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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、国をガチ経営していたら英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第25話「顔見世パーティ~職人魂~」

大陸歴 2791年 5月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 第二会場 / ナムルー・ディ・バロ


「……ふん、なるほどね」


あたしは手にしたグラスを揺らしながら、会場の喧騒に紛れて視線を走らせた。 ここは「第二会場」。第一会場にいる大貴族たちとは違い、現場の実務を取り仕切る中小貴族やギルド長、親方連中が集まる場所だ。 あたしたち大臣がここで接待をするのは、国の根幹を支える彼らのガス抜きと、新たな才能の発掘のためでもある。


だが、今日のあたしの獲物は別にいる。 娘のサヴァが連れてきたという「同伴者」。モントルヴァル公国の外交官、イヴェット・カンガだ。 外務大臣のミラナが「ノーマークだった」と焦り、宰相のリリア様が「実利を取って第二会場を選んだ策士」と警戒していた人物だ。


(いきなり大臣が話しかけたら警戒されるからね。まずは「鑑定」させてもらおうか)


あたしはあえて距離を取り、遠巻きに彼女の挙動を観察することにした。


イヴェットは、小柄で目立たない風貌の女だった。 だが、その動きは妙にこなれている。 今、彼女は木工ギルド長や繊維ギルド長たちと談笑しているのだが……。


「ああ、それなら東区の『木屑亭』の裏にいる親方は腕がいいですよ。あそこののみの入れ方は一級品です」

「今年の北部の亜麻は、例年より乾燥が早いそうですね。仕入れの時期を早めた方がいい」


盗み聞こえてくる会話の内容に、あたしは耳を疑った。 外交官といえば、普通はサロンで紅茶を飲みながら腹の探り合いをするもんだ。 だが彼女は、どこの工房の誰が腕がいいとか、素材の流通状況だとか、現場の職人しか知り得ないような情報を、完璧な正確さで話しているじゃないか。


(なんてこった……。外交官のくせに、末端の職人の名前や素材の癖まで把握しているのか? 一体どんな情報網を持っているんだ)


あたしは背筋が寒くなるのを感じた。 彼女は単に上辺だけの情報を集めているんじゃない。この国の産業の「血流」を正確に診察している。


さらに、彼女は傭兵ギルドの強面の長とも盛り上がり始めた。


「あー! 『錆びた金床亭』のエールですよね! あそこの煮込みと合わせると最高に美味いっすよね! 軟骨がトロトロなのをキンキンに冷えたエールで!」


(……ッ!?)


あたしは思わずグラスを取り落としそうになった。 『錆びた金床亭』。それは、あたしもお忍びで通っている下町の安酒場だ。 貴族や役人は絶対に足を踏み入れない、職人と荒くれ者たちの聖域。


(職人たちが行きつけにしている店まで把握済みか……! 上流階級のサロンではなく、市井の空気を肌で感じるために下町に潛っているとは。恐ろしいほど現場主義な外交官だ)


こいつは、ただ者じゃない。 見かけは若いが、その中身は熟練の職人のように鍛え上げられている。


「……サヴァ」


機は熟した。あたしは近くにいた娘を呼び寄せた。


「あのイヴェットとかいう外交官、あたしに紹介しな」


「え? ああ、いいけど……母さん、あんまりいじめるなよ。あいつ、緊張しいなんだから」


サヴァが苦笑しながらイヴェットを連れてくる。 目の前に立った小柄な女性は、あたしを見るなりガチガチに固まった。


「は、はじめましてっ! モントルヴァル公国から参りました、イヴェット・カンガでありますっ!」


声が裏返っている。 まるで、親方に叱られる前の見習いのような怯え方だ。


(ふん、猫を被るのが上手いね。だが、その目は死んでいないよ)


「……ふん。まあいい、いい目をしてるじゃないか」


あたしはニヤリと笑い、あえて職人同士の話題を振ってみた。


「エヴェリンの木材はどうだい? あんたの国のものとは勝手が違うだろう」


すると、イヴェットの表情が変わった。 怯えが消え、熱っぽい光が宿る。


「……素晴らしいです。特にエヴェリンの千年杉は、粘りがあって加工しやすい。ですが、これにモントルヴァルの金銀細工の技術を組み合わせれば、もっと強度と美しさを両立できるはずです。木と金属、異なる素材を『活かし合う』技術があれば……例えば象嵌に使うと……」


彼女は身振り手振りを交えて、熱く持論を語り始めた。 その内容は、理想論ではない。実際に素材に触れ、失敗と成功を繰り返した者だけが辿り着ける「実感」に基づいていた。


(……ほう。こいつ、話せる奴だ)


あたしは内心で舌を巻いた。 こいつはスパイじゃない。こいつは、モノづくりの「魂」が分かっている。 エヴェリンの素材を高く評価しつつ、自国の技術でさらに高みへ引き上げようとする視点。 面白い。実に興味深い奴だ。


その時、会場にアナウンスが流れた。 ヒイロ王子の体調が良いので、第二会場の代表者も第一会場へ招くという。


「行くよ、サヴァ、イヴェット。お前さんのその熱意、王子にも見せてやりな」


あたしは二人を促し、煌びやかな第一会場へと足を踏み入れた。


そして、その時が来た。 イヴェット・カンガの謁見と献上の儀。


「お、王子誕生の……贈り物です……!」


彼女が震える手で懐から取り出した「箱」を見た瞬間、あたしは息を飲んだ。


(……おいおい、嘘だろ?)


