第22話 ヴァンス家
フィーネ皇女誘拐事件の翌日、ソリスト皇太子の命令により、ヴァンス家の一族全員に皇宮、ヴェン・フェルージュ宮殿への呼び出しがかかった。
遠方のヴァンス家の面々は、半月ほどかけて次々に入都し、ソリスト皇太子からじきじきに聴取を受けた。
だがフィーネの行方に関する手がかりどころか、男爵の長男のアデルの消息も、ソリストはつかめなかった。
アデルは数年前から家を出ており、ヴァンス男爵家の屋敷には住んでいないという。
どこに住んでいるのかと問いただしても、父親であるヴァンス男爵も、その夫人も、見当がつかないと言い張った。
実際、ヴァンス男爵家の両親とアデルが接触した記録は2,3年前までのものしか確認できなかった。
ヴァンス男爵は、最近の皇族の宴に息子が出席していたことも知らなかったという。
皇族が主催する晩餐会や舞踏会には、主催する家の主が出す招待状が必要となる。
ヴァンス男爵家は位こそ低いが歴史が長く、皇族は確かにヴァンス男爵とその家族に招待状を出していた。
だが男爵によると、ここ最近は体調がすぐれず、また、下級貴族の見苦しい姿を人目に晒したくないという気持ちもあって、丁重に出席を辞退する旨の手紙をしたためていたという。
皇族側にはその手紙が一通も届いていなかった。
(ヴァンス男爵の手紙を途中で握りつぶし、招待状を偽造した人間が居る)
ソリストにはおおよその見当はついていた。
———「息子は家を出るとき、『心配しなくていい』と繰り返していました。『友人の家に居候することになった』と言って……」
今にも倒れそうな顔色で、男爵はソリストの前で必死に言葉を繋いでいた。
フィーネのことを思えば、アデルの消息に関わらずヴァンス男爵家には厳罰を下したかった。
だが招待状が偽造されたとなると、そもそも『彼は本当にヴァンス家のアデルなのか』ということが怪しくなってくる。
ソリストが知る『アデル』の面差しは、男爵にも、男爵夫人にも似ていないように思われた。
フィーネがアデルにさらわれたというのも、ソリストが『フィーネとアデルが同時に消えた』という状況証拠から推測したに過ぎない。
フィーネを警護していた騎士達を襲ったのは黒い服を着た男達で、どこかの貴族の私兵のようだったという証言もある。
使用人も満足に雇うことのできないヴァンス家に、私兵など居る訳もない。
ここでヴァンス家を取り潰すのは簡単だが、敵は恐らくヴァンス家ではない。
ソリストはヴァンス家の者達を10日ほど皇都に留めたが、処分は保留にして領地の屋敷へ帰した。
フィーネが消えてから既にひと月が経つ。
優美な雰囲気の青年は、机の上に広がる書類を難しい顔で眺めた。
側近達の報告を待つしかないこの状況が、もどかしい。
☆☆☆
「……ぇ。……兄上」
近くで発された声に、ソリストはやや遅れて反応する。
バイエルが書斎に入ってきたことに気付かなかったようだ。
「バイエル。何か分かったことは?」
「兄上。もう何日寝ていないんですか。カトレア様が心配しています」
ソリストは淡く笑うと、「眠れないだけだよ」と答えた。
「じゃあ酒でも薬でも飲んで、とにかく寝てください。何なら付き合います」
「バイエル。最近性格が大雑把になってきたね。シルキーの影響かな? 良いことだ」
ソリストが浮かべた小さな微笑には、疲れが見えるものの華やかさは消えていない。
「全く良いことに聞こえないんですが」
「神経質で臆病で、小さなことにも傷ついてしまうよりは、少しくらい色々適当な方が周りも本人も幸せなことには違いないよ」
バイエルが言葉を返す前にソリストは椅子から立ち上がった。
「二人して飲んだくれてる場合じゃないね。今日はカトレアの所に帰ろう」
「カトレア様は……大丈夫ですか」
ソリストはバイエルの言葉の意味を察して、「あぁ、心配要らない」と返した。
「バイエルも、シルキーについていておやり」
ソリストは思い出したように、白い封筒をバイエルに渡した。
「これは?」
バイエルが問う。
「今朝、ヴァンス家の男爵夫人から届いた手紙だ。屋敷へ帰る道の途上で書いたらしい。目を通しておくといい」
「兄上」
二人で書斎から出る直前、バイエルは声をひそめて言った。
「南部の貴族達に動きありと報告を受けています。今夜は皇宮の警護をできるだけ固めておいてください。明日にも全軍の指揮を執っていただくことになるかもしれません」
ソリストは静かな瞳で「分かった」と短く答えた。




