第42話「祝福の儀の後~対策会議~」
大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 円卓の間 / ヒイロ=エヴェリン
万雷の拍手と、地響きのような歓声。 大神殿を揺るがす熱狂の渦から逃れるように、俺たちは王宮の最深部へと移動した。
重厚な黒檀の扉が閉ざされ、喧騒が遮断される。 ここは「円卓の間」。エヴェリン王国の最高意思決定機関だ。
「……ふぅ。ひとまずは、終わりましたね」
母上――アウローラ女王が、ほっとしたように息をつきながら歩く。 その隣では、父上と祖母上、そして侍女長のエラーラさんが、俺を覗き込んでいる。
「ヒイロ、疲れただろう? よく頑張ったね」
父上が俺を受け取り、部屋の隅に用意されていた特注のベビーベッドへと寝かせる。 ナムルー大臣が「魂を込めた」と豪語していただけあって、寝心地は最高級ホテルのスイートルーム並みだ。
俺は小さくあくびをして見せ、狸寝入りモードへと移行する。 だが、耳はダンボだ。 これから始まるのは、株式会社エヴェリン王国の「緊急経営戦略会議」。 新製品(俺)のスペックが公開された直後の、情勢変化と対策を話し合う重要な場だ。寝ている場合ではない。
少しして、重厚な扉が再び開き、大臣たちが続々と入室してきた。 宰相のリリア、外務大臣のミラナ、商業大臣のルシラ、工業大臣のナムルー、魔法大臣のエルドリンと副大臣のアルバーヌ、そして騎士団長のライラと副団長のセラ、神官長のテレジア。 国のトップたちが全員集合だ。
全員が席に着くのを待ち、口火を切ったのはリリア叔母上だった。
「……とんでもないWordです」
叔母上の声は、いつになく重かった。
「Sランクの魔力に、『Holy(聖)』のWord。……正直に言います。我々が事前にシミュレーションしていた想定の中で、もっとも影響力が大きく、もっとも対応が困難な結果が出ました」
隣に座る外務大臣のミラナが、扇子で顔を仰ぎながら、遠い目をして同意する。
「ええ……。本当に、頭が痛くなりますわ。国内のどこぞの有力貴族の家に婿入りさせて、穏便に血を残してもらう……なんて考えていた頃が、平和な夢のようですわね」
彼女の視線は、すでにこの部屋の壁を越え、国境の向こう側を見ているようだった。
「これから国外からの問い合わせが殺到……いえ、集中攻撃に等しい状況が始まりますわ」
そう言い終えると同時に、その猛攻の矢面に立つのが自分であることを再認識したのか、ミラナは扇子を下ろして深く、重たいため息をついた。
(……集中攻撃か。穏やかじゃないな)
俺は心の中で苦笑する。 やはり『Holy(聖)』というカードは、外交上では劇薬らしい。
「経済面の影響も、もはや測定不能ですわ!」
対照的に、興奮した声を上げたのは商業大臣のルシラだ。
「王子に一目会いたいとやってくる巡礼者や観光客で、王都の宿はパンク状態が続くでしょうし……信仰心の篤い商人や貴族たちが、何を献上してくるかもわかりませんわ。『聖なる王子』への寄付金だけで、城がもう一つ建つかもしれません」
「景気のいい話だが、物騒な話でもあるねぇ」
工業大臣のナムルーが、太い腕を組んで唸った。
「あたしも、何か特別な力を持っててほしいとは願っていたがね……。鍛冶屋に『良い剣を頼むよ』って注文したら、神話に出てくるような『神剣』を渡されたような気分だよ。取扱注意なんてレベルじゃないね」
(神剣か。言い得て妙だ。切れ味は凄いが、持ち手を選ぶし、下手に振れば自分も切る)
「軍事面での警戒レベルについてですが」
騎士団長のライラが、緊張した面持ちで発言した。
「Wordの存在もそうですが、Sランクの魔力も注目すべき点ですね……。魔力の高い男性はとにかく貴重な存在ですので、それゆえに狙われるリスクも跳ね上がります。騎士団を『警戒態勢』へと移行すべきでしょうか?」
ライラの発言に、隣の副団長セラが首を横に振った。
「いや、騎士団全体を警戒態勢まではしなくていい。いきなりそこまでやったら、逆に他国を刺激しちまう。『エヴェリンが戦闘態勢に入った』ってな」
セラは鋭い眼光で円卓を見渡した。
「その代わり、ヒイロ様の護衛には、信頼できる騎士を24時間体制で絶対につけるべきだ。……アタシみたいな裏の事情に通じた奴とかも含めてな」
「ええ、セラさんは必須でしょうね」
ライラが同意し、そして表情を厳しくした。
「これまでは、物理的な仕掛けや誘拐を企ててくるなら、武力重視のドラコニア帝国だと思っていました。ですが……」
「『Holy(聖)』なんてWordが出た以上、最も警戒すべきは西のエテルニア大帝国だね」
魔法大臣のエルドリンが、ひらひらと手を振りながら深刻そうに言葉を継いだ。
