第27話 アデルとの時
フィーネが見知らぬ屋敷で迎えた二日目の朝にも、枕元に摘まれたばかりの赤い薔薇が置いてあった。
翌日も、その翌々日も、毎日、欠かさず摘みたての薔薇の献上は続いた。
「フィーネ様」
この男の訪問も続いている。
朝、昼、夜の食事を持ってきては、何度もめげることなくフィーネに話しかける。
フィーネはと言えば、アデルが居る間は寝台で狸寝入りをし、居なくなってからこっそり食事を頂いていた。
『今寝てますんでほっといてください』という態度を貫き通そうとするフィーネに、アデルはある日、少し近づいてきた。
耳の辺りで囁かれる。
「最近、ぽっちゃりしてきたんじゃないですか?」
「なぁんですってぇぇぇ!?」
毛布を投げ捨てるようにして勢いよく身を起こしたフィーネに、アデルは灰色の瞳を細めてにっこりと笑った。
「冗談ですよ。そうならないように、散歩に行きましょうってば」
はっ、しまった。
乙女として聞き捨てならない単語に反応してしまった。
「あ……貴方! 今どんな状況か分かっていて!? のん気に散歩なんかしてる場合じゃ」
「のん気に寝てる場合でもないと思いますけど」
フィーネは言葉に詰まる。
この灰色の髪の青年は、たまに鋭いことを言う。
「よーく考えてください。フィーネ様の情報源は、ここでは僕くらいなんです。最大限、僕を利用するほうが賢いって思いません?」
子犬のように人畜無害そうな笑顔で、『利用』などと言ってみせる。
(この腹黒男)
フィーネは心の中で毒づいた。
人相の悪くなったフィーネを気にすることなく、アデルは部屋を出ると扉の隙間から顔を出してひらひらと手を振った。
「また後でお迎えにあがりますから。メイドさんに声をかけておきます。外に出る用意をして待っていてくださいね」
扉が閉められる音を聞きながら、フィーネはため息をついた。
気になっていることならある。
言いたい文句だって山ほどある。
枕元の薔薇が目に入り、乱暴に掴んでまた床に叩きつけようとし……フィーネはその手を止めて、ゆっくり下ろした。
(アデルは優しい)
彼から感じる気持ちの温かさに、フィーネはつい甘えてしまいそうになる。
頑なに閉じている心を開いて、彼に全てを委ねてしまえたら。
それともこの誘惑すらもアデルの作戦なのだろうか。
薔薇に視線を落とし、思いに沈む。
(お父様、お母様……ソリスト兄様、バイエル兄様)
心配をかけてしまっているであろう家族に、自分は無事だと伝えたい。
(弱気になったら、きっと誰かの思う壺だわ)
フィーネは残された気力で唇を引き結び、顔をあげた。




