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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第44話「下町の夜と職人たちの酒」

大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 下町「錆びた金床亭」 / イヴェット・カンガ(モントルヴァル公国 外交官)


「うぅ……もうアカン、ウチの人生終わったわ……」


王都の下町、職人たちが集う「錆びた金床亭」。その片隅で、ウチはジョッキを抱え込んでテーブルに突っ伏していた。周りは「王子様バンザイ!」いうてお祭り騒ぎやけど、ウチの頭の上だけ土砂降りの雨が降っとる気分や。


「大げさだな。ヘルガ会長に呼び出されたんだろ? 支援してくれるって言質とったんなら、出世コースじゃないか」


向かいの席で、呆れたようにエールを煽るのはサヴァ……サヴァ・ディ・バロ。王室御用達の工房長にして、ウチの飲み友達や。


「それがアカンのや! 『支援する』いうことはやな、『成果出さんかったら承知せぇへんで』いうことやろ!?」


ウチは涙目で訴える。あの伝説の大商人、ヘルガ・シュミットハウゼン様やぞ。「金庫の金は全部使っていい」なんて言われたけど、それはつまり「失敗したら王都の運河に沈めるぞ」いう脅しにしか聞こえへん。


「あーあ、胃が痛い……。でもな、あの『顔見世』に参加できたんはサヴァのおかげや。ほんまありがとうな」


「……フン。お前が作った香炉立、あれがあったからだろ。礼を言われる筋合いはない」


サヴァはぶっきらぼうにそっぽを向くが、耳が赤い。照れ屋め。


「それにしても、今日の『祝福の儀』……どうやったん? あんた、ナムルー大臣のコネで見に行けたんやろ?」


ウチが聞くと、サヴァは周りを警戒するように声を潜めた。


「ああ。……凄かったぞ」


サヴァの目が真剣になる。


「魔力はSランク。そしてWordは……『Holy(聖)』だとさ」


「ぶふっ!!」


飲みかけたエールを吹き出しそうになった。



「はぁ!? 『Holy(聖)』て! ……おまけにSランク!? どんだけ高スペックやねん!」


ウチは目を丸くした。 Wordを持っとるだけでも数パーセントの確率やのに、それが「聖」なんていう良さそうな文字で、さらに魔力までSランクて。


「へぇ、そりゃすごいな……。奇跡の塊みたいな王子様やんか」


感心して頷いていると、ふと酔いの回った頭に嫌な予感がよぎった。


「……いや待てよ。『Holy(聖)』やろ? ウチらモントルヴァルが属する『永遠条約圏』の盟主、エテルニア大帝国様が一番食いつきそうな単語やんけ」


あそこはゴリゴリの宗教国家や。「聖」なんて言葉が出たら、放っておくわけがない。


「うわぁ……。絶対興味持つわ。また本国経由で『詳細を探れ』とか『接触しろ』とか、無理難題が降ってくる未来しか見えへん……嫌やなぁ」


胃の痛みが倍増したウチが頭を抱えていると、ドン! とテーブルに大皿が置かれた。


「ほらよ、王子様のお祝いだ!! 今日はモツの煮込みが上出来だぞ」


冒険者ギルド長のおっちゃんが、サービスだと言いながら差し入れを持ってきてくれた。


「おっちゃんありがとう!!。……街じゃ王子様の話で持ち切りなん?」


「ああ。どこもかしこも『聖なる王子』様の話だ。……だが、きな臭い話も出てるぜ」


ギルド長は声を低くして語り始めた。


「『Holy(聖)』なんてのが出ちまったら、エテルニアの連中が黙っちゃいねぇだろうな。俺ら冒険者ギルドも、西の国境付近の依頼は慎重に受けるように通達出したところだ」


「え? なんでそうなるんです?」


ウチが素朴な疑問を口にすると、ギルド長は呆れたように、しかし諭すように言った。


「決まってるだろう。もしエテルニアが仕掛けてくるなら、間違いなく『ヴァルクール公国』を使うだろうからな。あそこは『エテルナの槍』を自称する武闘派だ。きな臭くなるとしたらまずはあっちの国境だ」


