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ノスタルジア〜白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲〜(新版)  作者: 藤咲紫亜


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第25話 クロエの死

 女はバイエルの去り際、振り絞るような声で「お待ち」と言った。

「まだあたしはあんたに一つ、質問することができる」

 女は卓に手をついて、バイエルをまっすぐに見る。


 不思議と、さっきまで女がまとっていた高飛車な雰囲気も屈託もはがれ落ちて、凛とした素の彼女がそこに立っている気がした。


 彼女は一瞬のためらいの後、言葉を紡いだ。

「あたしを屋敷に呼び出した夜。奥方が来なければ、あんたはあたしを抱いてたと思うかい?」

 バイエルは少しだけ考えてから、「最終手段としてならありえた」と答えた。


 心は既に、ここにはいない別の誰かに囚われていて、その誰かはバイエルの心を解放してくれそうにない。

 自分ではどうしようもないほど、“彼女”に強く惹きつけられている。

 それでもバイエルは、この帝国のためにその方法しかないのなら、心の通わない行為もしてしまうだろう。


 女はふきだして笑った。

 そうするとえくぼができて、本来のものであろう快活な雰囲気が彼女を包む。

「目的のために必要なら身体も売る、ね。あんたの根性、あたしとよく似てるよ」


 でも、と女は付け加えた。

「そうして傷つくのが自分だけだと思ってる未熟な男は、あたしは娼妓としても願い下げだね」

 ほだされなくて良かった、と女はぼやくように言う。

 バイエルは女の言葉の意図が分からず戸惑った。


「クロエ」

 バイエルは、自分がこの数日間、足跡を調べていた娘の名を呼んだ。

「オリヴィアよりもクロエという名前のほうが個人的には好きだ」


 クロエは視線を上にさまよわせて、困った様子で息を吐いた。

「ああ、もう。兄さんと違ってあんたは天然か。今後『好き』って言葉は奥さんの前だけで使いな」

「どうして」


「どうしてもさ。あんたの周りに居る女が、あたしみたいに男をよく知る賢い女ばかりとは限らないからね」

 女はさらに、「大事なことを訊き忘れてる。これはあたしからのプレゼントにしとくよ」とバイエルに言った。


「探し物はシナモンの香りのする場所に落ちているかもね」

 顔色を変えたバイエルを見て、女は再び声を出して笑った。

「なんて顔してんの。さ、もう帰りな。『色々』準備があるだろう」


 追い出すようにしてバイエルを部屋から出すと、扉を閉める直前、クロエは美しい顔を一瞬だけ翳らせた。

 彼女がどうしてその一瞬、ためらうような、悲しそうな表情を浮かべたのか……


 思いがけず『探し物』の情報を得たバイエルは、身をひるがえすと階段を駆け下り、宵闇の中馬車に飛び乗った。

 彼女の憂いの理由など、気に留める余裕も無いままに。


 翌日の朝早く、バイエルは側近から、オリヴィアという名の娼妓が毒を煽って死んだことを知らされた。

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