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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、国をガチ経営していたら英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第36話「次世代の騎士」

大陸歴 2791年 6月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 騎士団訓練場 / リアナ・スティールウィンド(辺境伯 カイネ・スティールウィンドの長女)


王都の夜は、私たちの領地である北方のそれとは違い、どこか湿り気を帯びた柔らかな空気に包まれていた。 与えられた豪華な客室のベッドでは、妹のフレイヤが健やかな寝息を立てている。


「……明日の『祝福の儀』、楽しみですね。ヒイロ王子、顔見世の時よりも大きくなっているでしょうか」


私が小声で話しかけると、机で書き物をしていた母上――カイネ・スティールウィンドが、眼鏡を外して優しく微笑んだ。


「そうだな。赤子の成長は早い。それに、明日はあの方の力が判明する日だ。この国の未来を占う一日になるぞ」


母上とこうして、戦術や領地経営以外の穏やかな話をするのは久しぶりかもしれない。 王都の空気が、母上の武人としての気を少しだけ緩めているのだろうか。 そう思った矢先だった。


「……静かに」


母上の瞳が、瞬時に鋭い光を帯びた。 眼鏡をかけ直し、耳を澄ませる。


「……素振りの音だな。それも、ひどく焦りのある、良くない剣だ」


母上は迷わず立ち上がると、クローゼットから簡素な訓練用の騎士服を取り出した。 その背中からは、先ほどまでの母親の雰囲気は消え失せ、北方を守る辺境伯としての覇気が立ち昇っている。


「私は少し様子を見てくる。……リアナ、お前もついてくるか?」


試すような視線。 私は迷わず頷いた。


「はい。お供します」


私も素早く着替えを済ませ、侍女に妹を任せた母上の後を追って部屋を出た。


音の正体は、客室のすぐそばにある騎士団訓練場だった。 扉の隙間から覗くと、そこには一人の女性が、鬼気迫る形相で模擬剣を振るう姿があった。 騎士団長のライラ・ウルフスベイン様だ。


ビュンッ! ビュッ! 風を切る音が、悲鳴のように響く。 私には、その剣は恐ろしく力強く、そして鋭いものに見えた。 これほど速く、重い剣を振れる騎士が、我が領地にどれほどいるだろうか。


「……悪い癖が出ているな」


けれど、母上は厳しく呟き、訓練場へと足を踏み入れた。


「……こんな時間に、精が出るな。新米団長殿」


母上の声に、ライラ様が弾かれたように動きを止め、こちらを振り返る。 そこからの展開は早かった。 ライラ様が抱える焦燥を聞き届けた母上は、自ら模擬剣を手に取り、手合わせを提案したのだ。


「……はい! お願いします!」


ライラ様の速剣が閃く。 私なら目で追うことさえ困難な一撃。 だが、母上はそれを岩のような安定感で受け止めた。


ガィン! ガガッ!


激しい剣戟の音。 火花が散るような攻防。 Sランクの魔力を持つ母上と、王国最強の騎士の一人であるライラ様。 その戦いは、私にとって雲の上の出来事だった。


(……すごい)


圧倒されると同時に、私の胸の奥に、冷たく重い鉛のような感情が沈殿していく。


私は、運動神経がそこまで良くない。 走るのも遅いし、腕力もない。魔力量だって「C(中程度)」で、母上やフレイヤのように多くない。 どんなに努力しても、あんな風に力強く、柔軟に剣を振るうことはできない。


次期当主として、私は期待されている。 けれど、私は本当に、母上の跡を継いで北方を守れるのだろうか? あんな領域に、一生かかっても到達できないのではないか?


見れば見るほど、自分の小ささが浮き彫りになり、心が苦しくなる。


その時だった。


戦っていた二人が、不意に同時に動きを止め、入り口を振り返った。 それにつられて私も入り口に視線を向ける。


そこには、月光を背に浴びて立つ、一人の老婦人が立っていた。 背筋の伸びた、小柄なお婆さん。 訓練用の騎士服を着ていなければ、上質なドレスを着て、どこかのお屋敷でお茶会でもしていそうな、優雅な老婦人に見える。


(誰だろう……?)