見ただけで分かる。あれは、さっき話題に出た「千年杉」だ。 しかも、あたしが王子のベビーベッドに使おうと仕入れたのと同じレベルの最高級品だ。それにあの箱もただの箱じゃない。釘を一本も使わない、最高級の寄木細工だ。 継ぎ目が全く見えないほどの精度。表面に施された高度な金の象嵌も、1ミリの狂いもなく木目に沿って埋め込まれている。


(あれを作るのに、どれだけの手間がかかると思ってるんだ? あの箱だけで、家が一軒建つぞ……!)


そして、箱が開かれた瞬間、あたしは絶句した。


中から現れたのは、黄金に輝く「香炉立」。


(……っ!!)


あたしの心臓が早鐘を打つ。 あの色味。金と銀の配合比率。 あれは、あたしの母たちがモントルヴァル時代に研究し、国を追われたことで失伝したはずの『失われた合金比率』だ! まさか、それを実現したのか?


そして、あの透かし彫り。 魔法を使わずに、手作業だけでここまで彫り込むには、狂気じみた集中力と、熟練の技術が必要だ。 エヴェリン王国の流麗なデザインを取り入れつつ、モントルヴァルの剛健な技術で支える。 まさに彼女が語っていた「異素材の融合」を、金属加工の中で体現している。


(こんな最上級品、エヴェリン王国では見たことがない。いや、本国モントルヴァルでも、王族ですら持っていないかもしれない……)


これを、王子に渡す? それは単なる贈り物ではない。「我々の技術力の結晶を差し上げる」という、国家間の最大級の祝辞であり、強烈な示威行為だ。


「素敵な贈り物ね。……どう、ナムルー。貴女から見て」


アウローラ様に水を向けられ、あたしは震える声で答えるしかなかった。


「……とんでもない品だ。技術も素材も最高級。国宝級と言ってもいい。二つとない傑作だよ。モントルヴァルの門外不出の技術がふんだんに使われてるし、エヴェリン風の流麗な意匠を取り入れて昇華させている……」


あたしの太鼓判に会場がどよめく中、アウローラ様がさらに問う。


「飾っておくのが一番かしら?」


それに対するイヴェットの答えが、また奮っていた。


「ぜ、全然気にせずお使いください! こ、これはその……軽さや実用性に特にこだわって作られた品ですので! ガシガシ使ってもらってなんぼのモンです!」


会場の貴族たちは「なんと太っ腹な」と驚いているが、あたしには分かった。 彼女の言葉は、本心だ。


(そうだ。良い道具は、使ってこそ輝く)


どんなに美しくても、飾られるだけの道具は死んでいる。 人の手に触れ、使われ、傷つきながら馴染んでいく。それが「道具」としての幸せだ。 彼女は、国宝級の芸術品を献上しながら、あくまでそれを「生活の道具」として定義した。


あたしの横で、サヴァやギルド長たちも、我が意を得たりと深く頷いている。 あの一言で、彼女はここにいる全ての職人の心を掴んだ。


「ありがとう。それなら遠慮なく使わせてもらおう」


エリオン様が受け取り、イヴェットが壇上を降りていく。 彼女の顔は蒼白で、魂が抜けたようになっているが、それすらも「大仕事を終えた職人の脱力」に見える。


この数分で、イヴェット・カンガの存在は、多くの有力者、特にモノづくりに関わる人間たちの心に深く刻まれただろう。


いつの間にか近くに来ていた大商人のアイリス・フェアリーなんて、もう見るからにこの後彼女を捕まえてお話しますと言ってるような雰囲気だ。


(食えない若造だと思っていたが……骨のある職人魂を持っているじゃないか)


あたしは、大仕事を終えてすぐに海千山千の魑魅魍魎に捕まった彼女を見送った。


(……後で、あの香炉立はもう一度じっくり見せてもらいたいものだ。そして、今度は『錆びた金床亭』で、朝まで酒を酌み交わして語り合いたいね)


職人の血が騒ぐ。 この国に、また一人、面白い奴が現れたもんだ。


なにかに集中して技を磨いてきた人は、他の場所でも高い成果を出すことがありますね。

キャバ嬢がコールセンターでアポ取りの断トツ一位だったり、医者を目指す学生が日本を代表するラグビー選手になったり、将棋の世界で頂点に上り詰めた人がバラエティの人気キャラになってたり。

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