告白は、突然に
「カラン」と扉の鈴が軽やかに鳴った。
顔を上げると、いつもの常連さんがまっすぐカウンターへ向かってくる。
「いらっしゃいませ、エマさん」
「ミアちゃん、昨日はありがとね。友達が『なにこれ可愛い〜!』って大喜びだったよ」
「ほんとですか? よかった……うわ、嬉しいです!」
思わず笑みがこぼれる。昨日、一緒に選んだのは、小さな押し花が散りばめられた春色のメッセージカードだった。
「今日は客じゃなくて悪いね。ちょいとミアちゃんとお喋りしたくなっちゃってさ!」
「ふふ、大歓迎ですよ。座ってください」
そう言ってカウンターの椅子を勧めると、エマさんは「じゃ、お言葉に甘えて」と言いながら、どっかり腰を下ろす。
「そうそう。ロビンがね、新作パンを焼くから、あとで持ってくるってさ。今回は焦がしバターのアーモンドロールだとか言って張り切ってんだよ」
「えっ、それは楽しみです!」
新作と聞いて思わず声のトーンが上がる。ロビンさんの焼くパンは本当にどれも絶品なのだ。
私はカウンターの下から客用ティーカップを取り出し、家から持ってきたポットで紅茶を注ぐ。それをエマさんの前にそっと置いた。
王都でパン屋を営むエマさんご夫婦は、うちのお得意様だ。店を開けて間もない頃、旦那さんのロビンさんが真っ赤な顔で、「喧嘩した妻に、手紙を渡したいんだが」と、この店を訪ねてきた。照れと不器用がごちゃ混ぜになったその相談に、私はつい張り切ってしまって、便箋選びから書き方まで、とことん付き合った。
その手紙にエマさんが感動してくれたのが、すべてのはじまりだった。それからというもの、エマさんはこうしてちょくちょく顔を出してくれるようになったし、「手紙の相談ができるお店」として、少しずつ噂も広がっている。
大繁盛……とはいかないけれど、少しずつ常連さんが増えて、店は穏やかに順調に、今日も営業中だ。
──ちなみに、店では「ミア」と名乗っている。最初はちょっと気恥ずかしかったけど、案外すぐに慣れた。サラによる変装は今日も完璧で、オープンから半年経った今も、誰にもバレた気配はない。
「あれ、こんなの置いたのかい? ほら、この『手紙の代筆・添削いたします』ってやつ」
エマさんがカウンターの上に置かれた小さな木のボードを、目ざとく指差す。
「ええ、最近ちょっとずつ増えてきたんですよ。そういうご相談」
「へえ、どんな手紙の相談をされるんだい?」
「ふふ。そうですね。やっぱり多いのは、恋のお手紙ですね」
「はーっ、みんな若いねぇ」
「エマさんもロビンさんにいかがですか?」
「よしとくれよ。あたしがそんなもん書いたら、次の日にゃ槍が降っちゃうわよ」
豪快に笑うエマさんにつられて、私も思わず声をあげて笑ってしまった。
そう、最近少しずつだけど、便箋や封筒だけじゃなく、「手紙の書き方」について相談されることが増えてきた。とくに多いのが、恋文の書き方。
あふれそうな気持ちを、どうやって言葉にしたら伝わるのか。そんなふうに悩んで訪れる人たちの、まっすぐな表情を見るたびに、自然と背筋が伸びる気がする。私はもともと、文章を書くことは好きだった。だからこそ、自分が役に立てるなら喜んで、と思う。
(……でも、まさか、こんなに需要があるなんてね)
カウンターに視線を戻すと、紅茶を飲み終えたエマさんが、にこにことカップを置いた。
「そうそう、こんどあたしの姪っ子が出産するんだよ。産まれたら、お祝いのプレゼントに添えるカードを買いに来るからさ、その時はまたよろしく頼むよ」
「わあ、それはおめでとうございます。ご来店、楽しみにしてますね」
「じゃ、今日はこのへんで。ミアちゃんのお仕事の邪魔しちゃ悪いからね」
そう言ってエマさんは、「よっこいしょ」と立ち上がる。私が扉まで見送ると、いつものように「また来るよ」と手を振って、白い石畳の通りを明るく歩いていった。
カラン。
鈴の音が、もう一度、店内にやさしく響いた。
(出産祝いかぁ……どんなデザインにしようかな。淡い色合いがいいかも。小さな動物の絵も可愛いよね)
* * *
午後になり、ちょうど客足もひと段落して、店内には穏やかでのんびりとした空気が漂っていた。
私はカウンターで封筒の整理をしているところだった。職人さんが一つひとつ手作業で仕上げた封筒は、どれも微妙に模様の入り方が異なっていて、便箋との組み合わせを考えるのがすごく楽しい。インクの染みがないかを確かめながら、ひとつずつ丁寧に手に取っていく。細かい作業だけれど、こういう時間は嫌いじゃない。むしろ、かなり好きだ。
──カラン。
鈴の音に、私はふっと顔を上げる。
(あ、ロビンさんかな?)
さっき、エマさんが「新作パンを持ってくる」って言ってたし……と、何気に入口を見やる。
けれどそこに立っていたのは、見覚えのない、ものすごく見目麗しい騎士様だった。
金色の髪が、午後の光をふわりとまとい、やさしく揺れている。柔らかそうなウェーブが額にさらりとかかり、その下の瞳は、思わず見惚れてしまいそうなほど澄んだ青。
すらりと引き締まった白い騎士服姿は、近づきがたいほど凛々しいのに……その顔立ちには、どこか少年のようなあどけなさが残っていた。
(……綺麗な人。まさか、お客さま……? いや、でも……)
店内をきょろきょろと見回していたその騎士様は、私と目が合った瞬間、ぱあっと笑顔になった。それはもう、花が咲いたように。
そして次の瞬間、彼は勢いよくカウンターに駆け寄ってきた。
「この店の店主さんって、あなたですか!?」
「えっ、あ……はい。ミアと申しますが……?」
「ミアさん!!」
きらきらと目を輝かせたその騎士様は、深呼吸するように一拍置き、
「あなたが、好きです!」
「…………は?」
「付き合ってください!!」
……え??
何を言われたのか、理解するまでに数秒かかった。カウンターの内側で固まる私をよそに、彼は嬉しそうににこにこと、こちらを見つめている。
初対面の、名も知らぬ騎士様が、満面の笑みで、いきなり愛の告白。
(な、なにごと!?!?)