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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、いつの間にか英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第41話「祝福の儀~老騎士の炎~」

大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 大神殿 / ヴィヴィアナ・ド・ランサ_アークランド王国 騎士団長)


石造りの回廊に、カツ、カツと私の靴音が規則正しく響く。 その音は、重厚なパイプオルガンの音色に混じり、高い天井へと吸い込まれていく。


私は足を止め、遥か頭上に広がるステンドグラスと、それを支える太い石柱を見上げた。 75歳になった私でもこの伝統ある神殿に入るのは初めてだ。私はその壮麗な空間を値踏みした。


「……ふむ」


これが、世界最古の神殿と言われるエヴェリンの大神殿か。 あの伝説に謳われるヴァリス王国最後の王子ルミエルとエヴェリン王国の女王リュミナの結婚式もこの大神殿で執り行われたと聞く。アークランドの無骨な石造りの砦とは違い、細部にまで意匠が凝らされている。 長い年月を経てなお、崩れることなく、むしろ歴史の重みを増してそこに在る。


「立派なもんだ。……これだけの建造物を維持するだけでも、この国の国力が知れようというもの」


単なる祈りの場としてだけでなく、有事の際には数千の民を収容できる堅牢なシェルターとしても機能しそうだ。 職業柄、どうしても建物を「防衛拠点」として見てしまうのは、長年戦場に身を置いてきた私の悪い癖かもしれんのう。


「ヴィヴィアナ、参ろうか」


隣を歩くクラリッサ女王陛下が、緊張した面持ちで声をかけてくる。 彼女のお腹には、七人目となる子が宿っている。母としての慈愛と、一国の主としての威厳。 その後ろには、第一王女のアレクサンドラが、借りてきた猫のように背筋を伸ばして歩いている。


私たちは最前列の席へと通された。 周囲を見渡せば、エヴェリン王国の重鎮たちがずらりと並んでいる。 誰もが固唾を飲んで、祭壇を見つめている。 その張り詰めた空気は、開戦直前の戦場のそれに近かった。


やがて、アウローラ女王が入場してきた。 その腕には、豪奢な産着に包まれた、今日の主役――第一王子ヒイロ様が抱かれている。


「……」


遠目に見ても、肝が据わった赤子だ。 あまたの視線に晒され、パイプオルガンが鳴り響く中でも、泣きもせず、キョロキョロと物珍しそうに周囲を観察しておる。あの瞳には、赤子特有の曇りがない。 まるで、戦場を見渡す指揮官のような冷静さがある。


エヴェリン王家の血筋。 そして何より、私のような武骨者にまで優しく接してくださった、あの亡き王配殿下と同じ血筋じゃ。 あの方の甥孫ていえいにあたるこの赤子に、あの方の面影を探してしまうのは、老人の感傷か。


「これより、第一王子ヒイロ=エヴェリンの『祝福の儀』を執り行います」


神官長テレジア殿の声が響き、儀式が始まった。 産着が解かれ、小さな体が聖水へと浸される。


さて、お手並み拝見といこうか。


カッ!!


瞬間、私の老いた目が眩むほどの光が噴き上がった。


「おおっ……!」


会場がどよめく。 祭壇から天井へ、太い光の柱が突き抜けたのだ。 天井の反射鏡が白く染まり、神殿内が真昼のように照らし出される。


「間違いありません。Sランク……『膨大』な魔力量です」


神官長の声が響く。 Sランク。 私の脳裏に、昨日手合わせをしたカイネ・スティールウィンドの重い一撃や、これから化けるであろうライラ・ウルフスベインの鋭い剣閃がよぎる。 人の身に余るほどの魔力。それだけで、個の戦力としては一騎当千の資質がある。


(とはいえ、王子なら前線に出てくることはないじゃろうがの)


王族の特に男児の役割は、戦うことではなく、種を残すこと。 だが騎士として考えれば、これほどの魔力があれば、鍛えれば強くなるとどうしても思ってしまうものよ...。


だが、私の直感が告げていた。 本番は、これからじゃと。


光が収束し、水面が波打つ。 魂に刻まれた「Word(存在の言葉)」。 それが、鏡に映し出される。


文字が、浮かび上がった。


『 Holy 』


天井の巨大な鏡に、ヒイロ王子のWordが焼き付けられる。

その瞬間。 会場の空気が、臨界点を超えた。


静寂ではない。 例えるならば、突撃してくる敵軍に槍を向けて歯を食いしばって待っているような。爆発前の静かな熱狂。


隣を見れば、クラリッサ陛下が獲物を見つけた猛獣のように瞳をぎらつかせている。 周囲のエヴェリン貴族たちも、祈るように手を組むもの、涙するもの、笑みをたたえている者、あらゆる感情が渦巻いておるのが見て取れる。


