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プロローグ
白い猫が、おぼつかない足取りで自分に寄ってくる。
その目は焦点が合わず潤んで、口からはよだれを垂らしている。
それでも自分を見つけて、必死に駆けようとしては、足がもつれて転びそうになる。
昨日は上にピンと伸びていた尻尾も、今日は力なく地面に引きずられていた。
何かがおかしい。
ゾクリとした悪寒を感じて、走りよってそっと抱き上げる。
小さな柔らかい身体は震え、呼吸をするたびヒュウヒュウと苦しそうな音が漏れていた。
(どうして)
(どうすれば)
(だれか)
それまで感じたことのない恐怖と悲しみで、涙がぼろぼろと腕の中の猫の上にこぼれた。
乾ききった鼻の上に落ちた涙に気付いたのか、不快だったのか、ざらりと猫が鼻をなめた。
いつもしている仕草なのに、その瞬間、猫の身体は大きくけいれんした。
のけぞるようにして激しくもがいた後、甲高い悲鳴のような音を出して腕の中の猫が吐いたのは、赤い。
赤い、大量の血だった。
白猫は目を剥いたまま、それきり全く動かなかった。