ギルド長はウチの肩をバンと叩いた。


「その点、お前さんのモントルヴァルは芸術の国で平和的だからな。俺としちゃあ、そっちのルートで穏便にやり取りしてほしいもんだがね」


「あ、あはは……せやねぇ。ウチの国は平和が一番やからねぇ……」


ウチは愛想笑いを浮かべた。 (おっちゃん、言うてくれるわ。ウチの国かて宗主国の命令には逆らえん弱い立場の国なんやで……)


「まあ、ヴァルクール公国との間にはアークランド王国があるからな。何かあるときはそこで動きがあるだろうよ。いきなり王都まで攻め込まれるこたぁねぇさ」


ガハハと笑うギルド長を見て、ウチは感心した。


(下町のおっちゃんらの方が、本国の偉いさんよりよっぽど情勢見えとるわ……)


高みの見物決め込んでるお偉いさんより、現場で生きてる人間の方が、こういう危機感には敏感なんやな。


その時、カランコロンと店の扉が開いた。


「おお、ここ空いてるかい? ちょうどいいのがいるね」


入ってきた人物を見て、ウチとサヴァは同時に直立不動になった。


「だ、大臣閣下!?」


「母さん!?」


ナムルー・ディ・バロ工業大臣。エヴェリン王国の重鎮中の重鎮が、作業着みたいなラフな格好で現れたんや。


「固い固い。飲もうって約束してたろ? ここでいいさ」


ナムルー大臣は椅子を持ってくると、ウチらのテーブルに自然に合流した。


「い、いやでも、今日は特にお忙しいのでは……?」


ウチが恐縮して聞くと、大臣はニヤリと不敵に笑った。


「忙しくなるのは明日からだ。さっき円卓の間で、うちの方針が決まってな。『堂々たる公開と、徹底的な防衛』だ」


「公開と、防衛……?」


「ああ。コソコソ隠しても無駄だってことさ。さっき国内の有力貴族に堂々と情報公開していいぞって通達を出したところだ」


大臣はエールを注文し、一気に半分ほど飲み干した。


「明日以降は、お前さんたちみたいな外交官や商人相手に、貴族たちが上から目線で情報を売りに来るだろうよ」


大臣は鼻を鳴らした。


「『貴重な情報を教えてやるから感謝しろ』ってな。どこの貴族も高値で同じ情報をばらまくんだろうさ。……特に、外国の人間はアークランド王国の3人以外は参加してなかったからな。その情報は高く売れるぜ」


「え? アークランドの3人て?」


ウチが聞き返すと、大臣は呆れたように、けれど楽しげに指を折って数えた。


「女王クラリッサ、第一王女アレクサンドラ、それに騎士団長ヴィヴィアナだよ。知らなかったのか? クラリッサ女王はアウローラ様のいとこだからな。今頃、親族水入らずで晩餐会してる頃だろうよ」


「へぇそうなんですか……」


想像しただけでげんなりする光景や。アークランド王家といえばバリバリの武闘派で有名やないか。そんな特権階級だけの晩餐会、ウチみたいな小市民は考えただけで胃に穴が開くわ。


「だから、今のうちに飲んでおくのさ。……それに、イヴェット」


急に名前を呼ばれ、ウチは背筋を伸ばした。


「もしモントルヴァル本国から、何か外交的に重要な話があったら、遠慮なくあたしに言ってきな。大臣はもちろん、女王陛下にも直接話を通すルートを作ってやる。……お前さんの国とは、仲良くやっていきたいからね」


