第8話 開けてはいけない扉
シルキーが温室でソリストと別れた後、ヴェン・フェルージュ宮殿の広間に戻ると、バイエルは先に第二皇子の屋敷に帰ったと召使いに告げられた。
それからどうやって一人で帰ったのかをシルキーは覚えていない。
覚えているのは、ふらふらとした足取りで馬車を降りた辺りからだ。
屋敷で一番長く働いているという老執事が、いつにない渋い顔で出迎えてくれた。
「どうしたの?」
シルキーのコートを脱がせながら、執事は答えた。
「恐れ入ります奥様。今夜はいつもの寝室には向かわれないほうが。別の部屋をご用意しておりますので」
素晴らしい夢の余韻の中にいるような心地だったシルキーは、この言葉に嫌な予感を感じ、ゆっくり瞬きをした。
(女の勘は、私にもあったのかも)
「何かあった?」
「何かあったと言えばあったのですが、何もないと言えば何もありません」
(どっち)
はっきりしない返事に、シルキーは「そう」とだけ言い残し、執事の止める声も聞かずにいつもの寝室……バイエルと自分の二人で使っている寝室に向かった。
扉の前にいる使用人からも強く止められたが、シルキーは隠されると猛烈に知りたくなる性分だったので、その衝動のまま扉を開いた。