第24話「顔見世パーティ~北方の春~」
大陸歴 2791年 5月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 王宮 / カイネ・スティールウィンド
「……失礼するよ、カイネ」
王宮の控え室で軍装の襟を正していると、聞き慣れた、だが年齢不詳の声がした。 振り向くと、そこには豪奢な騎士服を着崩した小柄なエルフ――副騎士団長セラ・シャドウブレードが立っていた。
「セラさん。警備の指揮でお忙しいのでは?」
「まあな。だが、北方の猛将が来てるってのに挨拶なしじゃ、後で寝覚めが悪い」
セラさんはニヤリと笑い、私の近くに寄って声を潜めた。
「……というのは建前でな。今日の参加者リスト、頭に入れておきな。国外からも何人か上手く潜り込んだやつがいる。特にモントルヴァル公国の外交官、イヴェット・カンガには気をつけろ」
「イヴェット? 聞かない名だが」
「ああ、ノーマークだった新人だ。だが、この厳戒態勢の極秘対応の中、どこの網にも引っかからずに入り込んできた『正体不明』だ。見た目は小娘だが、腹にイチモツ抱えてるかもしれねぇ。……ま、あんたの眼力で値踏みしてやってくれ」
「承知した」
セラさんはヒラヒラと手を振って去っていった。 正体不明の外交官か。リストに目を通しながら私の武人としての直感が微かに警鐘を鳴らす。今日の戦場は、一筋縄ではいかないようだ。
「母上、準備が整いました」
長女のリアナ(13歳)と、次女のフレイヤ(6歳)が声をかけてきた。 リアナは私に似て眼鏡をかけ、背筋を伸ばして緊張を押し殺している。一方のフレイヤは、煌びやかな王宮の空気に圧倒され、私の軍服の裾をギュッと握りしめていた。
「うむ。行くぞ」
私は二人を促し、第一会場である大広間へと足を踏み入れた。
会場は、すでに熱気と光の渦だった。 美しい王城の中でも最大の広さを誇る大広間の圧倒的な煌めき。 それも案内された席は、最前列の上席だった。
(……ほう。北方の守りに対する王家の評価か。悪くない)
私は満足げに頷いた。 リアナは冷静を装っているが、視線が泳いでいる。フレイヤに至っては口を開けてシャンデリアを見上げていた。
「シャンとしなさい。スティールウィンドの名に恥じぬように」
「は、はいっ!」
二人が姿勢を正したその時、声をかけてくる者がいた。
「ごきげんよう、カイネ様」
「……リンディス殿か」
リンディス・ヴェルダント伯爵。野心家と噂される彼女の後ろには、フレイヤと同い年の少年が隠れるようにしていた。養子のテオラス だろう。席を立って挨拶を交わすが、テオラスはフレイヤと目が合うと、さっとリンディスの背後に隠れてしまった。
「あらあら、怖がり屋さんね」
リンディスが苦笑して去っていくと、入れ替わりに重厚な足音が近づいてきた。
「よう、北の盾。相変わらず堅そうな顔をしているな」
「……お久しぶりです、鉄壁の侯爵」
ダリア・ウォーデン侯爵。 エヴェリン王国の防衛において、私が北の機動打撃を担う「矛」なら、彼女は重装歩兵による「盾」だ。戦友のような信頼関係がある。
「息子を紹介するわ。……アルトリウス、挨拶なさい」
ダリアの後ろから、一人の少年が歩み出た。 アルトリウス・ウォーデン。今年で14歳になるという彼は、整った顔立ちに誠実そうな瞳を持ちよく鍛えられた体つきをしていた。
「お初にお目にかかります、カイネ・スティールウィンド様! ウォーデン家長男、アルトリウスです!」
彼は直立不動で敬礼した。その視線は、熱烈な憧れに満ちていた。
「貴女様が『魔動騎馬戦術』の考案者であらせられますね! 防御障壁を纏っての突撃……まさに騎士道の体現! ずっとお会いしたかったです!」
「……うむ。励むといい」
真っ直ぐな好意に、私は少し面映ゆさを感じながら頷いた。 彼は母のような強い女性騎士に憧れていると聞くが、どうやら私もその範疇らしい。
アルトリウスは一礼すると、私の横にいるリアナに向き直った。
「そちらが……噂に聞く『長距離射撃』の名手、リアナ嬢ですね」
「……え?」
リアナが虚を突かれたように顔を上げる。
「馬上から精緻な射撃を行うとお伺いしております。……その、凛とした佇まいが、とても素敵です」
アルトリウスの直球の言葉に、リアナの冷静な仮面が崩れた。 彼女は慌てて眼鏡の位置を直すが、その頬は明らかに紅潮している。
「……こ、光栄です。アルトリウス様」
「……」 「……」
