第43話「親戚との食事会」
大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮小ホール / ヒイロ=エヴェリン
儀式の熱狂が冷めやらぬ中、日が沈み始めた王宮の小ホール。 そこには、公務の顔を解いた、親族だけの温かな空気が流れていた。
「エヴェリンとアークランドの絆、そしてヒイロの誕生に!」
アークランド女王、クラリッサ叔母上の豪快な声と共に、グラスが掲げられる。 今夜は公式な晩餐会ではない。アークランド王家とエヴェリン王家、血縁者だけで囲む私的な祝いの席だ。
俺はナムルー大臣特製のベビーチェアに座らされている。 背もたれが起き上がり、ふかふかのクッションに包まれた特等席だ。 まだ離乳食も始まっていない俺は、ミルクを飲んだ後、大人たちの会話をBGMにまったりと過ごしている。
子供たちのテーブルに視線を向けると、そこには微笑ましくもぎこちない光景があった。
「ねえねえ、筋肉触らせて!」
末っ子のヴァレリア(7歳)が、アークランドの第一王女アレクサンドラ(15歳)の腕にしがみついている。
「え、あ、はい。……硬いですが」
アレクサンドラはカチコチに緊張している。 15歳といえば、前世で言う高校1年生くらいか。対するヴァレリアは小学1年生。
「アークランドの剣術って、やっぱり体幹が違うの? 重心移動について教えてよ」
次女のルミナ(10歳)が、目を輝かせてマニアックな質問を投げかける。
「ええと……それは……」
「二人とも、アレクサンドラ様が困ってしまうでしょう? お食事を楽しみましょうね」
長女のクラリス(12歳)が、大人びた態度で場をまとめる。
(……高校生くらいが、一番小学生の扱いが難しいよなぁ)
俺は心の中で苦笑する。 大人として接するわけでもなく、かといって同年代として遊べるわけでもない。 体育会系の真面目なアレクサンドラにとって、個性豊かなエヴェリン4姉妹の相手は、剣の稽古より難題かもしれない。
大人たちのテーブルでは、今日の儀式の結果について話が進んでいた。
「正直、『Holy(聖)』は想定外だったわね」
母上が、リラックスした様子ながらも真剣な声で言う。
「うむ。これでエテルニア大帝国の危険度が跳ね上がったな」
クラリッサ叔母上がワインを一口飲み、鋭い眼光を見せた。
「あの国にとって『Holy(聖)』という言葉は、自国のみが独占すべき権威の源泉だ。他国の、それも男児がそれを持って生まれたとなれば、放ってはおかん」
「……彼らはどう出てくるでしょうか?」
父上が尋ねる。
「友好的に来るなら、芸術の国『モントルヴァル公国』などを通じて、文化や宗教交流といった搦め手から入ってくるだろう。だが、敵対的に仕掛けてくるなら……」
クラリッサ叔母上は一度言葉を切り、断言した。
「間違いなく、『ヴァルクール公国』を使ってくる」
「ヴァルクール……。確か、国境に位置する国でしたね」
「ああ。『エテルナの槍』を自称する尚武の国だ。ドラコニアとアークランドに接している、永遠条約圏の玄関口でもある。……この辺りは、ヴィヴィアナの方が詳しいだろう」
話を振られ、俺の背後で警護を兼ねて控えていたヴィヴィアナ・ド・ランサが進み出た。
「では、僭越ながら」
75歳とは思えぬ矍鑠とした声で、老騎士が解説を始める。
「ヴァルクールの現女王は穏健派じゃが、高齢で体が弱っておる。そのため、徐々に次期女王への権力移譲が進んでおるのじゃが……その次期女王、グウェンドリン・ザ・ヴァルクールが厄介でな」
ヴィヴィアナは眉をひそめた。
「彼女は武力強硬派の筆頭。ドラコニアとの開戦を望んでいる危険人物じゃ。少々猪武者のきらいはあるが、個人の武勇は凄まじい」
「……好戦的な女王か。面倒ですね」
父上が顔をしかめる。だが、ヴィヴィアナは首を横に振った。
「グウェンドリンだけなら、対処のしようはある。真に警戒すべきは、現国王の妹……グウェンドリンの叔母にあたる、ヒルダ・ザ・ヴァルクールじゃ」
「ヒルダ?」
「うむ。騎士団の顧問を務める老人じゃが……彼女は稀代の軍略家じゃよ」
ヴィヴィアナの声のトーンが落ちる。それは、同業者に対する強い警戒の色だった。
