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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、国をガチ経営していたら英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第37話「伝説の商人が認めた女」

大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール シュミットハウゼン商会支店 / ヘルガ・シュミットハウゼン


深夜の王都は静寂に包まれているが、シュミットハウゼン商会の応接室だけは、熱気と高価な香木の香りが充満していた。


「……ありがとうございます、ヘルガ会長。無理を聞いていただき、感謝いたします」


目の前で深々と頭を下げるのは、エヴェリン王国のとある伯爵だ。 伯爵家と言えばそれなりの大身だが、その目は必死だった。 彼は遅い時間にもかかわらず私に面会を求め、当商会が扱うモントルヴァル産の最高級金細工の品を、言い値で契約していったのだ。


「いい買い物だよ、伯爵。ウチの職人が魂込めた一級品だ」


私は契約書をたたみながら、ふと疑問を口にした。


「しかし、なぜ今なんだい? モントルヴァルの工芸品は以前から扱っていたが、これほど熱心に求められることは珍しい」


伯爵は顔を上げ、声を潜めるようにして言った。


「……ここだけの話ですがね、会長。先日行われた王子の『顔見世』……私も末席に参加していたのですが、そこで貴国の外交官が献上した品を、間近で見る機会があったのです」


「ほう?」


「『黄金の香炉立』……。あの輝き、あの技術。あの気難しいナムルー工業大臣ですら手放しで絶賛するほどの逸品でした。あれを見て、やはりモントルヴァルの品を応接室に置きたい、置かねばならんと思った次第でして、会長が素晴らしい品々をもってこちらにおいでになったと聞いて無理を承知でお願いに来た次第です」


伯爵は興奮気味に語り、満足そうに帰っていった。 扉が閉まると、私は深くソファに沈み込み、昼間の出来事を反芻した。


今日、私はエヴェリン王国の商業大臣ルシラと会談した。 彼女はふっくらとした人当たりの良い顔で、鋭いことを言っていた。


『貴国の外交官は素晴らしいですわね。我が国の外交官も、全員彼女を見習わせたいくらいです』


ルシラ大臣は扇子で口元を隠しながら、目を細めて言ったのだ。


『彼女は我が国の流通事情から、今後起こりうる素材不足の懸念まで正確に把握されていて……商業大臣として背筋が凍る思いでしたわ。あれだけの正確な情報源があれば、さぞよい商売ができていることでしょうねぇ』


私はその時、顔を引きつらせながら笑顔を作るのが精いっぱいだった。


(……耳が痛いねぇ。その「正確な情報」は、上司の馬鹿宰相が活用できずに死蔵していた上に、活動資金もろくに渡していなかったせいで、今まで全く使えていなかったんだがね……)


宰相クロードゥィーヌに見せられた報告書の山を思い出す。 あの情報は、机上の空論ではなく、現場の生きた声だったのだ。 エヴェリン王国で、これほどまでにモントルヴァルの評価が上がっている震源地は、たった一人の若き外交官、イヴェット・カンガ。


だが、解せないことがある。 国の支援が全く得られない極貧の状況で、どうやって大臣を唸らせ、貴族たちを熱狂させるほどの最高級品を用意し、正確な情報を集めたというのだ?


「……連れておいで」


私が短く命じると、控えていた部下が扉を開けた。 入ってきたのは、小柄な女性だった。 緊張で顔を強張らせ、借りてきた猫のように縮こまっている。 先日、支店長を通じて「資金は使い放題だ」「私が会いに行く」と伝えたら、泡を吹いて倒れたと聞いている。


「お、お初にお目にかかります……。外交官の、イヴェット・カンガです……」


「座りな」


私が顎で促すと、彼女は恐る恐る対面の椅子に座った。 私は値踏みするように彼女を見つめる。


「カンガ家の三女だね。金属加工品の大商会をやっている身だ、お前の母や姉たちともよく取引させてもらっているよ」


「は、はい! 実家がお世話になっております……!」


「世間話はいい。……単刀直入に聞くよ」


私は身を乗り出し、彼女の目を覗き込んだ。


「宰相から聞いたよ。お前にはほとんど活動資金が送られていなかったそうじゃないか。それなのに、どうやってエヴェリン中の貴族が噂するような、流石モントルヴァルと呼ばれる献上品を用意したんだい? ナムルーまでも唸らせるほどの品、金もコネもなしに調達できるはずがない」


私の問いに、イヴェットの目が泳いだ。 嘘をつこうか迷っている顔だ。


「私への嘘は高くつくよ」


低く告げると、彼女は観念したように肩を落とした。


「……正直に、話します」


彼女はぽつりぽつりと、語り始めた。


「まず……活動資金がありませんでしたので、このままでは餓死するかと思いまして。身分を隠して、日雇いで鍛冶ギルドや細工ギルドに潜り込んで、仕事を貰うてお金を稼いでましたんや」


「日雇い労働だと?」


「はい。そんで、稼いだ金で下町の酒場を回ってました。そしたら、親方連中やギルド長とも仲良くなりまして……幸運にも、王家御用達の工房の工房長と縁をつなげたので、頻繁に飲むようになったんです」


