第33話 助け
白いコック帽を被ったアデルに、シナモンを振りかけられてオーブンで焼かれる夢を見た。
(………………悪夢だわ………………)
お菓子作りが得意だなんていうから!とブツブツ呟きながら身を起こすと、葉の間を縫って差し込んでくる朝日の眩しさに気付いた。
酷く空腹なことを思い出す。
とにかく、町の出入り口から道なりに歩いて行けば、そのうち別の町にも着くだろう。
だが、そこから先は?
貴族に助けを求めるのは危険だ。相手が敵か味方か分からない。
皇族の直轄領に向かおうにも、ここがどこかも分からなければ手段も無い。
何も食べずに居るのも、いつまで耐えられるか分からない。
絶望に打ちひしがれながらフィーネが街道に出ようとすると、遠くから馬の蹄の音がしてきた。
よほど遠くから飛ばしてきたのだろう。馬がかなりバテている様子が遠目でも分かった。
フィーネは、敵側の貴族だったらいけない、と茂みに身を潜める。
だがフィーネは、物凄い速さで町に近づいてきた馬に乗っている人物の顔を認めて驚いた。
「バイエル兄様……!?」
かすれたその声は蹄の音によって打ち消され、矢のような勢いで走り去っていった兄には届かなかった。
馬が立てていった土ぼこりにむせながら、フィーネは信じられないという顔で馬と兄の背中を見ていた。
(どうしてバイエル兄様がここに……?)
そしてハッとする。兄の腰に差されていた剣。
次兄は自分を助けにきたのだ。
だが次兄が自ら、従者も連れずに駆けてくるとは尋常ではない。
向かう先はアデルがいる屋敷だ。
次兄は恐らく、どこかから自分の居場所の情報を得て、馬を飛ばしてきてくれたのだ。
嬉しさがこみ上げる寸前、ひやりと背筋に冷たいものを感じた。
兄が屋敷へ乗り込めば、どうなる?
次兄が武術に打ち込む所を、フィーネは見たことが無い。
でも長兄は以前フィーネに、次兄と本気で剣を交えたら負けるかもしれないと漏らしたことがあった。
文武ともに優れた才能を持つと謳われる長兄。
その長兄と互角に戦える能力がもし次兄にあるなら、『彼』が敵う訳が無い。
呼吸を忘れ、フィーネは震える足を屋敷の方に数歩進めた。
(何を、ぼうっとしているの……!!)
心の中で自分に喝を入れると、フィーネは眼差しをぐっと上げた。
邪魔になるショールを頭からはぎ取り、捨てる。
見事だと周囲に褒めそやされていた紅い髪は、昨日までは腰まであったが、今は肩口までしかない。
そんなもの構わない。
深く息を吐き出し、再び吸い込むと、フィーネは屋敷に向かって全力で走り出した。
(間に合って)
今の今まで、頑なに気づかないふりをしていた自分に腹が立った。
永遠なんてものはないのに。大事な存在はそばで守らなければいけないのに。
言葉にして、態度にして、行動にして、伝えなければいけないのに。
(……伝えてくれていたのに)
笑顔で、言葉で、薔薇で。
(ごめんなさい)
もっと素直になるから。
(私も正直に伝えるから)
走るフィーネの瞳に涙が滲む。
(間に合って———!!)




