第15話「職人親子」
読みやすくするため前書きをなくし、サブタイトルも短縮しました。作者コメントは後書きにあります。
大陸歴 2791年 5月 エヴェリン王国 王都リュミエール / ナムルー・ディ・バロ(工業大臣)
カーン! カーン!
小気味よい音が、王宮御用達のディ・バロ工房に響き渡る。 赤熱した鉄を叩く感触、飛び散る火花、そして立ち込める鉄と煤の匂い。 ああ、たまらないね。これこそがあたしの生きる場所だ。
「いい音だ! 今日は鉄の機嫌がすこぶる良いねぇ!」
あたしは額の汗を乱暴に拭い、満足げに槌を下ろした。 あたしの愛用の鎚は今日も最高にいい仕事をしている。
今、あたしが魂を込めて作っているのは、先日お生まれになったヒイロ王子が、今度の顔見世で座るための特注ベビーベッドだ。 ただのベッドじゃない。会場のひな壇に設置され、遠くからでも王子の姿が映えるように計算された、玉座代わりの逸品さ。
ここには、あたしの故郷であるモントルヴァル公国の技術を惜しみなくつぎ込んでいる。 「創造は神の恩寵」とされ、工匠や芸術家が高い地位を持つ芸術の国、モントルヴァル。あたしの母はそこで公爵位を持つほどの工匠だったが、醜い権力闘争に敗れ、幼いあたしを連れてこのエヴェリン王国へ亡命してきたんだ。
皮肉な話さ。母さんが国を追われたおかげで、モントルヴァルの秘伝技術がこうしてエヴェリン王家のために振るわれているんだからね。 だが、後悔はないよ。あたしはこの国で愛する旦那と出会い、サヴァを授かり、そして最高の仕事に腕を振るえているんだから。
「母さん、頼まれてた千年杉の最高級木材、届いたぞ」
工房の入り口から、娘のサヴァがひょっこりと顔を出した。 作業着をラフに着こなし、肩に担いだ大きな木材を軽々と床に下ろす。 ぶっきらぼうな口調と、「俺」という一人称。色気より食い気なところまで、若い頃のあたしにそっくりだ。
「おお、ご苦労! さすが現場の工房長、仕事が早いね」
「へいへい。……少し休まないか? 根を詰めすぎだ」
サヴァが水差しを投げて寄越した。あたしはそれを受け取り、一気に喉に流し込む。 冷たい水が火照った体に染み渡る。
「ぷはっ! 生き返るねぇ」
あたしは作業台に腰掛け、娘に向き直った。
「そういえばサヴァ。お前にも工房長として、顔見世の招待状が来てるだろ? 10日後の開催だが、誰か連れていくあてはあるのかい?」
今回のパーティは、ヒイロ王子のお披露目ということもあり、特別に同伴者が許可されている。 サヴァももう22歳。浮いた話の一つや二つあってもいい頃だし、信頼できる右腕や親友も私の知らないところでできてくる時期だろう。
サヴァは少し面倒くさそうに頭をかいた。
「ああ。気が合うやつを一人、連れてくよ」
「おや、珍しい。色恋沙汰かい?」
「まさか。ただの飲み友達だ。一人で行くよりマシだからな」
相変わらずの塩対応だが、まあ連れていく相手がいるだけマシか。 サヴァは話題を変えるように、少し眉を寄せて言った。
「なあ母さん。招待状には大貴族も大商人もたくさん呼ぶって書いてあったが……たった10日後の開催だぞ? みんな忙しい身だ、ちゃんと参加者が集まるのかね?」
確かに、常識で考えれば無茶なスケジュールだ。 準備期間も短ければ、参加者の調整も大変だ。現場を預かる工房長として、サヴァが懸念するのも無理はない。
だが、あたしは鼻で笑い、断言した。
「心配無用さ。間違いなく、会場に入りきらないくらいの人間が集まるよ」
「言い切るなぁ。なんでだよ」
「簡単なことさ。……今、自分の幼い娘がいる貴族や大商人は、将来の婿候補にいち早く接点を持ちたいはずだろ?」
あたしは作業台の上の、まだ組みあがっていないベッドのフレームを指さした。
