第31話 鳥籠の鳥は花に酔えない
怒りと、悲しみと、不安とで、ぐちゃぐちゃになった。
アデルを睨んだつもりが、気付けば涙がこみあげてきていて、それをアデルに見られるのが恥ずかしくて、悔しくて、涙を振り切るように駆け出した。
その夜もアデルは夕食を運びにきたけれど、寝たふりを貫いた。
翌朝フィーネが目覚めると、枕元に恒例の摘みたての薔薇が置かれていた。
しかし、いつもと違う薔薇だった。
いつもならば赤い薔薇が一輪置かれているのが、その日は白い薔薇も添えてあった。
(赤い薔薇と、白い薔薇……)
寝起きの頭にかぐわしい香りが柔らかな刺激を与えてくる。
ふと、白い薔薇が好きだと言ったアデルの顔が浮かんだ。
(……分かっててやってるのかしら)
赤い薔薇の花言葉は、『情熱』、『貴方を愛する』。
白い薔薇の花言葉は、『純潔』、『清純』。
だがこの二種類の薔薇を合わせると、別の花言葉が生まれる。
『結婚してください』
フィーネは枕に顔を埋めて、長く息を吐いた。
分かってないに違いない。
(単に、赤い薔薇は私が好きだから、白い薔薇は自分が好きだから、みたいな理由だわ)
この二つの薔薇に彼が込めたメッセージがあったとしても、よくて赤薔薇と白薔薇を自分達に見立てた
「仲直りしましょうよー」程度の意味しかないだろう。
だがフィーネは、この薔薇を無視して寝たふりを続けた。
そうだ。どうせクーデターが起きるのを知っていたって、自分にできることは何もない。
兄達がクーデターを鎮圧して、助けに来てくれるのを待つしかないのだ。
不甲斐ない気持ちもあったが、果報は寝て待つのが最善な気もした。
そうして5日間、毎朝、赤薔薇と白薔薇が枕元に置かれた。
例の日の朝はたぬき寝入りで過ごしたが、その日の昼、フィーネはあることに気付いた。
窓から見える庭園で、複数の人間が草むしりや剪定作業をしていた。
藍色の瞳が大きく見開かれた。
この屋敷の警備は、緩い。
アデルと少ない使用人達の目さえ潜り抜けることができれば、きっと脱走も可能だ。
フィーネは護身用の小さなナイフを懐から取り出すと、鏡の前に立った。