こんな時間に、訓練場に老婦人が?


だが、私の違和感はすぐに警戒へと変わった。 あの強気なライラ団長が、その老婦人を見た瞬間、あからさまに緊張しているのだ。 ただならぬ雰囲気。


「ほう……。鍛え上げられた騎士同士が剣を交える音は、どんな音楽よりも美しいですのう」


老婦人は楽しそうにそう言い、手近な模擬剣を拾い上げた。


「よろしければ、私も混ぜてもらっても構いませんかな?」


まさか。あんなお婆さんが?


止める間もなく、ライラ様との立ち合いが始まった。


「参ります!」


ライラ様が踏み込む。 その見えないほど鋭い突きは、老婦人の喉元を捉える――はずだった。


「ほっ」


軽い掛け声ひとつ。 次の瞬間、ライラ様の剣はいともたやすく逸らされ、 寸止めされた模擬剣が、ライラ様の喉元に触れていた。


「……え?」


何が起きたのか分からなかった。 この国でも最上位の実力者であるライラ様が、一瞬で。


その後も、まるで騎士団の師範が初心者の若手を指導するかのように、老婦人はライラ様をあしらい続けた。 速いわけではない。力が強いようにも見えない。 なのに、ライラ様の剣は一度も届かず、逆に翻弄され続けている。


私は呆然と立ち尽くしていた。 やがて、ライラ様が肩で息をしながら頭を下げた。


「……ありがとうございました」


「よい筋じゃ。もっと強くなる」


老婦人はニカっと笑い、ライラ様を労った。 この手合わせだけで、ライラ様の顔つきが変わっているのが分かった。


「次は、そちらの猛将殿かな?」


老婦人の視線が、母上に向けられる。 母上が前に出た。 母上こそ、私が知る限りこの世で一番強い人だ。 Sランクの魔力が、訓練場の空気をビリビリと震わせる。


「手加減は無用にお願いします」


母上の剛剣が唸りを上げて襲い掛かる。 普通の騎士なら、受け止めた瞬間に腕ごと吹き飛ばされる威力だ。 だが、


ガィン!!


老婦人は、それを正面から受け止めた。 一歩も引かない。 それどころか、母上の力を受け流し、鋭い切っ先を突き返してくる。


信じられない。 あのお婆さんは、母上と互角以上に渡り合っている……いや、押している!

数合のち、母上の剣が弾き飛ばされた。 切っ先が、母上の喉元でピタリと止まる。


「くっ……やはり、一本も取れませんか」


母上が頭を下げる。 私は息をすることさえ忘れていた。 母上が、戦いで負けたのを、生まれて初めて見た。


「覗き見するなら、近くに来なさい。そんな距離じゃ満足できんじゃろう?」


老婦人がふと、訓練場の二階を見上げた。


誰かいるの?


私が気づくより早く、窓枠から人影が飛び降りてきた。


スタッ。


かなりの高さがあるはずなのに、その人影は膝を柔らかく使って音もなく着地した。 平然としている。


「し、失礼しました! 剣戟の音が聞こえて、居ても立っても居られず……!」


現れたのは、私よりは数歳年上の少女だった。 背が高く、その体躯はよく鍛え上げられている。 整った顔立ちに、隠しきれない高貴な雰囲気。 そして何より、体の中から溢れ出るような、強大な魔力の気配。


老婦人はその少女を見ると、母上に向き直って言った。


「カイネ殿、もしよければこの娘と手合わせしてやってくれんか?  魔力だけは一丁前だが、使い方が粗い。貴女の剛剣から学ぶことが多いはずじゃ」


「! ぜひ!! お願いします!」


少女が目を輝かせて即答する。


母上もニヤリと笑い、剣を構え直した。


「王女殿下の稽古相手とは光栄だ」


王女殿下? アークランドの女王と王女が来ていると、母上が話していたのを思い出す。 ということは、この少女がアークランドの第一王女。 そして、この老婦人は……。


(伝説の騎士……ヴィヴィアナ・ド・ランサ……!)


