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ヒイロ回顧録 ~男女比1:30の女系国家に王子として転生した元営業部長が、国をガチ経営していたら英雄になっていた件~  作者: 五十六


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第20話「ダメダメ外交官に訪れた転機」

大陸歴 2791年 5月 / エヴェリン王国 王都リュミエール 下町 / イヴェット・カンガ(モントルヴァル公国 外交官)


「はぁ……。なんでウチが外交官やねん」


王都リュミエールの下町。職人たちが集まる大衆酒場の片隅で、ウチは安酒のジョッキを傾けながら盛大なため息をついた。 周りは仕事終わりの職人たちの熱気でむせ返るようやけど、ウチの心は北風が吹きすさぶ冬の空みたいに寒々しい。


ウチの名前はイヴェット・カンガ。 遠い北方にある芸術と建築の国、モントルヴァル公国から派遣されてきた駐在外交官や。 ……言うても、聞こえはええけど実態は悲惨なもんやで。


モントルヴァルいう国はな、「創造は神の恩寵」なんて言うて、ものづくりができる職人こそが偉いんや。逆に、口先だけで商売したり交渉したりする役人は、「何も生み出さない連中」として見下されがちやねん。


ウチの実家も代々続く金細工の名門なんやけど、ウチは三女や。上には優秀な姉貴たちがいて工房の跡継ぎは埋まってる。ほんで、「誰か一人、国のために泥かぶらなアカン」いう貧乏くじを引かされて、誰もなりたがらへん外交官になってこの国へ飛ばされてきたっちゅうわけや。


「そんで来てみたら、この一年間重要人物とのコネは皆無」


もう開き直って、最近は市井の工房で日雇いの彫金仕事を手伝って日銭を稼ぎつつ、こうして酒場で飲み歩くのを「現地情勢の視察」って報告書に書いてる始末や。


ウチは懐からクシャクシャになった最新の指令書を取り出して睨みつけた。 そこには、宗主国であるエテルニア大帝国様と、本国からの無茶な命令が踊ってる。


『エヴェリン王国の王子が誕生した、詳細な情報を収集せよ。些細な情報でも良いので市井に出ていない情報を集めよ。最優先任務である』


「アホか! 出来るわけないやろ!」


ウチは思わずツッコミを入れてもうた。 エヴェリンは今、王子様が産まれたってお祭り騒ぎや。そらそうやろ、ただでさえ男が貴重なこの世界で、数十年ぶりに王族に男の子が産まれたんやから。 せやけどな、お披露目は一か月後の「祝福の儀」やと思われる。世界中の名だたる大使や外交官にスパイが、その儀式への参加許可や、参加者からの情報を得るべくそれこそ血眼になってコネを使いまくってる状況なんや。


ウチみたいな、中小貴族の茶会にすら呼ばれへん素人に毛が生えたような外交官に何ができるっちゅうねん。 王子どころか、木っ端貴族のそのまた部下にすら伝手があらへんのに。


「……あーあ。ほんま、向いてへんわぁ」


ジョッキの底に残ったエールを飲み干した時、向かいの席にドカッと誰かが座った。


「よう、待たせたな。……また愚痴か? イヴェット」


作業着のあちこちにすすと木くずをつけた、目つきの悪い女。 サヴァ・ディ・バロ。この国の王室御用達工房の「工房長」様や。 半年くらい前やったか、この酒場でウチが金属の配合について店主に熱弁してたら、「あんた、いい腕してるな」って絡んできて以来の飲み友達や。


「おう、サヴァ。お疲れさん。……なんや、今日はまた一段と死んだ魚みたいな目ぇしてるな」


「死んでるさ、身体はな」


サヴァはジョッキを注文すると、テーブルに突っ伏した。


「お袋がよ、王子のベビーベッド製作にかかりきりになっちまったんだ。最高の仕事をするとか張り切って、工房に籠りっぱなしだ」


「へぇ、そら名誉なことやんか。職人の鑑やね」


「その仕事をするお袋にとってはな。おかげで、書類仕事だの、他の貴族からの製作依頼の管理だの、面倒くさい事務作業が全部こっちに回ってきてるんだよ! 俺は鉄を叩きたいのに、一日中ペンを握らされてる。指がおかしくなりそうだ」


「うわぁ……ご愁傷様やな」


他人事のように同情するウチに、サヴァがジロリと視線を向けてきた。


「で、だ。イヴェット、お前……明後日、暇か?」


「明後日? 仕事(という名の日雇い)はあるけど、まあ休めるで。飲みに行くんか?」


「違う。……『顔見世』だ」


「顔見世? ああ、どっかの役者のか?」


「……声出さずに聞けよ……王子の、だ」


ブフッ! と吹き出しそうになったがこらえて小声で聞き返す。


「なんやて!? 王子の顔見世!? 祝福の儀のことか?」


「違う。明後日行われる、国内有力者向けの極秘パーティだ。市井には伏せられているが、急遽決まった」


ウチは口をあんぐりと開けた。 極秘パーティ? そんなん、外交官のネットワークでも誰も知らんかったぞ。 各国のスパイたちが必死こいて探ってる「王子の情報」に触れられる機会が、まさかこんな下町の酒場で転がり込んでくるとは。


