終章
終章
数ヶ月後の、木枯らしが吹き始めた、冬の日の午後。
不動産屋「さとう企画」の事務所のドアが、カラン、と音を立てて開いた。 佐藤は、人懐こい笑顔で客を迎える。
「いらっしゃいませ!」
内見にやってきたのは、都会での仕事に疲れ、リモートワークで働く場所を探しているという、若い男性だった。その目は、希望よりも、諦めに近い色をしていた。佐藤は、彼が求める「静かで、安価な物件」に、完璧に合致する部屋を知っていた。
「いやあ、良い物件があるんですよ、お客さん。ちょうど、最近空いたばかりでしてね」
佐藤は、新しい内見者を連れて、コーポ・ソレイユの前に立った。
「こちらが201号室になります。前の入居者さんも、Webデザイナーの方でね。とても静かな方で、すぐに気に入っていただけたみたいですよ」
佐藤は、マニュアル通りの笑顔で、鍵を開ける。 部屋は、完璧にクリーニングされていた。真新しい壁紙が貼られ、あの忌まわしい染みも、剥がされた痕跡も、どこにもない。ただ、北向きの窓から差し込む冬の弱い光が、部屋を薄暗く、寒々と見せているだけだ。
「わあ、綺麗ですね……。静かだし、仕事に集中できそうだ」
男性は、部屋を見渡して、安堵のため息を漏らした。
その時、彼が手に持っていたスマートフォンの画面が、ふと光った。 SNSのタイムラインに、ターゲティング広告が流れてきている。
それは、おどろおどろしいデザインでありながら、なぜか目を引く、心霊特集サイトの広告だった。
『本当にあった呪いの部屋 ~都会の喧騒を離れたいあなたへ~』
洗練されたタイポグラフィと、見る者の不安を巧みに煽るレイアウト。それは、プロのデザイナーの仕事だと、一目で分かるものだった。
男性は、その広告に一瞬だけ目を留め、「うわ、不気味だな」と呟いたが、特に気にも留めずに、指でスワイプして次の投稿へと流してしまった。
佐藤は、その様子に気づくこともなく、にこやかに続ける。
「日当たりさえ気にされなければ、本当に掘り出し物ですよ。インターネットの回線も、高速なものが無料で使えますし。いかがですか?」
穏やかな時間が流れる。 呪いのサイクルは、また一つ、静かに、そして確実に、回り始めていた。
(了)