私は眉をひそめた。 外交官が、日雇い労働に、安酒場での情報収集? ルシラ大臣が言っていた「正確な流通情報」とは、現場の職人たちから直接仕入れた生の声だったのか。 だが、彼女の話はさらに続く。


「そんな中で、その工房長とお互いの国の技術論をぶつけ合わせるようになりまして。『どっちの技術が上か勝負や!』いう話になり、持ってた金をすべて注ぎ込んで、あの香炉立を自作しました」


「……自作だと?」


「はい。あの香炉立は、これまで私が実家のモントルヴァルで学んだ技術をつぎ込んだだけでなく、彼女もエヴェリン流の技術を教えてくれて、ええもんができました。それを入れる箱も金がなかったんで、彼女が王子のベビーベッドを作るのに使った千年杉の端材をくれたので、それを使って寄木細工で箱を作りました」


彼女は自嘲気味に笑った。


「実家にいたときは、製品は優秀な姉たちが作って、ウチは贈答用の箱とか、それに入れる象嵌とかばっかりやらされてたので……まあ、慣れたもんでしたわ」


話し終えた彼女は、「怒られるんやろな」という顔でうつむいている。

だが、 私の胸の内では、言葉にならない衝撃と感動が嵐のように吹き荒れていた。


(……なんて、優秀な女だ)


私は震える手で、自身の膝を掴んだ。


考えてもみろ、職人がいきなり外交官として遠方に左遷され、本国からの支援も途絶えた絶望的な状況。 普通なら腐って終わるか、泣き言をいって帰国するだろう。


だが、この娘はどうだ。 「金がないなら稼げばいい」と、外交官のプライドを捨てて日雇い労働者として現場に潜入したのだ。 そこで汗を流し、職人たちと同じ釜の飯を食うことで、ギルド長や親方連中という「現場の支配者」たちの懐に入り込んだ。ルシラ大臣を驚愕させた情報の出所はここか!


(どこに、金がなくて日雇い労働している外交官がいるのさ!)


それは生存本能であり、同時に冷徹な計算だ。 上辺だけの社交界ではなく、国の根幹である「現場」を押さえることの重要性を、この若さで理解している。


さらに、その環境の中でも、自らが持つ「技術」を武器にして売り込み、王家御用達の工房長という最重要人物と地道に繋がりを作った。 酒場で技術論を戦わせ、信頼を勝ち取る。並大抵の胆力ではない。


そして極めつけは、王子誕生という好機に向けて、なけなしの全財産と、自身の持つ全ての技術を注ぎ込んで、あの贈り物を「自分で」作り上げたことだ。


(その熱意を見せられちゃ、王都の工房長も手伝いたくなっちまうよなぁ……!)


端材を使った箱? 違う。それは「エヴェリンの素材」と「モントルヴァルの技術」の融合だ。 彼女は、自分の手で外交を体現してみせたのだ。 実家で冷遇され、箱作りばかりさせられていた経験すらも、この瞬間のための武器に変えた。


カンガ家の金属加工技術はモントルヴァル随一だ。 その名門で修業してきた成果を、異国の地で、極限状態で全力発揮した。 その結果が、あのナムルー大臣を唸らせ、各国の要人を驚愕させたのだ。


「……くっ、くくっ!」


こみ上げる笑いを抑えきれず、私は喉を鳴らした。


「あ、あの……ヘルガ様?」


「いいや、なんでもないよ。……痛快だ」


私は立ち上がり、呆気にとられるイヴェットの前に歩み寄ると、その小さな両手をガシッと握りしめた。 職人の手だ。荒れて、傷ついた、美しい手だ。


「よくやった、イヴェット。お前は、モントルヴァルの誇りだよ」


「えっ? は、はい?」


「その根性、そして技術。しかと見せてもらった。お前のような人材が埋もれていたとは、我が国の目は節穴だったようだね」


私は彼女の手を強く握り返した。


「安心しな。これからは、シュミットハウゼン商会が全力でお前をバックアップする。金も、物資も、必要なだけ使いなさい」


イヴェットが目を丸くして叫んだ。


「ほ、本当ですか!? ……あの手紙の話、マジやったんですか!?」


「ああ、本当さ。お前が切り開いた道だ。もっと大きな花を咲かせてみせな」


イヴェットは腰を抜かさんばかりに驚いている。 無理もない。彼女自身、自分が成し遂げたことの大きさを自覚していないのだろう。 無欲で、ただひたすらに目の前の壁を打ち破ってきた天然の傑物。


(この娘になら、任せられる)


私は確信した。 このエヴェリン王国で、モントルヴァルの存在感を示すための鍵は、この小さな「怪物」が握っているのだと。


「さあ、明日の『祝福の儀』の後も、多くの貴族や商会との商談がある。みんな『儀式』の話を手土産に持ってくるだろうさ」


私はニヤリと笑った。


「それらの情報をもとに、いよいよ大物たち……アイリスやアルーシャとの会談だ。忙しくなるよ」


イヴェットの顔が引きつり、また泡を吹いて倒れそうになっているが、それもまた愛嬌だ。 夜は更けていく。 だが私の心は、久しぶりに訪れた商機と、若き才能への期待で、朝日のように高揚していた。

イヴェットの絡む話を書いてみるかと思ったら想像以上に筆が乗りました笑

明日はイヴェット目線で書いた話を投稿します。

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