第3話 元老院との戦い方
オルヴェル帝国には、皇帝の後継者の承認や皇帝に陳情などをする機関が存在する。
元老院だ。
元老院の議員達は世襲制で、全て貴族で構成されている。
時代によっては皇帝よりも強くなってしまう元老院の権力。
オルヴェルの歴代皇帝達は今まで何度も元老院に手を焼いてきた。
その元老院議会に、父帝の名代として皇太子のソリストは出席していた。
渡された書類に目を通し、ソリストは優美な眉をひそめた。
その藍色の瞳が冷たい光を帯びる。
議事進行係である執政官の甲高い声が議場に響いた。
「では次に、ナランテ地方領主モロウ侯爵よりお話がございます」
(モロウ……か)
ソリストは表情を変えないまま、頭の片隅に記憶しておく。
杖をついてソリストの前まで歩いてきたのは、白髪を綺麗に撫で付けた老侯爵だった。
見た目が老人らしい割には、杖がなくてもしっかりと歩くし、瞳はギラギラとしている。
上座に座っているオルヴェル帝国の皇太子であるソリストに最敬礼をした後、彼は口を開いた。
「皆様、お手元の書類をご覧ください。お気づきのかたもいらっしゃるとは思いますが、皇帝陛下のご令弟様が御当主をお務めになられるロンド家を始め、昨今、跡継ぎであるご子息をお持ちにならぬ皇族方が増え、皇族全体の少子高齢化が進んでおります」
南方独特のなまりのある侯爵は、ふんふんと鼻息も荒く言葉を繋ぐ。
ざわめく貴族達の中には、数人、顔色を変えない人間が居た。
いずれも元老院において発言力のある貴族達だ。
ソリストはその人物達を覚えておく。
「そこで本日は、この皇族の減少問題について提案いたします。オルヴェルの末永い発展と安寧を考えますと……」
モロウ侯爵は垂れ下がった白い眉の奥からソリストを見据えて、しわがれた声をはりあげた。
「ただちに、これまでの女性皇族の婚姻による皇籍離脱を廃止し、女系皇族ならびに女帝を認める法律を作るべきでございます」
自分の3倍ほど長く生きていそうな侯爵を悠然と見下ろしたまま、ソリストは机に肘をつき、長い指を組んだ。
「ただちに、との事だが、男系男子に限られた皇位継承の長い歴史を考えると、この件については十分な検討が必要だと考える。幸いなことに、私もバイエルも健康で、それぞれの婚儀も近い。2、30年の猶予はあろう」
ソリストの声が全体に響きわたる。
モロウ侯爵は眉を上げ目を光らせた。
「しかしながら、お二人の皇子殿下の身に万一のことが起きた場合は、いかがなさるおつもりでしょうや?」
ソリストは、モロウ侯爵にだけ聞こえる程度の声で何気なく呟いた。
「異なこと。そうなってほしいかのように聞こえるものだな」
この言葉にモロウ侯爵は、ソリストを見上げる目つきを厳しくしただけに留めた。
皇帝の席に座る青年は貴族達に目を向け、「覚えておくように」とよく通る声で言った。
「皇位継承に関する問題は、今後、定期的に討議する時間を『私のほうで』決める。以上だ」
「皇太子殿下!」
モロウ侯爵の焦ったような叫びに、「侯爵」とたしなめるように声をかけた後、
「我ら皇族とて人間。ほまれ高い元老院が相手とはいえ、他者のこだわりや正義感に振り回されたくない部分もある。理解せよ」
ソリストは最後に余裕のある笑みを添えた。