物語の中の存在だと思っていた「槍の女帝」が、目の前にいる。


母上と王女の手合わせが始まった。 それを見た瞬間、私の心は完全に折れた。


速い。重い。 王女は、私とそこまで歳は離れていないはずだ。 それなのに、剣速も、魔力の密度も、身体の使い方も、私とは次元が違う。 Sランクの魔力を持つ母上を相手に、一歩も引かずに打ち合っている。


(……勝てない)


3年後、あるいは5年後。 私がどれだけ血を吐くような努力をしたとしても、今の彼女の足元にも及ばないということが、残酷なほどはっきりと分かってしまった。 才能の差。住む世界の違い。


一生努力しても、今の王女と互角にすらなれない気がする。 将来、私は辺境伯として、北の守りを継がなければならないのに。 こんな化け物たちが跋扈する世界で、私ごときがどうやって戦えばいいの?


無理だ。私には無理だ。 視界が滲む。 膝が震えて、立っていることさえ辛い。


「……嬢ちゃん」


不意に、穏やかな声がかけられた。 顔を上げると、ヴィヴィアナ殿が私の隣に立っていた。 戦う二人を見つめたまま、静かに口を開く。


「剣や槍で戦うのが、騎士の全てではないぞ」


「え……」


「だがな、剣でも槍でも勝てない相手と戦わなければならないのが、騎士という生き物じゃ」


ヴィヴィアナ殿の視線が、私に向けられた。 その瞳は、私の心の奥底にある怯えも、劣等感も、すべて見透かしているようだった。 けれど、そこには侮蔑の色はない。あるのは、深く温かい励ましだった。


「お主にはお主の戦い方がある。諦めず、自分の強みを伸ばし続けなさい。それは必ず、将来お主が、我々のような化け物とも渡り合える力になる」


ハッとした。 私の強み。 Word『Crossbow(弩)』。遠距離からの狙撃。 剣では勝てない。槍でも勝てない。 でも、彼らが剣の届かない距離にいる私に、勝てるだろうか?


母上はいつも言っていた。「お前の射撃は、誰にも真似できない」と。 私は、ライラ様や王女様のようになろうとして、勝手に絶望していただけだ。 私は、私になればいい。


冷え切っていた身体に、熱い血が巡り始めるのが分かった。 震えが、止まる。


「……はい!」


私は涙を拭い、力強く頷いた。


やがて、手合わせが終わった。 王女は母上に敗れたが、その顔は晴れ晴れとしていた。 ヴィヴィアナ殿が、「明日に備えて寝ましょうかね」と言って、颯爽と去っていく。


「ありがとうございました。ヴィヴィアナ殿!」


私の精一杯のお礼に、彼女は振り返らず、ひらりと手を振って応えてくれた。 その背中は、どんな巨木よりも大きく見えた。


部屋への帰り道。 廊下を歩きながら、母上が不意に足を止めた。


「……何かあったか? とても良い顔をしている」


母上が、嬉しそうに私を覗き込む。 今の私には、先ほどまでの迷いはない。


「はい。伝説の騎士団長から、教えを受けました」


私は母上の目を真っ直ぐに見つめ返した。


「私は、私の強みを伸ばします。誰にも真似できない、私だけの戦い方を」


母上は一瞬驚いたように目を見開き、それからニカっと笑って、私の背中をバシッと叩いた。


「ほう! 頼もしくなったな!」


「い、痛いです、母上」


「はっはっは! すまんすまん!」


母上は上機嫌で歩き出した。 その背中を追いかけながら、私は自分の掌を見つめる。 自分の目に、手に、これだけ熱いものがあるのはいつ以来だろうか。


王都には、来るたびに驚きと学びがある。 明日の「祝福の儀」。 ヒイロ王子がどんな方で、どんな未来を見せてくれるのか。 今はただ、それが楽しみで仕方がない。


部活とかしてると、自分より遥かに格上の存在に出会うことがあります。

才能なのか、幼少期からの訓練の賜物なのか、勝てないと感じる存在に出会ったときに、どのように自分の心と向き合うかは、子供のころの重要な心の成長経験だと思います。

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