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ノスタルジア〜白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲〜(新版)  作者: 藤咲紫亜


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エピローグ

 20年を目処に、とされていたソリスト皇子が提案した元老院の解散は、バイエル皇帝に引き継がれ何の混乱も無く行われた。

 元老院という名は改められ、国民議会と称された。


 現在では階級に問わず、各種試験と皇帝による面接で能力を査定されて議員となる。


 ソリストとバイエルの努力の結果、皇帝の権力は強固なままに、見識のある国民達の意見を政治に取り入れられるようになり、議会は以前と比べて随分と風通しがよくなった。


 そんな中、皇宮の庭で、白銀の髪と瞳が神秘的な皇后はぼやいていた。

「あぁ……可愛くなくなっちゃったものだわ」


 遠くでメイド達に笑顔を向けてきゃあきゃあ言われているのは、今年で15歳になる長男のシンフォニー皇太子だ。

「お願いスウィング。貴方はあんな風にならないで」


 ぎゅうっ、と抱きしめると、第二皇子のスウィングからは太陽の匂いがした。

 今日は良い天気だ。

「お義姉様。そんなこと言うとシンフォニー殿下が可哀想ですわ」


 横に居るフィーネが慌てたように言った。

「そもそも、シンフォニー殿下の何がそんなに可愛くないんですの? あんなに素敵な殿方におなりになったのに」


 シンフォニーもスウィングも、シルキー譲りの甘く繊細な顔立ちだ。

「中身がアルザスのお母様にそっくりなのよ」

 シルキーはげっそりとした様子で言った。


 待望の皇子であり初孫であるシンフォニーが生まれた時、シルキーの母であるアルザスの奥方は大層喜んだ。

 そしてシンフォニーの養育を率先して行ってしまった。


 当時はよんどころない事情があったのだが、まさか、ここまで母に似るとは思ってなかったのである。教育は偉大だ。


「駆け引き上手で、手抜き上手で、人を使うのが上手くて、何よりあの何を企んでるか分からない笑顔! お母様に似たとしか考えられないわ。髪の色までそっくりよ」


 フィーネはちらり、とスウィングを見た。

 スウィングの蜜のような金髪と海のように深い青色の瞳は、間違いなく父親のバイエル譲りだ。

「お義姉様……スウィング殿下の方が、バイエル兄様に似ていて可愛く見えますの?」


「そっ……そんな事言ってないわ。私はただ、あの歳で処世術を身に付けてるシンフォニーが心配になるだけよ。まだ子どもで居ていいのに、早く大人になってしまったような感じ」


 フィーネは「ふうん……」と興味深そうにシンフォニーを眺めていたが、屋敷の方から娘を連れた夫がニコニコして近づいてきているのに気付くと、シルキーに軽くお辞儀をしてそちらに歩いていった。


 スウィングもシャルローナに気付いてパッと笑顔を浮かべる。

「母様、僕もシャルルと遊んでいい?」


 シルキーが「いいわよ」と答えるのが早いか、スウィングは風のようにそちらに飛んでいった。

 スウィングのすばしっこさは、どうやら自分似のようだとシルキーは思う。


 フィーネの娘のシャルローナは、フィーネによく似ている。

 燃えるような赤い髪に、幼いながら皇女のような誇り高さを備えている。


 顔立ちは両親の良い所ばかりをゆずり受けたようで、彫が深く睫は扇のようで、シルキーも見惚れそうになるほど美しい。

 瞳の色だけが完全に父親譲りで、透明な水に墨を一滴落としたような、透き通った灰色をしている。


 フィーネの夫君の愛妻家ぶりは、彼と実際会っている身内の中では有名だったが、娘が生まれた瞬間に娘の方にメロメロになってしまったとフィーネは少し不満そうに言っていた。


