第3話 転生したらピラミッドの石だった
静かに始まります。
どうぞ、ゆっくりお読みください。
熱。
光。
そして、重さ。
意識が戻る。
最初に感じたのは、焼けるような熱だった。
上から降り注ぐ太陽。容赦なく、執拗に、肌を焼く光。
下から這い上がる砂の熱。地面が蓄えた灼熱が、じわじわと染み込んでくる。
その間で、自分は焼かれている。
動けない。
瞼もない。
呼吸もない。
ただ熱だけが、存在の全てだった。
自分は、石だった。
動けない。
声も出ない。
ただそこに在るだけの、巨大な塊。
表面は粗く、ざらついている。
切り出されたばかりの、角ばった石。
誰かの手で削られ、形を与えられた存在。
鑿の跡が残り、割れた断面が荒々しい。
空は青い。
雲ひとつない、乾いた青。
太陽はその中心で燃え、世界を焼いている。
周囲で声がする。
人の声。
低く、力強く、リズムを持った声。
何かを唱えているのだろう。
言葉は分からない。
だが、その声には祈りが込められていた。
足音が近づく。
砂を踏む音。
何十人、何百人もの足音。
やがて、衝撃。
自分が動く。
持ち上げられる。
何十人もの手が、自分を支えている。
汗の匂い。
土の匂い。
人の息遣い。
体温。
その全てが、自分に触れている。
声が揃う。
一斉に力が込められる。
自分は動き、運ばれ、積み上げられる。
天を目指して。
風が吹く。
熱い風。
砂を巻き上げ、肌を焼く風。
視界を白く染め、呼吸を奪う風。
だが人々は止まらない。
声を合わせ、足を踏み鳴らし、自分を押し上げる。
一歩。
また一歩。
重い足取りで、だが確実に。
階段を昇る音。
木材が軋む音。
縄が引かれる音。
滑車が回る音。
全てが時間を刻んでいた。
自分の下で、丸太が転がる。
ゴロゴロと重い音を立てて。
人々が押し、引き、支える。
汗が滴り、砂に染み込む。
声が途切れない。
祈りの言葉。
労働の歌。
それが、この場所を満たしている。
やがて、自分は置かれる。
他の石の上に。
重なり合い、支え合い、形を作る。
ゴトリと鈍い音がして、自分は動かなくなる。
位置が定まり、重さが分散される。
周囲の石と、微かに擦れる。
隙間が埋められ、砂が詰められる。
一体となる。
ピラミッド。
それが、自分の在る場所だった。
太陽が昇る。
沈む。
また昇る。
昼と夜が繰り返される。
光と影が交互に自分を照らす。
昼は焼け、夜は冷える。
石の内部で温度が変わり、微かに軋む音がする。
その繰り返しの中で、時間が進む。
人々は毎日、ここに来る。
石を運び、積み上げ、祈りを捧げる。
声が響き、足音が響き、命が響く。
その営みが、時間を形にしていく。
自分はその一部だった。
かつて自分は、針として時間を刻んだ。
音を立て、世界を震わせた。
砂として時間を流した。
崩れ、積もり、また流れた。
そして今、石として時間を積む。
刻むことは、瞬間を作ること。
流れることは、変化を作ること。
積むことは、永続を作ること。
それが、石の在り方だった。
月日が過ぎる。
ピラミッドは少しずつ高くなる。
自分の上に、また石が積まれる。
重さが増し、圧力が加わる。
だが崩れない。
支え合い、耐え続ける。
季節が巡る。
暑い日。
涼しい夜。
嵐の日。
静かな日。
全てが自分を通り過ぎていく。
やがて、頂が閉じられる。
最後の石が置かれる音が、遠く微かに聞こえる。
カチリ、と小さく響く。
完成だ。
人々の歓声が、風に乗って聞こえる。
祈りの声。
喜びの声。
涙の声。
それが、やがて遠ざかる。
人々の声が遠ざかる。
足音が消える。
風だけが残る。
ピラミッドは完成したのだろう。
もう誰も石を運ばない。
もう誰も祈りを捧げない。
ただ、沈黙だけがある。
だが自分は、ここにいる。
動かず、崩れず、ただ在る。
太陽が自分を照らす。
月が自分を冷やす。
風が自分を削る。
星が自分を見下ろす。
それでも、自分は在り続ける。
年月が過ぎる。
十年、百年、千年。
数えることに、意味はない。
さらに月日が過ぎる。
何百年。
何千年。
時間の単位が、意味を失っていく。
人の声は、もう聞こえない。
足音も消えた。
残るのは風と、砂と、沈黙だけ。
砂が積もり始める。
風が運んでくる砂が、自分を覆っていく。
少しずつ、確実に。
一粒ずつ、音もなく。
最初は表面だけ。
やがて隙間に入り込み、層になる。
厚くなり、重くなり、圧力が加わる。
やがて、光が届かなくなる。
埋もれていく。
世界が暗くなり、熱も消える。
冷たい闇だけが、自分を包む。
だが、それでもいい。
自分は石として、ここに在る。
見られなくても、触れられなくても。
それだけで、時間の証になる。
存在することが、証だった。
ある日、風が強く吹いた。
砂嵐。
世界を揺るがす暴風。
地を削り、天を覆い、全てを巻き込む風。
砂が舞い上がり、自分の表面が露わになる。
久しぶりに感じる光。
太陽が、また自分を照らす。
熱い。
だが懐かしい。
そこに、何かが刻まれていた。
手の跡。
人々が自分を運んだときの、手の跡。
汗と土にまみれた、無数の指の跡。
それは浅く、小さく、だが確かに残っていた。
五本の指。
掌の形。
力を込めた痕。
祈りだ。
人々が天を目指し、命を削り、未来を築いたその証。
それが、自分の表面に刻まれていた。
消えなかった。
風にも削られず、砂にも埋もれず、時間にも奪われず。
ただそこに、在り続けた。
時間とは、こういうものだったのだ。
刻まれ、流され、積み重ねられ、形を得る。
そして最後に、祈りとして残る。
針は音を残した。
砂は流れを残した。
石は、祈りを残した。
それが時間の本質だった。
自分は今も、ここにいる。
石として、祈りとして、時間として。
崩れても、埋もれても、その手の跡だけは消えなかった。
――祈りは、時間の形だった。
風が吹く。
砂が舞う。
太陽が沈み、星が瞬く。
その全てが時間の中にあり、自分もその一部だった。
積み重ねることで、時間は形を得る。
祈ることで、時間は意味を得る。
残すことで、時間は永遠を得る。
それが、石の命だった。
そして自分は、永遠にここに在り続ける。
砂に埋もれても。
風に削られても。
時が過ぎても。
この手の跡と共に。
誰かが触れた証。
誰かが生きた証。
誰かが祈った証。
それが、自分の中に刻まれている。
時間は消えない。
形は変わっても、祈りは残る。
それだけで、十分だった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
時間の流れの中で、また次の瞬間にお会いしましょう。




