第18話 宵闇に隠された刃
遊戯室では、様々な身分の男達が談笑していた。
今は、オリヴィアという名の花街の美女が話題になっている。
「そろそろ潮時じゃないかな」
ソリストは男性達の輪から外れて部屋の隅でアデルの隣に座ると、彼の方は見もせず言った。
するとアデルは、誰かが自分の服に零したらしいワインの汚れを拭きながら、てへらっと笑う。
誰もが毒気を抜かれてしまう無防備な笑顔だ。
「僕は心も身体も丈夫なんで、これくらいどうってことありません」
「その程度で済むのも今のうちだけだ。僕に言わせればぬるすぎる」
優しげな声音なのに、ソリストの口調は酷薄だった。
「あはは……。そういえば殿下、懸案だった話は、どうなりましたー?」
まるで夕飯の献立を訊くように、アデルは尋ねた。
皇太子であるソリスト相手にそんな口を叩ける者は、日頃ソリストからもきつくいびられているアデルくらいだ。
いわゆる、被害者の特権である。
ソリストはそこで初めて、射抜くような目線でアデルを見た。
「何の話かな」
「えっと……なんでしたっけ。そうだ、女系皇族の話です。聞きましたよ、元老院で上手く受け流したって」
「フィーネは」
ソリストはアデルの言葉をさえぎるように冷たい声を発した。
「君のことが好きだとでも言ったかい?」
「え、いいえ。嫌いなら何度か」
「そうか」
すっと音もなく立ち上がると、ソリストはアデルを一瞥した。
「人を見る目が備わっている妹で安心したよ」
そのまま部屋の中心の賑わいに入っていくソリストの背中を、アデルはしばらく見つめていた。
その顔には先ほどまでの人懐こい表情はなく、何かを探るような暗く、刃のように鋭い感情が浮かびあがっていた。
夜風で酔いを覚ます振りをして窓際にたたずんでいたバイエルだけが、アデルの表情の変化に気付いていた。
☆☆☆
晩餐の準備と進行、そして最後の後片付けに追われていた老執事は、すれ違った新顔の召使いに声をかけた。
「奥様が『気分が悪い』とおっしゃるので、お水をお運びしております」
執事はふと考え込み、念のため侍医を待機させておくことにした。
「他に必要なものがないか、奥様にお伺いするのを忘れずに」
「はい」
執事は召使いの後姿を見送ると、皿の後片付けに広間と厨房を繋ぐ廊下を走り回る使用人の一人を呼び止めた。
「遊戯室のかたがたにお飲み物をお出ししなさい」
少しばかりの疲れが顔に出ていたが、その若い男の使用人は元気に返事をして駆けていった。
朝はまだ遠い。
筆頭執事の仕事は、招待客が帰るまで終わらないのだ。
老執事は広間の使用人達の様子を把握するため、背筋を伸ばして忙しそうに歩き出した。