第13話 ひだまりの中で撫でられて
柔らかく小さな身体で、しなやかな筋肉を使って好奇心のままにどこまでも跳び、駆け、上へと登る。
腕の中で完全に心を預けてくつろいでいると見せかけて、他に面白いものを見つけると、ためらわず飛び出していく。
何ものにも縛られない、追従しない小さな獣。
弟はのびのびと自由を謳歌する白い猫の姿が好きだった。
だから心配などしていなかった。
『あの』白の姫君を、弟のバイエルが嫌いな訳がない。
シルキーが天真爛漫で自由奔放であるほど、弟夫婦は安泰だと思った。
弟が距離を置いているとするなら、白猫を喪ったトラウマに縛られているからだ。
ソリストがシルキーを温室に呼び出した夜、温室の外から弟が見ているのを確認してシルキーに口付けをする振りをしたのは、それで弟がどう出るかを試すためだった。
悪い結果にはならないという確信はあった。
酒は付き合いで飲む程度の弟が、まさかヤケ酒に走るとは思わなかったが。
(少々やりすぎたか)
ソリストは苦笑を浮かべた。
荒療治は必要だった。
だがそのために、白の姫君は全くとばっちりばかり受けている。
酔った弟の相手をする羽目になっただろう彼女が気の毒に思えてきて、ソリストは心の中でシルキーに小さく詫びた。
☆☆☆
「奥様は御遠慮ください」
シルキーは申し訳なさそうな表情を浮かべた老執事にそう言われた後、バイエルの居る部屋に消えていく義妹フィーネを見送った。
その日は、まるで何事もなかったかのように過ぎた。
夜。
シルキーが寝台に入って長い時間が過ぎてから、寝台の反対側に入ってくるバイエルの気配を感じた。
今度会ったらきちんと話をしようと思っていたのに、すっかり夢の中に居たシルキーは、バイエルに気付いてむくりと上半身を起こしただけで、再びぱたりと倒れてしまった。
身を起こしたことでずれた掛け布が肩まで掛けなおされ、頭を撫でられる感触にシルキーは驚いた。
開きかけた目が睡魔によって閉ざされる間際にとらえたのは、藍色の瞳を細めた、シルキーが見たことのない夫の柔らかい表情だった。
胸の奥がきゅうっ、と締め付けられるように疼く。
(…………ずるい)
そんな表情、ずるい。
(『来るな』って言ってたのに……あんなに冷たい目で、私を拒んだのに)
頭を撫でるバイエルの手のひらは、ひたすら優しい。
胸のあたりが、ぽかぽかと暖かい。
今朝寝台の中で感じた胸の痛みが嘘のように、真綿でくるまれたようなぬくもりに包まれてシルキーは眠りに落ちた。
小さな小さな不安が夢の中で生まれた。
どうしてバイエルは昨晩、濡れていたのか。
何故、唐突に酒をあおったのか。
その理由が分かってしまった気がした。
けれどシルキーがやっと掴んだバイエルの気持ちは、朝の訪れとともに夢の中に封じられてしまった。