「なんでまた、そんなすんごい話がウチに……」


「俺のところに、工房長として招待状が来てるんだ。同伴者が二人まで認められてる」


サヴァは頭をガシガシとかきながら、バツが悪そうに言った。


「お袋が『1人でもいいから誰か連れてけ、顔を売って来い』とうるさくてな。だが、俺には旦那も子供もいない。部下の職人を連れて行っても身分違いで浮くだけだ。……お前なら、一応は腐っても『一国の外交官』だろ? 身分的には文句ないはずだ」


「腐ってもは余計や!」


ウチは即座にツッコミを入れたが、心臓が早鐘を打ち始めていた。 これ、チャンスやないか? いや、チャンスどころの話やない。千載一遇、起死回生の大逆転や! 他国の偉そうな外交官たちが指をくわえて待ってる間に、ウチだけが王子の顔を拝んで、あわよくば王族や大臣たちとコネを作れるかもしれん。


「ど、どうする? 来てくれるか?」


サヴァが上目遣いで聞いてくる。職人のくせに、こういう時は妙に可愛げがあるんやからズルい。 友人の頼みやし、何より本国の指令を達成できる絶好の機会。断る理由は……。


「……あ、アカン!」


ウチは頭を抱えた。


「ど、どうした?」


「明後日!? いきなり言われても準備が間に合わへん! 服はええわ、着任の挨拶の時に使ったきりの一張羅のドレスがある。せやけど、手土産はどうするんや!?」


王族への謁見、それも祝いの席や。手ぶらで行けるわけがない。 かといって、今から本国に名産品を取り寄せる時間はないし、エヴェリン国内で高級品を買うような予算もウチにはない。


「終わった……。せっかくのチャンスやのに、詰んだわ……」


机に突っ伏すウチを見て、サヴァが苦しそうな顔をした。


「手土産かぁ ……そこまで考えてなかったなぁ……。あ、そうだ、先月、ここで飲みながら『金属の配合と美しさ』について激論した時に、勢いで作ったやつでいいんじゃないか?」


サヴァの言葉に、ウチの記憶が蘇る。 酔った勢いで、「モントルヴァルの技術とエヴェリンの技術、どっちが上か勝負や!」と意気投合し、工房に泊まり込んで二人で合作したアレ。


「……ああっ! あの『香炉立』か!」


「そう、あれだ。お前が繊細な透かし彫りを入れて、俺が土台の強度と重心を完璧に調整したやつ。……あれなら、王族に渡しても恥ずかしくない出来だろ」


せや。あれは自信作や。 技術者二人が意地を張り合って、悪ふざけ半分、本気半分で作った最高傑作。 金と銀を絶妙に配合した合金で、モチーフにしたのはその辺の路地に咲いていた小さな花……確かローズマリーやったか。 派手すぎず、でも実用性と美しさを兼ね備えた、職人魂の結晶。


「サヴァ……あんた、天才か!」


「まあな。俺たちの技術の結晶だ。文句は言わせん」


サヴァがニヤリと笑う。


( いける。あれなら、金目のものを見慣れている王族の目も誤魔化せる……いや、唸らせることができるかもしれん。 見るものが見れば飾り用ではなく、軽さや頑丈さにも拘った実用品やとわかるはず。本当ならバラとか見栄えの良い意匠にしておけばよかったが、まあ他に選択肢思いつかへんしこれでええやろ!)


「よし、乗った! その話、受けたでサヴァ!」


ウチはバン! とテーブルを叩いて立ち上がった。


「その代わり、今日はもう帰るで!」


「は? まだ一杯目だぞ」


「アホか! 香炉立はあるけど、それを入れる『箱』がないんや! 裸で持ってくわけにいかんやろ! 明後日までに最高級の容れ物を作らなアカンねん!」


職人魂に火が付いたウチは、止まらへんで。 サヴァの飲み代をテーブルに叩きつけ、ウチは店を飛び出した。


「見てろよエヴェリン王国、そしてエテルニアだの本国だののお偉いさん! ウチの底力、見せたるわ!」


夜のリュミエールの街を、ウチは全力で駆け抜けた。


ダメダメ外交官の思い付きが上手くいくかは誰にも分からないが、失うものがない若人の目には情熱の炎が灯っていた。


お笑いが好きな作者としては、そろそろボケとツッコミ役ほしいなと思ってたら、こんなキャラが産まれました。関西弁キャラいいですよね。ノリが良くて勢いあって話を明るく進めてくれます。

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