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ノスタルジア〜白猫に惑う律動、紅薔薇に捧ぐ輪舞曲〜(新版)  作者: 藤咲紫亜


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第19話 ロンド家の叔父

「やぁソリスト。フーガは元気にしてるかい?」

 遊戯室で親しげに声をかけてきたのは、父の弟で皇族を構成する家の一つであるロンド家当主だった。


「ええ、叔父上。おかげさまで、叔父上から頂いたぬいぐるみを離そうとせずに毎日苦労しております」

 ソリストはくだけた笑みでふくよかな叔父に答える。


 子供の居ない叔父は、ソリストに息子のフーガが生まれてからというもの、何かと世話を焼きに皇宮に顔を出す。


 最近はフーガが言葉を話し始めたので、うちの子にならないかい? と冗談半分に勧誘する日々だ。

「僕にもフーガみたいな可愛い息子が居ればなぁ」

 ホクホクとしていつも幸せそうな叔父だが、子供の話になると悲しそうな表情をする。


 子供好きの叔父は自分の子供の誕生を非常に心待ちにしていたのだが、彼の妻が子を産むことは無かった。

「一度だけね、そうじゃないか、という話はあったんだよ」

 思い出しては繰り返し、叔父は語るのだ。


「名前をどうしようか、男の子だったら、女の子だったら、とあれこれ考えていた日々は、幸せだった」

 叔父は、夢見るような、涙ぐむような目で想いを馳せる。


「流れてしまったんだろうねぇ……きっと。僕があんまり楽しみにしていたから、妻は言い出せなかったんだと思うんだ。僕も長い間落ち込んでいて、伏せるようになった妻を支えてあげられなかった。情けないねぇ……」


 叔父の妻は、長い間自室に閉じこもっている。

 ソリストは幼い頃、叔母の部屋に一度だけ入ったことがあった。

 あれは、叔母が閉じこもるようになってまだ日が浅い頃。


 薄暗い部屋の中で、やせ細った婦人が使用人の若い女性に支えられ、ソリストの方を見ていた。

『奥様、ソリスト殿下がいらしてくださいましたよ』


 女性の声も聞こえているのか怪しいくらい、婦人の瞳に光は無く、その焦点はソリストのずっと後ろの方で結ばれているようだった。

『あぁ……』

 嘆くような、こぼすような言葉にならない声だけが、あのとき婦人の口から漏れ出た。


 物思いから現実に戻ってきたソリストは、沈んだ表情の叔父を見て、気遣うように尋ねた。

「叔母上には、その後お変わりは……?」

 この問いも何度口にしたか知れない。


「うん、変わりは無いよ。本当は良い意味で使うんだろうけどね」

 苦笑して返す叔父も変わらない。

 ソリストは意を決したように息を吸った。

「叔父上、お伝えしなければならないことが」


 ためらいがちに言葉を紡ぐ。

 この流れで出すべき話題ではない気もした。

「うん?」

 叔父のキョトンとした顔を見て、言ってしまうことに決めた。


 ここで話さずに居ても、どうせ知られることだ。

 ソリストは遊戯室のさわがしさに紛れて、他の者には聞こえない程度の声で言った。

「後日、正式に書面で知らせますが……フーガが、近いうちに兄になります」


 叔父は遠まわしに表現された言葉を飲み込むのにしばらくかかったが、その意味を理解するとパッと目を大きく見開いてソリストを見る。

「本当かい!? おめでたいことだ! これは大変だな、僕も何か用意しないと!」


 涙をにじませてソリストの両手を握ると、叔父は感動のままにぶんぶんと振る。

(どちらが父親なんだか分からないな)とソリストは小さく笑った。


 まるで自分は、他人の奥さんのおめでたを旦那さんに教えに来た医者のようだ。

 この叔父の素直さや人の良さに、ソリストはいつも敵わないと思う。


 恐らく自分は一生、彼を憎むことはできないだろう。

 握ったソリストの両手をポンポンと軽く叩いて、叔父は笑顔のまま羨ましそうに言った。

「ソリストは僕と違って卒がなくて気遣い上手だから、奥さんは幸せだね」


 ソリストはその時、不自然に軽く息を呑んで目を見張り、みるみる険しい表情に変わっていった。

「……いいえ」

 垣間見えた、頭の隅に引っかかっていたものの正体。


 ロンド家。伏せっている奥方。

 跡継ぎがいない家。

 何者かが意図して、跡継ぎを奪った可能性。


「何故もっと早く気付かなかったのかと……後悔をしています」

「ソリスト?」

「叔父上、申し訳ありませんが、今夜はこれにて」


 ソリストは驚いた様子の叔父に軽く頭を下げると、バイエルの方に向かった。

「バイエル、今すぐ確認したいことがある。別の部屋に」

 滅多に見せない切迫した顔の兄に、バイエルはただならぬものを感じた。

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