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ノスタルジア〜白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲〜(新版)  作者: 藤咲紫亜


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第29話 戦乱の気配

 第二皇子邸、バイエルの書斎。

 早朝、オリヴィアと名乗っていた女、クロエの死を知っても、バイエルは「そうか」とかすれた声で呟いただけだった。


 一瞬だけ下に落ちた視線が、再び卓の上の地図に戻される。

 『シナモンの香りのする場所』と彼女は言った。

 帝国南部にある、フローレという小さな町がシナモンの特産地として有名だ。


 バイエルは兄が注意すべきと言っていた貴族の名前を一つずつ思い出す。

(今は、フローレの町はモロウ侯爵の領地のはずだ)

 要注意貴族の中心人物であるモロウ侯爵の領地は広く、屋敷も沢山ある。


 だがフローレのモロウの屋敷は、こじんまりとしたものが一つあるだけだ。

 バイエルは心の中でクロエに感謝した。


 『シナモン』というキーワードが無ければ、無数にあるモロウや他の貴族達の屋敷をしらみつぶしに探すことになっていたかもしれない。

 ここに、妹のフィーネは幽閉されている。

 そして恐らく、『彼』も居る。


 バイエルは兄に手紙をしたためると、早急に届けるようにと言って老執事に渡し、剣を腰のベルトに差した。

「フローレに向かう。すぐに馬を用意しろ。シルキーには、しばらく留守にすると」

「かしこまりました、殿下」


「屋敷の警護は出来る限り固めろ。万一のことがあれば、シルキーを連れて皇宮に逃げ込め」

 皇宮ヴェン・フェルージュ宮殿ならば兄のソリストが守ってくれる。


 バイエルは、シルキーの身の安全を護ってくれるよう手紙に書いていた。

「殿下、護衛をお連れください」

 老執事の言葉に、バイエルは頭を小さく横に振った。


「この屋敷を護る兵の数を減らすのが惜しい。安心しろ。敵もフローレの方に手勢は割けないはずだ」

 今から早馬で向かえば、フローレに着くのは5日後だ。


 同じく5日後、兄は元老院の定例議会でモロウ侯爵と戦うことになっている。

 敵が何かをしかけてくるなら、このタイミングだった。


 国を二分する戦いが起きた時、皇帝につくと思われる貴族達も、皇太子である兄も、議会に出席していてすぐに動けない時を突いてくるだろう。


 議会中に危急の事態に陥った場合は、自由に動けるバイエルが軍の指揮を執るはずだった。


 だが皇女フィーネが敵の手に堕ちたままで戦いを進めるのは、フィーネの身に危険が及びかねない。

 ことをより楽に進めるためにも、フィーネの居場所が分かったのなら、すぐにでも取り戻しておかねばならなかった。


 バイエルはシルキーに言付け以外の何も残さず、フローレに向かって馬で駆けた。

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