「えっ……!?」


それは、一介の外交官にはあり得ないほどの「特権」やった。直通のホットライン。外交官冥利に尽きる申し出や。


「あ、ありがとうございます……! ほんまに、助かります!」


ウチは深々と頭を下げた。この大臣、豪快やけど情に厚い。ほんまええ人や。


「それにしても、あの香炉立は良かった。あれはサヴァと一緒に作ったんだって?」


「は、はい! サヴァが重心の設計をしてくれて、ウチが彫金を……」


「お前が素材の配合をこだわったから、俺も引けなくなったんだよ」


そこからは、職人同士の技術談義に花が咲いた。大臣相手やのに、モノづくりの話になるとウチも口が止まらんようになる。


夜が更けていく中、ウチはふと思い出して言った。


「そういえば、ヘルガ会長に物資の支援してもらえることになったんです。今度また良いもの一緒に作りたいですね。なにかモントルヴァルの素材でほしいものとかあります?」


「ほう?」


ナムルー大臣の目が光った。


「そうか、そのラインは大事だな……」


大臣は顎をさすり、少し考え込んでから言った。


「イヴェット。今度ヘルガ婆さんと会える場を作ってくれや。物資の手配を頼むかもしれん」


「えっ」


ウチの動きが止まる。ヘルガ婆さん……って、あの怖い会長のことか?


「……ま、またあの婆さんとこ行かなあかんのですか?」


「なんだ、嫌なのかい? 支援してもらってんだろ?」


「い、いえ! 嫌ちゃいます! 光栄です!」


(めっちゃ怖いねんもん! 胃に穴空くわ!)


心の中で叫びつつも、大臣の頼みや。断れるわけがない。


「わ、分かりました! 任しといてください!」


「よし、頼んだよ」


大臣は満足そうに頷き、残りの酒を飲み干して席を立った。

店を出た後、ウチは千鳥足で夜道を歩いていた。酔いが回って、世界がふわふわしとる。


「……あかん」


ふと、立ち止まる。


「いかん、飲んで酔っとるから話忘れるわ。あの婆さん夜遅くても大丈夫な人っぽいし……」


ウチは自分の頬を両手でパン! と叩いた。


「忘れんうちに、ナムルー大臣からの話伝えとこ! 善は急げや!」


酔っ払いの謎の行動力に火が付いた。ウチは方向転換し、シュミットハウゼン商会のエヴェリン支部へと走り出した。


数分後。支部の頑丈な扉の前に立ち、ウチは真剣な顔つきを作る。絶対に忘れたらアカン。これは国益にかかわる大事な伝言や。


ドンドン!


ウチは扉を強めに叩いた。


「遅くにごめんな! ヘルガ会長おるか!? ウチや、イヴェットや!」


深夜の静寂を破るウチの声が響く。


「…………」


一瞬の静寂。そして、奥から慌ただしい足音が近づいてくる気配がした。


その音を聞いた瞬間。


サーッ……と、頭の先から冷や水のようなものが降り注ぎ、一気に酔いが覚めた。


(……あれ? 待てよ)


ウチは自分の手を見つめる。今、叩いた扉。そして今の時間。


(……ウチ、今、何した?)


相手は、あのアポ取るだけでも大変で、相当な準備して話をもっていかんと相手にされんと言われとる伝説の大商人、ヘルガ・シュミットハウゼンやぞ? それを、夜中に、アポなしで、しかも酒臭い息を吐きながら扉ドンドン叩いて呼び出した?


(……死ぬんちゃうか?)


「大変お待たせしました」という支部長の声とともに、鍵の外れる音がガチャリと響く。


「ひっ……!」


ウチはその場から逃げ出したい衝動に駆られたが、もう遅い。 重厚な扉が、ゆっくりと開き始めた。

例えるなら、昨年のM-1の結晶ネタで話題になった、世界に誇る自動車会社の会長に夜中に酔って突撃かましてるようなもんですよね。そりゃ酔いも覚めるわ笑


異世界転生ものでチートというWordがよく出てきますが、天才がチートと呼ばれるようになるのは、その世界の概念や定石を凌駕するような能力を発揮できた時だと思います。

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