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―転生の果てⅢ―  作者: MOON RAKER 503


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第4話 転生したら錆だった

少しずつ、物語は流れていきます。

言葉よりも“余白”で感じていただければ幸いです。

 湿気。

 酸。

 そして、赤。


 意識が生まれる。

 最初に感じたのは、湿った空気だった。

 重く、冷たく、肺を持たない自分にも分かる湿度。

 水分が、空気を満たしている。

 肌に張り付くような、濃密な湿り気。


 闇の中にいる。

 だが完全な暗闇ではない。

 微かに光が漏れている。

 隙間から差し込む、弱々しい光。


 次に感じたのは、匂い。

 鉄の匂い。

 古く、冷たく、だが微かに甘い。

 血に似ている。

 酸化の匂い。

 腐敗ではない。

 変質の匂い。


 そして、色。

 赤。

 茶色がかった、濁った赤。

 橙に近く、土に近く、だが鮮烈な赤。

 それが、自分の色だった。


 自分は、錆だった。


 金属の表面に広がる、赤い斑点。

 かつて強靭だった鉄を、内側から侵していく存在。

 病気のように見えるが、病気ではない。

 自然の摂理。

 時間の作用。


 動けない。

 意志もない。

 ただ、拡がる。


 化学反応として。

 時間の作用として。


 カリ。


 微かな音がした。

 金属が剥がれる音。

 表面の薄い層が、浮き上がり、剥離する。

 自分が広がるたび、鉄の表面が削れていく。


 水滴が落ちる。

 ポタリ。


 天井の隙間から。

 配管の亀裂から。

 どこかから染み込んだ雨水が、金属を濡らす。

 酸素と、水と、鉄。

 その三つが出会い、自分が生まれる。


 熱がある。

 微かだが、確かにある。

 化学反応が起こすわずかな熱。

 それが、自分の体温だった。


 周囲は暗い。

 廃れた都市の片隅。

 誰も来ない場所。

 風だけが、時折吹き抜けていく。

 乾いた音。

 ヒューヒューと、隙間を通る音。

 埃が舞い、何かが軋む。


 自分は、ここで時間を蝕む。


 かつてこの鉄は、何かを支えていた。

 建物の柱。

 扉の蝶番。

 橋の梁。

 誰かの手で作られ、誰かの役に立っていた。


 高温で溶かされ、型に流され、冷やされ、固められた。

 鍛えられ、磨かれ、組み立てられた。

 人の手が触れ、力が加わり、役割を与えられた。


 その記憶が、微かに残っている。

 金属の結晶構造の中に。

 分子の配列の中に。

 鉄原子の並びの中に。


 だが今、それは崩れていく。


 自分が侵食するたびに、構造が弱まる。

 結晶が歪み、結合が緩み、層が剥がれる。

 強度が落ち、しなやかさが失われる。

 もろくなり、割れやすくなる。


 破壊ではない。

 ただの変化だ。


 かつて自分は、針として時間を刻んだ。

 規則正しく、正確に、永遠に。


 砂として時間を流した。

 落ち、積もり、またひっくり返された。


 石として時間を積んだ。

 祈りと共に、天を目指した。


 そして今、錆として時間を変える。


 刻むことは、瞬間を作った。

 流れることは、循環を作った。

 積むことは、永続を作った。


 変えることは、更新を作る。


 それが、錆の在り方だった。


 カリ、カリ。


 音が繰り返される。

 自分が広がるたび、鉄が崩れる。

 表層から深層へ。

 外から内へ。

 強靭だった構造が、もろくなる。

 支えられていたものが、支えられなくなる。


 ある夜、何かが軋んだ。

 ギィ、と長く伸びる音。

 鉄の梁が、重さに耐えきれなくなっている。


 やがて、何かが落ちる。

 ガラン、と金属音。

 錆びた部品が、地面に転がる。

 転がり、止まり、静寂に戻る。


 だが、それは破壊ではない。


 変化だ。


 鉄は形を失い、赤に染まり、粉となって風に舞う。

 だがその粉もまた、何かの一部になる。

 土に混じり、水に溶け、植物に吸われる。

 やがて新しい命の一部となる。

 葉の緑を作り、幹を太らせ、花を咲かせる。


 終わりではなく、始まりだった。


 時間が過ぎる。

 日が昇り、沈む。

 光が差し込み、影が伸びる。

 夏が来て、冬が去る。


 自分は少しずつ広がっていく。

 最初は点だった。

 小さな、赤い斑点。


 次に線になった。

 亀裂に沿って、水の流れた跡に沿って。


 そして今、面になっている。

 表面全体が、赤く染まっている。

 かつての輝きは失われ、ただ赤だけが残る。


 雨が降る。

 パラパラと、屋根を叩く音。

 やがて激しくなり、ザーザーと降り注ぐ。

 水滴が自分に触れ、反応が加速する。


 ジリジリと、音が聞こえる気がする。

 化学反応の音。

 目には見えない、分子の動き。

 電子が移動し、結合が変わり、物質が変質する。


 自分は広がり続ける。


 表面から内部へ。

 浅い層から深い層へ。

 ゆっくりと、だが確実に。


 時間が経つほど、自分は大きくなる。

 鉄を食い尽くし、自らの色で染め上げる。


 ある日、風が強く吹いた。


 ゴォゴォと唸る音。

 建物が震え、窓が割れ、破片が舞う。


 サラサラと、音がした。

 錆の粉が剥がれ、風に舞う。

 赤い粉塵が、空気の中を漂う。

 渦を巻き、昇り、広がる。


 自分の一部が、空へと昇っていく。

 拡散し、薄れ、やがて見えなくなる。


 だが消えたわけではない。


 空気の中に、自分は在る。

 微粒子として、匂いとして、存在し続ける。

 誰かの肺に入り、誰かの服に付き、誰かの髪に絡まる。


 風に運ばれ、雨に流され、土に落ちる。

 川に流れ、海に注ぎ、蒸発して雲になる。

 そしてまた、どこかの金属に降り立つ。

 水と酸素と出会い、また錆となる。


 循環だ。


 時間は、形を変えながら進む。

 永遠に同じ姿ではいられない。

 変わることで、続く。

 朽ちることで、更新される。


 針は音を残した。

 時を刻む音を。


 砂は流れを残した。

 落ちる感覚を。


 石は祈りを残した。

 手の跡を。


 錆は、変化を残す。

 形を変えることの美しさを。


 それが、時間の本質だった。


 自分は今も、ここにいる。

 錆として、粉として、空気として。


 崩れても、散っても、消えたわけではない。


 形を変えただけだ。


 ――それが、生きるということだった。


 風が吹く。

 雨が降る。

 太陽が照らす。

 夜が訪れる。


 その全てが、自分を作り、自分を変え、自分を運ぶ。


 時間は止まらない。

 変わり続ける。


 自分も、変わり続ける。


 カリ。

 ポタリ。

 サラサラ。


 音が響く。

 世界が進む。

 時間が流れる。


 金属は朽ち、粉となり、土となる。

 土は命を育て、命は時間を紡ぐ。

 その循環の中で、自分は在り続ける。


 崩れることは、終わりではない。

 形を変えることが、時間の呼吸なのだ。


 ――自分は、錆として、生き続けている。


 赤く、静かに、永遠に。


 拡がり、剥がれ、舞い上がり、また降りる。

 その繰り返しの中で。


 時間は、常に形を変えて進む。

 それが、錆の教えだった。

お付き合いくださり、ありがとうございます。

ページを閉じても、心のどこかで続いていますように。


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