「ヒイロ王子は、ここ数十年で一番の優良物件だ。当日は女王陛下とエリオン様も近くにいる。自分の娘を連れて行って、一目でも見てもらえれば……あわよくば名前を覚えてもらえれば、将来の婿取りに繋がるかもしれないし、種を分けてもらえる可能性もある。誰もがそう皮算用するさ」
この国の男不足は深刻だ。 優秀な男、それも王族の血を引く男となれば、その価値は金や宝石の比じゃない。アウローラ様とエリオン様の息子という時点で並以下ということはないだろう。
「それに、仕事の優先順位も変わる。もし大事な商談や打ち合わせがあったとしても、その相手もどうせそのパーティに行くことになるんだ。なら、商談はパーティ会場で酒でも飲みながらやればいい。この顔見世が、国中の最優先事項になるのさ」
あたしの説明に、サヴァは「なるほどな」と頷きつつも、まだ納得いかない顔をしている。
「でもよ、ヒイロ様と会える第一会場の大貴族はそうかもしれないが、第二会場の中小貴族や俺みたいな工房長はどうだ? ヒイロ様が疲れて退席したら、ただ飯食って飲みに行くだけになるんじゃないか?」
鋭いね。 今回の顔見世は、参加者が多すぎるため「第一会場」と「第二会場」に分けられている。 王族や大貴族が集まる第一会場に比べ、第二会場は格落ち感が否めない。王子が顔を出せなかった場合、不満が出る可能性はある。
「ふふっ、お前はまだまだ甘いな、サヴァ」
あたしはニヤリと笑い、懐から自分宛ての招待状を取り出して振ってみせた。
「招待状をよく読みな。第二会場には、宰相のリリア様をはじめ、あたしたち現役の大臣全員がそちらで歓待することになっていると書いてあるだろう?」
「……あ、本当だ。母さんもそっちに行かされるのか」
「ああ、そうさ。これが何を意味するか分かるかい?」
あたしは指を立てて解説する。
「いつものパーティなら、あたしたち大臣クラスとの会話は、第一会場にいるような大貴族や大商人が独占しちまう。中小貴族やお前たち工房長だのギルド長だのがメインで話せる隙なんてありゃしない。近くでニコニコしておくのがせいぜいだ」
サヴァがハッとした顔をした。
「だが今回は違う。大物が第一会場でヒイロ王子に夢中になっている間、第二会場では中小貴族や現場責任者たちが、あたしたち大臣と直接話せる場になるんだ」
大臣とコネを作りたい中小貴族や、予算を増やしたいギルド長にとって、これほどの好機はない。 巨大なライバルがいない場所で、商業大臣や工業大臣に直接会話ができるのだから。
「むしろ、目鼻の利く奴は大臣やその周りの人物とのコネを目的に、喜んで第二会場に来るかもしれないよ。……リリア様も、とんだ策士だよ全く」
サヴァはしばらく考え込み、やがて感心したようにため息をついた。
「なるほどな……。王子の顔見世を餌にしつつ、国全体の風通しを良くする狙いか。よく考えられてる」
「そういうことさ。だからお前も、当日はしっかり顔を売ってきな。次期工業大臣候補として知ってもらういい機会だ」
「げっ、勘弁してくれよ。俺は現場で鉄を叩いてる方がいい」
サヴァは嫌そうに顔をしかめたが、その目には納得の色があった。 これなら、最高の晴れ舞台になるだろう。
「さあ、休憩は終わりだ!」
私は立ち上がり、再び槌を握った。
「最高のベッドを仕上げて、ヒイロ王子を迎え入れる準備をしてやろうじゃないか。サヴァ、しばらく事務作業だのなんだのはあんたに任せるよ!」
「へいへい、人使いの荒い大臣様だ」
サヴァが苦笑しながら木材を抱え上げる。 カーン! カーン! 再び工房に、活気ある音が響き始めた。
気風の良い女性キャラは好きです。物語に勢いを与えてくれますよね。
とくに連続テレビ小説とかでも重要な存在感ですよね。「女の人の好きな物を語呂がいいように並べた作品」の女主人公的な。