「あの国は宗教国家だからねえ。『聖』なんて言葉、彼らの教義のど真ん中だよ。『神の愛し子は我らが保護すべきだ』とか言い出して、聖戦を吹っ掛けてくるかもしれない。……あの狂信者どもは、何をしでかすか分からないよ」
(……エテルニアか。宗教的理由で動く相手は、損得勘定が通じないから厄介だ。ビジネスでも一番相手にしたくないタイプだな。特にお互いの教義が相反する宗教同士の衝突とか絶対に関わり合いになりたくない)
「隠蔽は……無理ですね」
リリア叔母上が、確認するように呟いた。
「もうすでに、参列した貴族たちから話が広がり始めているでしょう。箝口令を敷いたところで、人の口に戸は立てられません」
「ええ、無理よ。絶対に無理」
ミラナが自虐的に笑い、また遠い目をした。
「ただ広がるだけじゃないわ。尾ひれがたっぷりついて、胸びれに背びれまでついた『伝説』になって広まるでしょうね。『王子が歩いた跡には花が咲いた』とか、『後光が差していた』とか……。大きすぎる魚の鰭って、さばくのが大変なのよね……」
(胸ひれに背びれ……。まあ、ブランドイメージとしては高評価されたりあれこれプラスのうわさがついたりするのは悪くないが、期待値調整が大変そうだ)
そこで、母上――アウローラ女王が静かに口を開いた。
「一番大変なのは、外交の矢面に立つミラナと、窓口になりやすいルシラでしょうね。……ですが、おそらくここにいる全員が、かつてないほど忙しくなるわ」
母上の声に、全員が居住まいを正す。
「隠蔽が不可能である以上、方針は一つ。『堂々たる公開と、徹底的な防衛』よ。コソコソ隠せば、逆に『弱み』や『後ろめたいこと』があると思われる。ならば、エヴェリンの至宝として堂々と掲げ、手出しすれば国を挙げて報復するという姿勢を見せるべきだわ」
母上はテキパキと指示を飛ばした。
「エルドリン、アルバーヌ。魔法省の総力を挙げて、ヒイロの『Holy(聖)』の詳細な能力確認と、その膨大な魔力量を活かして身を守れる魔道具の手配を進めてちょうだい」
「了解だよ~! 研究しがいがあるね!」
「承知いたしました。……大臣が全力でヒイロ様の件に集中できるようにします」
「テレジア。神殿の方でも影響が大きいと思うわ。『Holy(聖)』の宗教的な意味の研究協力と、信徒たちへの影響把握、そして混乱が起きないような対策検討をお願いね」
「承知しました。……この命に代えましても。神殿の総力を挙げて『聖なる御子』をお守りし、その輝きを正しく導くことを誓います」
「リリア、来月の国外向けのお披露目パーティは、予定通り開催したいです。ただし、それまでに各国の反応……特にエテルニアとドラコニアの動きについて、できる限りの情報を集めてちょうだい」
「承知しました。……胃薬を多めに用意しておきます」
次々と決まっていくタスクと担当者。 鮮やかな采配だ。さすがは一国の女王、優秀なCEOだ。
俺はベッドの中で、それぞれの話に内心で合いの手を入れながら聞いていた。 自分の身に起きたことの重大さに戦慄しつつも、同時に、優秀な大人たちが全力でサポートしてくれる状況に、少しずつ面白さを感じ始めていた。
(……Sランクの魔力に、聖なるWord。最強の騎士に匹敵するパワーと、宗教的カリスマ性か)
悪くない。いや、最高の手札だ。 だが、ここで俺はハタと気づいた。
(……で、これ、どうやって使うんだ?)
前世の記憶はある。ビジネスや歴史など様々な知識もある。 だが、「魔法の使い方」なんて、義務教育や大学教育はもちろん、カルチャースクールまで通っていても習っていない分野だ。
『Holy(聖)』って念じたらビームが出るのか? それとも回復魔法なのか? Sランクの魔力って、どうやって出力するんだ? 魔力は目を閉じれば感じられるのか?
(スペックが高いのは分かった。だが、マニュアルがないぞ!!)
これじゃあ、最新鋭のスーパーコンピューターを渡された原始人だ。 あるいは、操縦方法を知らない宇宙船のコックピットに乗せられたようなもの。
(誰か! チュートリアルをしてくれ! あるいはWikiか攻略サイト! できれば『Hey、魔法の使い方を教えて』って言ったら答えてくれるAIをくれ~!!)
俺は声にならない叫びを上げながら、虚空に手を伸ばした。
「あーうー!(マニュアルをよこせ!)」
大人たちは、俺が元気よく手を伸ばしたのを見て、「あら、ヒイロもやる気のようね」と微笑ましく笑っている。
違う、そうじゃない。
だが、俺の本当の戦いは、ここからが本番のようだ。
物事の習得には段階があると思います。
最新のスマホですと言われても、マニュアルがないと、どこに設定画面があるかすら分からないかもしれませんし、あったとしても前知識がある事が前提の書かれ方をしていると、フリック?スワイプ?プル・ツー・リフレッシュは何者だ?みたいなことになりますよね。




