第37話 夢の終わり
フィーネが小高い丘の上にある屋敷に着く頃には、空腹と脱水症状と疲れが極限に達していて、よろよろと色んなものを支えに歩いているような状態だった。
途中、門番が倒れていたのは、恐らく次兄が蹴散らしたのだろう。
ようやくたどり着いた屋敷の玄関の扉を開けて、フィーネは小さく悲鳴をあげた。
奥の大きな階段にもたれるように、灰色の髪の青年が倒れている。
おびただしい血が彼を中心に広がり、階段を伝っていた。
「アデル!!」
フィーネが疲れも何もかも忘れて駆け寄ると、アデルはうっすらと瞳を開いた。
「フィーネ様……どこに、行ってたんですか? 心配したんですよ……夕食も食べないで、綺麗な髪まで……」
げほ、とアデルが咳をすると、唇の端から新たな血が溢れてくる。
「もういいの、分かったわ。ごめんなさいアデル……!」
美しく整った顔をくしゃくしゃに歪めて、フィーネは祈るように両手を握り合わせた。
アデルはへら、と笑うと、そのフィーネの手の上に自分の手を重ねる。
「外は寒く、なかったですか? ……ふふ、ドレスに葉っぱが……沢山ついてますよ」
「アデル……!!」
フィーネはついに堪えられず、ポロポロと涙を零した。
「ご存知でしたか? 赤と白の薔薇の花言葉……他にも、贈りたい花は沢山あったんです……」
アデルは最後に、大人びた優しい微笑みをフィーネに向けた。
「もっと一緒に、居たかった……」
地面に引き寄せられていく彼の手に、つらそうに閉じられた彼のまぶたに、フィーネは混乱した。
手の震えが止まらない。
耳の奥で心臓の音がどくどくと聞こえている。
涙のせいだけじゃない。視界が灰色のヴェールに包まれたように、あらゆる光が遠く弱く感じられた。
世界が水底に沈んでしまったようだ。
「アデル……」
笑って。
床に落ちた手をすくい上げ、ぬくもりを求めるように何度も撫でる。
でも彼の手は前のように“大丈夫”と握り返してはくれなかった。
どうすればよかったのか。
まるで何も考えられない。
考えられないのに、頭が胸の痛みを紛らわせるために何かを考えようとしているのを感じた。
明日もこの屋敷で朝を迎え、枕元には摘んだばかりの薔薇が。
いや、もう二度とそんな朝は来ないのだ。
誰かが歩み寄ってくる気配を感じた。
それが誰なのかフィーネにはすぐに分かった。
「……バイエル兄様……」
「加減ができなかった……すまない」
フィーネはふら、と立ち上がると振り返り、兄にしがみつくようにして慟哭した。