Holy。聖。 神聖なる王子。


だが、私は一人、背筋を伸ばしたまま冷静にその文字を見つめ、背筋に冷たいものが走るのを感じていた。


(……『Holy(聖)』か。よりにもよって、一番厄介なものを引いたものじゃ)


これは、単なる吉報ではない。 神の雫が緊張に満たされた世界という盆に入った瞬間じゃ。


まず、西の「エテルニア大帝国」。 「永遠条約圏」の盟主であり、唯一神を崇めるエテルナ教を国教として、他の宗教を認めぬ絶対的な宗教国家。 彼らにとって「聖」とは、教義の根幹であり、自国のみが独占すべき権威の象徴じゃ。


異国の、それも男児が、生まれながらにして『Holy(聖)』を刻まれてきたとなれば、彼らはどう動くか。 「神の奇跡」として崇め、自陣営に取り込もうとするか。 あるいは、自国の権威を脅かす「異端の悪魔」として、抹殺にかかるか。 いずれにせよ、これ以上ないほど彼らを刺激することになる。


そして、北の「ドラコニア帝国」。 「炎盟」の覇者。力こそ正義とする彼らにとっても、Sランクの魔力と「聖」という希少性は、垂涎の的じゃろう。 あの好戦的な女帝や、野心溢れる王女たちが、この極上の獲物を見逃すはずがない。


(「炎盟」と「永遠条約圏」の二大勢力の対立は、限界点が近づいてきている)


小競り合いは日常茶飯事。いつ全面戦争になってもおかしくない火薬庫のような状態じゃ。 そんな中に、「ヒイロ=エヴェリン」という特異点が現れた。 ヒイロの存在が、均衡を崩す最後の一押しにならなければよいが……。


エヴェリン王国は、世界中から注目される台風の目となる。 言葉や交渉だけでは、もう国を守り切れんかもしれん。「力」が必要になる。 理不尽な暴力をねじ伏せ、愛する者を守り抜くための、圧倒的な武力が。


そう考えた時じゃった。


ドクン。


私の胸の奥で、久しく忘れていた熱いものが跳ねた。


(……ふっ)


自然と、口元が緩むのが分かった。 私は75歳。引退を考え、後進に道を譲るべき老骨じゃと自分に言い聞かせてきた。 だがどうしたことか。 世界中を敵に回すかもしれない危機的状況を前にして、恐怖よりも先に、歓喜にも似た高揚感が湧き上がってくるではないか。


(血が騒ぐわい)


どれだけ年をとっても、この身に宿る武人の魂は枯れておらんかったようじゃ。 消えることのない胸の炎が、今、再び燃え滾り始めておる。


もし、どちらかがこの幼き光を奪おうと攻め寄せてくるなら。 その時は、この老骨、死ぬ前にもう一花、懐かしき本当の戦場で槍を振るう機会が巡ってくるかもしれんのう。


祭壇の上で、ヒイロ様が掲げられた。


「……『Holy(聖)』。……神の愛し子たる証です」


神官長の宣言と共に、爆発的な歓声が上がる。


その熱狂の中で、ヒイロ様はこちらを見て、不敵に笑ったように見えた。 「あーうー」と何かを言っている。 私には、それが「上等だ、かかってこい」と言っているように聞こえた。


面白い。 その意気じゃ、ヒイロ王子。


私は満足げな笑みを噛み殺し、深く頷いてみせた。


(安心せい。 アークランドはおぬしの味方じゃ)


ふと、子供のころから良く聞かされて育った人気の、今でも人気のある昔話を思い出す。かつて、大陸歴2600年にヴァリス王国がドラコニアに攻め滅ぼされたとき、アークランドの老騎士たちとその従騎士がたった7人で陥落する王都からルミエル王子を助け出し、迫りくるドラコニアやアスラの大軍から守り抜きエヴェリン王国まで王子を逃がしきった物語だ。


あの物語に登場する騎士たちは、幼き日の私の憧れであり、騎士としての原点だった。 彼らが命を賭して守り抜いたルミエル王子の血脈が、およそ200年の時を超え、今、目の前で新たな「奇跡」となって結実している。


(歴史は巡る、か……)


かつて彼らが守り抜いたのが「王国の希望」だったとするならば、今、そこにいるのは彼らが守った「希望の未来」だ。 ならば、老骨に鞭打つ理由としては十分すぎるだろう。


エテルニアの狂信者どもからも、あるいはドラコニアの蛮族どもからも、アークランドの騎士の誇りにかけて王子には傷一つ付けさせはしない。


私は皺の刻まれた手で、剣の柄を確かめるように拳を固めた。


聖なる光に包まれた赤子を見つめながら、私はかつての英雄たちに並ぶ覚悟を、静かに、けれど熱く胸に刻み込んだ。

『老兵は死なず、単に消え去るのみ』も良いですが、島津義弘や黄忠のような『老いてなお盛ん』な老将が好きです。

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