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ノスタルジア〜白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲〜(新版)  作者: 藤咲紫亜


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【番外編】 ある日のロンド家の新婚夫婦(前編)

 昼下がりの午後、彼はオルヴェル帝国の皇室を構成する家の一つであるロンド家の屋敷の執務室にいた。

「アデル、届いたわ」

 フィーネは扉を開けると、真剣な表情で書類を眺める夫に声をかけた。


 アデルは灰色の髪を揺らしてフィーネを見ると、ヘラっとこちらの気が抜けるような笑顔になる。

「ありがとうございます、フィーネ様」


 フィーネは呆れたような顔をする。

「いつまでそんな言葉遣いなの?」

「と言われましてもー……なんか癖で」


 アデルが扉に近づくと、フィーネは立ち塞がるようにアデルの前に立った。

「フィーネ様?」

「“フィーネ”」


 アデルは困ったように微笑む。

「勘弁してください。そんな呼び方したら、呼んだ僕がその場で死んじゃいます。キュン死ですキュン死」


 そう言われた途端、フィーネは嫌な記憶を思い出した。

 次兄バイエルと闘ったアデルが死んだと思った時の記憶だ。


 血溜まりの中で、アデルは力無く倒れ込んでいた。

 胸に何かが込み上げてきて、喉がつまる。


「呼んでくれないと……どかないから」

 アデルは静かな表情でフィーネの目尻に指先を伸ばし、触れた。


「何か思い出させちゃいました?」

「別に、何も!」

「ほら、急ぎましょう。今日は母上にご挨拶に行くんですよね?」

 アデルはフィーネの横をすり抜けると笑顔で手を差し出してきた。


(もう臣下では無いのに)

 フローレという街の屋敷でバイエルと闘い重傷を負ったアデルは、バイエルによって秘密裏に医師の元に運ばれ治療を受けたらしい。


 アデル・ド・ヴァンス。

 ヴァンス男爵家の一人息子は、モロウ侯爵に操られ皇女フィーネを誘拐した。

 その罪で第二皇子バイエルから直接裁きを受け命を落とした。


 ということになっている。

 バイエルの機転で瀕死の状態から生還したアデルは、アーデルヘルムと名前を改め、皇族のロンド家の養子となった。


 アデル(高貴な者)から、アーデルヘルム(高貴な守護者)へ。親しい人間からの呼び名はアデルそのままに、彼は生まれ変わった。


「フィーネ様。今の僕がどんなに幸せか、貴女にはお分かりにならないでしょうね」

 アデルはいつも、フィーネを眩しげに見つめてはそんな言葉を囁く。


 今の彼は、アーデルヘルム・ド・ロンド・ソルフェージュだ。


 約20年前、妊娠中にモロウ侯爵の差金で薬を飲まされ、胎児を早産してしまったロンド家の奥方。

 死にかけた赤子が運ばれた先が、ヴァンス家だった。「アデル」と名付けられたその赤子は奇跡的に命を取り留め、成長し大人になった。


 アデルは正真正銘のロンド家の跡取りである。

 と、次兄のバイエルは言うが、その証拠は無い。


 アデルをロンド家からヴァンス家に運んだクロエと言う女性は、モロウ侯爵が起こしたクーデターの最中に自殺したと言う。


 その直前、バイエルがクロエからロンド家の赤子誘拐の話を聞いていたのが、アデルの養子縁組の決め手になった。


(バイエル兄様は、アデルは自分との戦闘で十分傷ついたから、私の誘拐については不問にしてほしいと言ってたけど)


 次兄はひょっとすると、そこまで計算した上で、アデルが死なない程度に叩きのめしたのではないかと、フィーネは疑っている。


 そして、ロンド家の後継に収まったアデルの能力の高さが皇帝に評価され(ここでもバイエルからの言葉添えがあったと聞く)、皇女であるフィーネとの婚姻に繋がった。


 でも。

(夫婦なのに、いつまでも堅苦しい)


「アデル? 大丈夫?」

 フィーネが目をやると、屋敷に届いた花束を手に、アデルは考えに沈んでいるようだった。


 今日はこれを持って、二人でアデルの実母に会いに行く。

 アデルが———自分の腹にいた子が死んだと思わされ、以来20年以上心を病んでいるロンド家の奥方。


 彼女は自室から出てこない。

 彼がアーデルヘルムになってすぐに奥方に会わなかったのは、突然のことに奥方が混乱するのを避けるためだ。


「やあ! 二人とも、心の準備はできてるかい?」

 そこに小走りにやってきたのは、ロンド家当主でアデルの父とされる、フィーネにとっては叔父にあたる人物だ。


 ふくよかな顔と身体、柔らかな物腰と笑顔で、いつも周りを和ませてくれる。

(言われてみればこの二人、顔は似てないけど雰囲気は凄く似てるのよね……)


 ぷくぷくほわほわなロンド家の叔父。

 ふわふわヘラヘラなアデル。

 血は争えない。


 叔父はニコニコと話し出す。

「妻には、今日に向けて少しずつ説明してきたよ。彼女、最初は信じられなかったようだけど、今はとても落ち着いていて、君達に会えるのを楽しみにしてるよ」


「あ……はい……」

「アデル?」

 アデルにしては返事の歯切れが悪く、フィーネは心配になった。


「大丈夫かい?」

 ロンド家の叔父に尋ねられたアデルは、視線を床に落とした。

「すみません。今になって少し……怖くなってしまって。ダメだなぁ僕は」


 アデルはヘラっと笑うが、手に持った花束は震えていた。

(らしくないわ)

 フィーネはアデルの指に手を添えた。


「自信を持って。貴方は貴方のままで大丈夫。お母様は、貴方がいなくなった事に耐えられなかった方なのよ。そんなお方なら、どんな貴方でも受け入れてくださるわ」


 ロンド家の叔父はアデルの肩を叩く。


「そうだよ。僕の奥さんはとーっても優しい人なんだ。それに君に会えて僕は涙が出るほど嬉しかった。亡くしたと思っていた子供が生きていたんだから。きっと妻も喜ぶよ」


「旦那様、奥様がお呼びです」

 使用人の声に、叔父は頷く。

「先に行ってるよ」

 二人きりになると、アデルはフィーネの手を握った。


「フィーネ様。頑張るために、抱きしめていいですか?」

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