉ちゃーん」
緊迫したロビーに似つかわしくない、鈴を転がすような幼い声が響いた。 振り返ると、そこには護衛の騎士を困らせながら、ひょっこりと顔を出した少女がいた。
金の髪を無造作にショートカットにし、王族とは思えないラフな格好をした10歳の少女。 この国の第二王女、ルミナ=エヴェリン様だ。
「ルミナ様!? なぜこのような場所に?」
私は慌てて駆け寄った。 昨日の儀式の主役であるヒイロ王子の実姉であり、王位継承権第二位の王族の姫君だ。本来なら王宮の奥で守られるべき方である。
「お城の警備はどうなっているのですか……。こんな騒ぎの中、お一人で」
「抜け出してきたんだよ。だってお城、お祭り騒ぎでうるさいんだもん」
ルミナ様は「へへっ」と悪戯っぽく笑い、キョロキョロと辺りを見回した。
「それよりお姉ちゃん、エルドリンさんはどこー?」
「大臣ですか? ……今は執務中(という名の引き籠り)ですが」
私はため息交じりに答えた。 ルミナ様は幼い頃から魔法への関心が強く、よく魔法省に出入りしている。私にとっても妹のような存在だが、このタイミングでの来訪は正直頭が痛い。
「ルミナ様。今日は大事な日です。大臣も忙しいですし、お城にお戻りください」
「えー? だって、今この国で一番大事なことをしてるのって、エルドリンさんでしょ? 手伝いに来たんだよ」
「一番大事なこと? ……外交対応や、状況説明の準備のことでしょうか?」
私が首をかしげると、ルミナ様はきょとんとして、それからケラケラと笑い出した。
「あはは! 違うよお姉ちゃん。そんなの、誰でもできる仕事じゃん」
10歳の少女は、無邪気な瞳で、しかしドキリとするほど鋭いことを言った。
「みんな『Holy(聖)』って文字を見て大騒ぎしたり、拝んだりしてるけどさ……。結局あれが 『どういう現象を引き起こすWordなのか』 が分からないと、使い物にならないでしょ?」
「……っ」
「回復魔法なのか、対アンデッド用の攻撃なのか、それともただ光るだけなのか。文字面だけで一喜一憂しても仕方ないのにね~。だからボク、解析を手伝いに来たの」
私は言葉を失った。 この24時間、大人たちは「聖」という言葉が持つ宗教的な意味や、政治的な影響力ばかりを議論していた。エテルニアがどう動くか、ドラコニアがどう出るか。 だが、この幼い姫君だけは違った。
彼女だけが、純粋に「魔法としての本質」を見ている。 『Holy(聖)』とは何か。その現象の正体を解明しなければ、対策も運用も始まらないという真理を、直感的に理解しているのだ。
(……家庭教師たちが『ルミナ様は天才すぎて凡人には教えられない』と嘆いていたのは、こういうことでしたか)
私は背筋が寒くなるような、それでいて頼もしい感覚を覚えた。 この方は、本物の天才だ。
「……分かりました。こちらです」
私は敬意を込めて頭を下げ、案内を買って出た。
「わーい! さすがアルバーヌお姉ちゃん、話が早い!」
ルミナ様は嬉しそうに私の手を引く。 私たちは厳重なセキュリティゲートをパスし、最奥の研究室の前へとたどり着いた。 扉には『立入禁止(死ぬぞ)』という物騒な張り紙がしてあるが、私は構わず解錠コードを打ち込み、扉を開け放った。
「エルドリン様! お客様です!」
「げっ、アルバーヌちゃん!? 今いいところなんだから邪魔しないでよ……って、げげっ! ルミナちゃん!?」
部屋の中は、魔導具と計測機器の山だった。 その中心で、髪をボサボサにした妖精族の男性――エルドリン大臣が、私の顔を見て嫌そうにし、後ろのルミナ様を見てさらに顔をしかめた。
「ちょっと、王女様が何しに来たのさ。ここは託児所じゃないんだよ」
「手伝いに来たんだよ、エルドリン」
ルミナ様は物怖じせず、部屋の中に散らばる資料を拾い上げた。
「ヒイロの魔力波長データだね。……ふーん。Sランクの出力に対して、波形の収束率が異常に高い。魔力がWordの影響を受けている可能性が高い」
「……ほぅ?」
エルドリンの目が鋭い物になる。 ルミナ様はパラパラと資料をめくり、黒板に書かれた複雑な数式を指さした。
「この『聖』属性の定義式、数字が荒すぎるよ。正確な数字をもとにしないと計算狂うじゃん。このままだとヒイロの『Holy(聖)』の影響は測れないと思うな。ボクのWord『Scale(秤)』で、昨日の儀式の時ずっと魔力量の変化を計っていたんだけど、『Holy(聖)』の文字が出てから魔力の波長が変わったから、すでにヒイロは何かしら『Holy(聖)』の影響を受け始めてるんだよ」
10歳の口から飛び出す、専門家も顔負けの高度な魔力についての推論。 エルドリンの口がぽかんと開き、やがてその瞳がギラリと輝きだした。
「……マジか。君、あの一瞬でそこまで読み取ったの?」
「うん。だから、ボクの『Scale(秤)』で波長のズレを補正するよ。そうすれば、ヒイロがどんな魔法を使えるか、シミュレーションできるでしょ?」
「……!!」
エルドリンがガバッと立ち上がり、ルミナ様の手を握った。
「それだ! 僕に足りなかったのはその観点だ! OK採用! ルミナちゃん、あそこの山積みのデータとか聖水は自由に使っていいから、そっち頼んだ!」
「了解~! やった、一番乗りだ!」
「ちょ、大臣!? 王女様になんてことを……!」
私が止める間もなく、ルミナ様は嬉々として椅子によじ登り、大臣の横でペンを走らせ始めた。 二人の間に流れる空気は、もはや「王族と臣下」でも「大人と子供」でもない。 未知の解明に挑む、対等な「研究者同士」の熱気だった。
「……あー、そこ! その魔道具の数値、もっと詳しく!」
「ん、分かった。……ねえ、これやっぱり『Healing(癒)』とか『Restoration(復)』みたいな回復系の特徴だけでなくて、何か別の変数が一つか二つはあるよ。ここを知りたくて来たんだよね...。」
「うっひょー! 面白い! ヒイロ君、マジで人間辞めてるね!」
キャッキャと楽しげに、しかし内容は恐ろしく高度な会話を繰り広げる天才二人。 私はその異常だが頼もしい光景を見て、ふっと肩の力を抜いた。
(……ここは、私が口を出す領域ではありませんね)
政治や外交の対応という誰でもできるような仕事は、私たちが何とかしよう。 けれど、この国の魔法の未来は、この変人大臣と、小さな天才王女が切り拓いてくれるはずだ。
「お茶とお菓子、差し入れさせておきますね」
私の言葉など耳に入っていない様子の二人に苦笑し、私は静かに研究室の扉を閉めた。 さて、俗世の雑務(外交官や貴族たちの相手)に戻るとしようか。
エルドリンとルミナは天才研究者枠です。
こういう人が光るのってアルバーヌみたいな支える実務家がいてこそだと思います。




