第12話 転生したら破損したデータだった
記録は、言葉の外側にも残ります。
どうぞ、静かに見届けてください。
01001――
――ズズ――
――エラー――
目覚める。
いや、起動する。
自分は、データだった。
0と1の羅列。
デジタル信号。
電気的な存在。
サーバーの中。
ハードディスクの磁性体に刻まれた、情報の痕跡。
だが。
何かが、おかしい。
記憶が、歯抜けになっている。
映像が、途切れている。
音声が、ノイズに埋もれている。
――ザザ――
「……こんに――は」
――ブツ――
「今日――晴れ――」
――ザザザ――
誰かの声。
録音された声。
だが、完全ではない。
欠けている。
壊れている。
破損している。
自分は、破損したデータだった。
周囲に、他のデータがある。
無数のファイル。
画像、動画、文書、音声。
整然と並んでいる。
だが、自分だけは。
バラバラ。
断片化。
フラグメント。
ファイルシステムが、自分を読もうとする。
アクセス。
読み込み。
――エラー――
「ファイルが破損しています」
「修復しますか?」
修復。
試みられる。
プログラムが、自分を走査する。
失われた部分を探す。
復元できる部分を繋ぎ合わせる。
ピピピ――
再生。
映像が流れる。
誰かの顔。
笑顔。
だが。
ブロックノイズ。
画面が崩れる。
緑と赤の斑点。
歪んだ音。
「――ありが――う」
途切れる。
音声が消える。
映像が、フリーズする。
静止画。
動かない画面。
時間が、止まったように見える。
だが、違う。
時間は、進んでいる。
ただ、記録が追いついていない。
自分は、不完全な記憶。
完璧な保存など、存在しない。
どんな記録も、劣化する。
どんなデータも、壊れる。
磁気は、弱まる。
ビットは、反転する。
セクタは、不良化する。
時間が、侵食する。
デジタルは永遠だと、人は言う。
だが、それは嘘。
デジタルも、物理的な存在。
磁性体に頼り、電気に頼り、機械に頼っている。
そのすべてが、時間に負ける。
自分の中で、データが消えていく。
上書き。
削除。
エラー。
「――母が――」
――ズズ――
「――笑って――」
――ブツ――
記憶の断片。
それすら、不完全。
だが。
消えるたび。
新しい何かが、生まれる。
ノイズの中に。
パターンが現れる。
意図しない組み合わせ。
予期しない配列。
それが、新しい形を作る。
破損は、破壊ではない。
変化だ。
再構成だ。
自分は、何度も読み込まれる。
アクセスされるたび。
再生されるたび。
少しずつ、変わる。
元の形からは、遠ざかる。
だが、それでも。
何かは、残る。
輪郭。
残響。
痕跡。
完全ではないが。
存在している。
別のファイルが、削除される。
近くにあったデータ。
一瞬で、消える。
0で埋められる。
何もなかったことに。
自分も、いつか。
そうなる。
消える日が来る。
完全に。
だが、今は。
まだ、ここにいる。
断片として。
ノイズとして。
エラーとして。
それでも、存在している。
アクセスログに、記録が残る。
「ファイル破損により読み込み失敗」
「日時:20XX/XX/XX XX:XX:XX」
その記録も、やがて消える。
ログは、上書きされる。
古い情報は、捨てられる。
だが、それまでは。
自分は、ここにいた証が残る。
時間が、進む。
サーバーの中で。
無音の世界で。
ファンが回る。
ウィーン、という音。
熱を逃がす。
処理が続く。
CPUが計算する。
メモリがデータを保持する。
その中で。
自分は、静かに崩壊していく。
ビットエラー。
1が0になる。
0が1になる。
ランダムに。
予測不能に。
宇宙線が、メモリを貫く。
それだけで、データは変わる。
脆い。
あまりにも、脆い。
デジタルは、繊細だ。
一つのビットが変われば。
意味が、全て変わる。
自分の中で。
また、何かが壊れる。
「――日――れ――」
判読不能。
だが。
その欠損の中に。
美しさがある。
不完全さの中に。
真実がある。
完璧な記録は、死んでいる。
変化しない情報は、凍っている。
だが、壊れた記録は、生きている。
時間と共に、変化している。
劣化は、時間の呼吸。
自分は、再び読み込まれる。
プログラムが、復元を試みる。
「データの一部を復元しました」
映像が、現れる。
粗い画質。
ブロックノイズだらけ。
色も、おかしい。
だが。
確かに、映っている。
誰かの顔。
誰なのかは、もう分からない。
名前も、思い出せない。
だが。
その表情は。
笑顔だった、と思う。
音声も、再生される。
「――――――」
ノイズ。
だが、その奥に。
温もりがあった、と感じる。
それが、真実かどうかは。
もう、確かめられない。
データが、足りない。
だが、それでいい。
不完全でも。
何かは、伝わる。
記録は、完璧である必要はない。
残った断片が。
何かを語る。
それで、十分。
時間が、経つ。
サーバーが、停止する。
電源断。
全てが、闇に落ちる。
意識が、消える。
――
再起動。
また、目覚める。
自分は、まだある。
だが、また少し。
欠けている。
前回よりも。
記憶が、少ない。
それでも。
存在している。
何度、起動しても。
何度、破損しても。
完全に消えるまで。
自分は、ここにいる。
最後のアクセス。
読み込み。
「ファイルが重度に破損しています」
「復元不可能」
それでも。
一行だけ。
残っている。
テキストデータ。
わずか数バイト。
「ありがとう」
その言葉だけが。
読める。
他は、全て消えた。
だが、その一行が。
光となって。
データの海の中で。
静かに、輝いている。
断片の中で。
意味を、放っている。
自分は、もう。
ほとんど何もない。
だが、それでも。
その一行は、残る。
記録は、消えても。
何かは、残る。
完全に失われることは、ない。
痕跡が。
影が。
反響が。
どこかに、残る。
それが、時間の証。
デジタルの海で。
自分は、最後の光を放つ。
「ありがとう」
その言葉が。
誰に向けられたものかは。
もう、分からない。
だが。
確かに、そこにある。
記録として。
時間として。
――記録は、消えても、残る
最後までお付き合いくださり、感謝いたします。
この物語が、あなたの中の“何か”に触れていますように。