二人の間に、初々しくも甘酸っぱい沈黙が流れる。 ふと横を見ると、ダリアが私に目配せをして、ニヤリと笑った。
(あら、うちの息子、貴女の娘さんに興味があるみたいよ? )
その悪戯っぽい目に、私は苦笑を返すしかなかった。 武門の家同士、悪くない縁談だが……まさか王子を見に来て他の男の子が気になるとは予想しなかった。
やがて、会場の扉が開き、女王陛下御一行が入場された。 壇上に上がった赤ん坊――ヒイロ王子を見て、私は息を飲んだ。
(……なんだ、あの目は)
生後数日と聞いている。だが、その瞳には赤子特有の混濁がない。 理知的で、どこか会場全体を品定めしているような、冷徹ですらある観察眼。
挨拶の列に並び、私たちが御前へ進み出ると、その瞳が私たちを捉えた。
「北方の盾、スティールウィンド家でございます」
ブリオスの紹介に合わせて私が礼をとると、ヒイロ王子はニッコリと完璧な笑みを向けた。
「きゃー! ちっちゃい! かわいい!」
フレイヤが我慢できずに声を上げる。 だが、私は見た。ヒイロ王子がリアナとフレイヤを見た瞬間、「事前に聞いていた情報と照らし合わせている」かのように考察したような間を。 そしてその笑顔を向けられた瞬間、フレイヤが顔を赤くして撃ち抜かれた様子も。
(ほう、こっちはこっちで……女の顔をするようになったか)
末恐ろしい王子だ。この子は、ただ守られるだけの存在ではないかもしれない。
パーティも後半に差し掛かり、第二会場からの客人も最後の人物になったとき、会場がどよめいた。 モントルヴァル公国の外交官、イヴェット・カンガ。 セラ殿が「正体不明の要注意人物」と警戒していた女だ。
彼女が差し出したのは、息を呑むほど精緻な金細工の香炉立だった。 会場中がその技術と美しさに感嘆の声を上げる。
だが、私は別の意味で目を細めた。
(……あれが、要注意人物?)
壇上でガチガチに緊張し、挙動不審な動きを見せる小柄な女性。 あれが演技だとしたら大したものだが、武人としての私の目は誤魔化せない。 どう見ても、ライオンの檻に放り込まれた震える小動物にしか見えん。
「……セラ殿の買い被りではないか?」
私は密かに苦笑した。だが、あの「作品」に込められた執念のような技術は本物だ。警戒すべきは彼女ではなく、あの作品を彼女に届けさせた黒幕なのかもしれない。
宴もたけなわとなり、私たちは帰路につくため馬車止めへと向かった。 星空の下、冷たい夜風が火照った頬に心地よい。
「お待ちください!」
背後から声がして振り返ると、アルトリウスが息を切らして走ってくるところだった。
「カイネ様! 今日はお会いできて光栄でした!」
彼は私に一礼すると、意を決したようにリアナに向き直った。
「リアナ嬢! ……もしよろしければ、文通をしていただけませんか!」
「えっ……」
リアナが目を見開く。
「北方の戦術や、貴女の考えをもっと聞かせてほしいのです。……迷惑でしょうか?」
アルトリウスの真剣な眼差し。 リアナは一瞬、私の方を見た。私は何も言わず、ただ小さく頷く。 彼女は真っ赤になって、蚊の鳴くような声で答えた。
「……い、いいえ。私でよろしければ、喜んで」
「本当ですか! ありがとうございます!」
アルトリウスがパァッと笑顔を咲かせる。 その横で、状況を理解したフレイヤが頬を膨らませた。
「えー! お姉ちゃんだけずるい! 私も文通したい!」
「フレイヤはまだ字が書けないでしょう」
「書けるもん! もう!」
騒がしい娘たちと、爽やかな少年のやり取り。 馬車に乗り込み、窓の外で手を振るアルトリウスを見送りながら、私はふとダリアの意味ありげな視線を思い出した。
「……ふっ」
「母上? 何か?」
まだ顔の赤いリアナが聞いてくる。
「いや。……色恋沙汰とは無縁だと思っていた我が家にも、少し早い春が来たかと思ってな」
「は、母上っ!」
リアナがさらに赤くなって抗議する。 私はニヤニヤしながら、娘の頭をポンと撫でた。
「手紙、送ってあげなさい。……来てよかったな」
来月には「祝福の儀」がある。 本来は私一人で参列する予定だったが、これならば……二人をまた連れてくるのも良いかもしれん。
夜の冷たい風の中に、微かな春の温もりを感じながら、私は王都を後にした。
スポーツ系の学生同士の恋愛は甘酸っぱい青春の王道ですね。
『青春時代の真ん中は道に迷っているばかり』だと思いますが、それこそ青春ですね。
暖かすぎる青春の血が、若者を突き動かす姿を描きたいです。