 フィーネとて娘を愛している。だがその娘への愛と、夫への愛の狭間で悩むことも多いのだそうだ。

 その様子を見ていると、『娘が居ない自分はもしかしたら幸せ?』と思ってしまうシルキーだった。


 バイエルは変わらない。

 そっけないかと思えば、いきなり「可愛い」と言ってきたりする。

(今日は結婚記念日なんだけど)


 彼は皇宮には居ない。

 酷い干ばつ被害のあった地方へ、慰問と視察をしに行った。

 わがままは言えない。

 彼は今や、第二皇子時代とは比べ物にならない数の人々を守っている。


 帝国民全員が、万が一のときは彼に救いを求めるのだ。

「皇后殿下」

 第二皇子邸で筆頭執事として働いていた老執事が、シルキーに声をかけた。


 彼は現在では皇宮で、皇帝と皇后の身の回りの世話をしてくれている。

「何?」

「陛下から、花束が届いております」


 シルキーの手に渡されたのは、大きな赤いカーネーションの花束だった。

 一つ一つの花が、中心に向って花びらの紅が深くなっている様が美しい。


 上質な布でできた繊細なドレスのようなこの花が、いつのまにか大好きになっている自分に気付く。

 思い切り花の香りを吸い込んだ。鼻の奥が少しツンとする。


「ありがとう。部屋に飾ってくれる?」

 執事に花束を返してその背中を見送ると、シルキーは首元を飾るチョーカーに触れて呟いた。

「忘れてないわ」


 何一つも。


 この花に触れるたび、ソリスト皇子の結婚式の鐘の音が、薔薇の香りが、ずぶ濡れのバイエルが、少女だった頃のフィーネが、アデルの笑顔が、バイエルに初めて抱きしめられた時の、心臓を掴まれたような痛みが―――現実のもののように蘇る。


 これからも、この花とともに、何度も、苦くくすぐったい日々に思いを馳せながら、新しい思い出を刻んでいくのだろう。


 いつか幼い皇子達と共に過ごした日々も、少し寂しいような胸の痛みとともに、でもやはり幸せだったと思い返す日が来るのだろうと考えると楽しかった。

「楽しそうだな」

「楽しいわ。幸せだもの。

 ……………………………バイエル!?」


 遠方に慰問に行っていたはずの夫が横に居るのを見て、シルキーは仰天した。

 藍色の瞳をいたずらっぽくきらめかせて、夫はかすかに笑った。


「寂しい思いをさせているんじゃないかと思って急いで帰ってきたが……心配なかったようだな。また後で」

「寂しいわ! 寂しい。一緒に居て」


 バイエルは顔を背けて吹き出すのを堪えた後、「そういう所は、嫌いじゃない」と目を細めて言った。

 フィーネの首のチョーカーに気付いたバイエルは、その赤い花に触れる。


「『のら』でいたかったか?」

 囁くようなその声は、風にかき消された。

 シルキーは目をぱちくりする。

「はい?」

「いや、なんでもない」


 ポンポン、とシルキーの頭に軽く触れると、バイエルはシンフォニーの方へ歩いていった。

 バイエルから名を呼ばれたのだろう。驚いたシンフォニーが読んでいた本から顔を上げ、しかしすぐにほっと表情を緩めてバイエルと会話を始めた。


 バイエルに気付いたスウィングとシャルローナが走り寄ってくる。

 スウィングとシャルローナを交互に抱え上げてやると、バイエルは小さなシャルローナを抱えたままシルキーを振り返った。


 いつも冷静に全てのものを映す藍色の双眸が、彼自身も無意識なのだろう、とろけるように柔らかく細められる。

「シルキー」


 世界に光が満ち溢れているようだ。

 どうしよう。

 この瞬間が大切でどうしようもなく愛おしくて、胸が苦しい。


 シルキーは、この時間が止まってしまえばいいのに、と思いながら、微笑んでゆっくり家族の元へ歩んでいった。

最後までお読みいただきありがとうございました!『白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲』はこちらで終わりですが、アデルとフィーネが主役の番外編を続けて公開予定です。

よろしければもうしばらくお付き合いください。

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