「ヒルダは元々は文武両道の騎士で、姉である国王の信頼も厚くグウェンドリンの守役もしておった女じゃが、戦場で大怪我を負って騎士の職を退いたのじゃ。しかしその優秀さゆえに騎士団の顧問として軍事にかかわっておる。ヒルダは冷静沈着な落ち着いた女に見えるが、その本質はグウェンドリン以上に戦いたくて仕方ない、危険極まりない軍師じゃ。おまけに平時から戦時の準備することの大切さもよく知っておる。グウェンドリンがヒルダに戦略を任せたら、恐ろしいことになるじゃろう」
ヴィヴィアナは、ヒルダが行った軍制改革について語り始めた。
「彼女は長い時間をかけて、騎士団の訓練に『座学』を取り入れた。公国の騎士団全員に、戦術理解を求めたのじゃ」
「座学、ですか?」
「そうじゃ。ただ突撃するのではなく、各小隊・中隊レベルで『戦略目標』を理解し、現場判断で戦術を実行できるようにした。……これにより、軍としての柔軟性と危険度が跳ね上がった」
さらに、とヴィヴィアナは続ける。
「最近はドラコニアの砂漠対策として、『ラクダ部隊』の創設も行ったと聞く。砂漠でも補給を切らさないための手段じゃな」
俺は、その話を聞いて背筋が凍る思いがした。
(……おいおい、マジか)
中世レベルの軍隊だと思っていたら、「近代的な用兵思想(士官教育の重要性と下士官への権限委譲)」を実践して、「ロジスティクス(兵站)の概念」を理解している軍師がいる?
(それは中世レベルだとやべぇチートだろ。魔法よりよっぽど怖いぞ)
個人の武勇に頼りがちに思われたこの世界で、組織力と兵站を重視する軍隊。 それが敵に回るという意味を理解し、俺は戦慄した。
すると、子供たちのテーブルから声が上がった。
「……侵攻をこちらが受けるとしたら、敵の補給が切れないのは面倒ですね。持久戦に持ち込まれると厄介です」
アレクサンドラだ。彼女もまた、真剣な表情で大人たちの話を聞いていたらしい。
「ええ。でも幸い、アークランドやエヴェリンの領土であれば、地の利はこちらにありますわ」
クラリスが即座に応じる。
「平原や整備された街道なら、ラクダよりも我々の騎馬の方が機動力があるので対処できるでしょうが……山間部や荒れ地に誘い込まれないようにしないといけませんね」
「補給線を魔法で叩くのも手だね。地形を変えて泥沼にしちゃえば、ラクダも足を取られるんじゃない?」
ルミナも会話に入ってくる。セラフィナは無言で頷きながら、何かをメモしている。 末っ子のヴァレリアだけは、満腹になったのかテーブルに突っ伏して爆睡していた。
(……頼もしいな)
俺は心の中で感心した。 まだ10代の少女たちが、脅威を正しく認識し、即座に対策を議論している。 この国の次世代幹部候補たちは、俺が思っていた以上に優秀だ。
「さすがは『光の同盟』の未来を担う者たちだ」
クラリッサ叔母上が満足げに笑い、グラスを置いた。
「もしエテルニアが敵対的な行動をとるなら、地理的にも戦力的にも、絶対にヴァルクールを使ってくる。……ヒルダの知略と、グウェンドリンの武勇。警戒するに越したことはない」
「そうね。その辺りに警戒網を張るべきね」
母上と、後ろに控えていたライラ騎士団長が力強く頷く。
和やかな晩餐会の裏で共有された、現実的な脅威。 だが、それを恐れるだけでなく、正しく分析し、立ち向かおうとする家族たちの姿に、俺は大きな安心感を覚えていた。
(これなら、やれる)
俺は小さくあくびを噛み殺しながら、遠く見えぬ「軍師ヒルダ」という強敵に思いを馳せ、気を引き締めた。
『近代用兵思想』や『ロジスティクス』のような『概念』は組織が大きくなるほど重要だと思います。本当にこういう概念は知っているか、学んでいるかどうかで結果が決まるくらい重要です。例えるなら、囲碁やオセロの定石を知らない人に対しては、定石を知ってるだけで勝利を得やすいですし、定石を外した時の咎め方を学んでいれば、普通の相手ならまず負けることはありません。
異世界転生ものでチートというWordがよく出てきますが、天才がチートと呼ばれるようになるのは、その世界の概念や定石を凌駕するような能力を発揮できた時だと思います。




