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聖霊 その7

私とお兄ちゃんは、約束の時間よりも30分早く駅前に到着したが、将生(まさき)さんと大倭(やまと)さんも、同じくらいに到着したようだった。

「早いな!」

八重歯の大倭さんがそう言って右手を上げ、将生さんは手を小さく振りながら私たちに歩み寄ってくる。

将生さんは画面越しに見るより、ずっと優しそうな空気を纏った人だった。大倭さんと将生さんは、お兄ちゃんと握手をすると、私の肩に注目した。

「見た感じ、白い人に見えるな」

大倭さんが言って、将生さんに意見を求めるように顔を向けた。

「それにしては、恥ずかしそうにしているけど。明確な意思があるのって、怨霊じゃないの?」

将生さんは私に近寄って、少し屈んで肩を観察する。

どきっとした。

思ったより背が高かったから?

それともむいかさんと付いている場所を、すっごくまじまじ見られたから?

お兄ちゃんより、ずっと大人っぽく見えたから、かも。

「さっそくだけど、彼女を発見した場所に案内してもらえるかな?呪いの気配が消えてしまわないうちに」

呪いという言葉に別の意味でドキッとしたが、すぐにむいかさんを繋いでいたあの鎖のことだろうと予測した。禍々(まがまが)しい雰囲気を感じていたから、呪いという言葉には納得だ。

むいかさんが荒々しい怨霊で、あの鎖があんな色じゃなかったら、怨霊を封じるものだと思ったかもしれないけど。

「夕方になる前に行きましょう」

お兄ちゃんのその言葉に、大倭さんが反応した。

「入場時間とかあるのか?」

「いえ、夕方以降は……昔から入るなと言われていますが、無人なので誰でも入れます。ただ、暗くて何も見えなくなるんです」

将生さんが納得したように頷く。

「まぁ、神社って木も多いしね。街灯の灯りも届きにくいんだね」

その言葉に私とお兄ちゃんは顔を見合わせた。

「見てもらった方が早いんじゃない?」

何かを言いかけていたお兄ちゃんを制して、行動を促す。

バスと徒歩で移動してまっすぐ神社に向かう。








「もしかしてその神社って、街灯が周りに全くないのか」

バスを降り、土道を歩きながら、大倭さんが辺りを物珍しそうに眺めている。

兄妹揃ってそれに頷く。

「舐めてました?わりと田舎なんですよ」

お兄ちゃんが自嘲的に言う。

だって、ここにだって街灯はない。

「参道や境内周辺はまだ大丈夫ですけど、奥はそろそろ暗くなり始めます。なるべく急ぎましょう」

先導しながら指差す先にある、いつもの鳥居。私とお兄ちゃんは、いつの間にか2人の間に挟まるようにして歩いていた。左から将生さん、私、お兄ちゃん、大倭さんだ。

「あ、誰かいる」

お兄ちゃんの声で鳥居を見た私は、その下から人が出てくるのを見た。鳥居を潜らず、端から出て来たように見える。遠いから絶対とは言い切れないし、それがダメってわけじゃないけど。自分なら絶対にしない事を非難する気持ちが湧き上がるが、口に出して言う事でもなく、代わりにお兄ちゃんに答えるようにして言った。

「珍しい。近所の人じゃないね」

「バックパッカーかな」

お兄ちゃんは警戒している時の声色で言う。不審者の目撃情報を思い出したのだろう。

鳥居の外に出てきたのは男だった。深々と神社に一礼をして、こちらに向かってくる。

「パワースポット巡りとか?」

一番右を歩いていた大倭さんはそう言って、左に寄ってきたので、将生さんは無言のまま後ろに下がる。私も一緒に下がり、将生さんの右側をキープした。

「こっちへ」

ふいに将生さんが私の左腕を掴み、少し強引に入れ替わった。私はドキドキしていたが、将生さんは入れ替わりが完了すると、私の右腕をしっかりと掴む。

車道で車から遠ざけてくれる彼氏みたいで、ちょっと嬉しかったが、隣からは緊張感が伝わってくる。

ニヤついた顔で歩く私、不審者かと警戒しているお兄ちゃん。大倭さんは歩きにくいのか下を見ていて、将生さんは気を張っている。

私の腕を掴む力が、また少し増した。

嬉しい気持ちなど飛んでしまい、私もまた緊張しながら男の様子をチラリと伺う。

男は大倭さんのように土道を見ながら歩いており、こちらに気がついていない。

徐々に近づいてきているが、不審者というような雰囲気でもなく、本当にパワースポット巡りの旅行者のようだ。ガイドブックらしきものを手に持っているし、普通の大学生くらいの男に見える。むいかさんから流れてきた映像の男とは、雰囲気が違う。

それでも念の為、むいかさんに目をむける。

白くなった彼女は男を見ていたが、特に何の反応もない。

自然と誰もが口を閉ざした。土を踏み締める音だけが辺りに響き、4人と1人の足音がすれ違う。

「はっ……」

すれ違った直後、将生さんから小さな声が漏れた。

どうしたのかと見上げる私に、何でもないとでも言うように首を振って微笑む将生さん。

気になって、通り過ぎていった男を振り返って確認する。

しかし男の方はこちらを気にする事なく、どんどん遠ざかって行く。

「着きました」

お兄ちゃんの声で、全員が鳥居の前で立ち止まる。

将生さんは私から手を離したが、驚くほど汗をかいていたようだ。誰もさっきの男の事を口に出さないので、私も切り替えようと鳥居を見上げる。

いつものように鳥居の前で一礼した。お兄ちゃんも一礼しているのを見て、2人は倣うようにして一礼し、全員一緒に足を踏み出した。

「こっちです」

私は神社の奥を指さして誘導するように歩く。

参道の端を歩きながら、私は後方になった将生さんを振り返って問いかける。

「さっきのあの人とすれ違った時、何か感じたんですか?」

すると将生さんは少し迷ったような顔で、隣の大倭さんを見た。視線に気づいた大倭さん。

「将生、何か聞こえたのか?」

「ん、いや。悲鳴が聞こえたような気がしただけで、一瞬だった。大倭が無反応だったから、空耳かも」

「おれ、見てない。だって、なんかみんなして下向いてたしさ。足元見てないと危ないのかと思ったんだよ」

私が不思議そうな顔をしていたのか、将生さんが簡単に説明してくれる。

「俺は耳が、大倭は目の方がいいんだ。雷太も大倭寄りで目の方が良さそうだよね。美卯ちゃんはどっちかな?」

そんな事考えた事もなかった。

どう答えようか迷っていると、狛犬が近い事に気がつく。私は一瞬迷ったが、やはりいつものようにその間を潜ろうとした。

しかし違和感に足を止める。

何か強烈に嫌な感じがして、数歩下がった。

「どうしたんだ?」

狛犬の向こうにお兄ちゃん。

うまく説明できないけど、どうしてか嫌で狛犬を迂回する。大倭さんと将生さんはそれに戸惑ったようだが、大倭さんはお兄ちゃんについて狛犬の間を通り、将生さんは私について迂回してくれた。

「保護膜?」

大倭さんがそう呟く。

「なんですか?」

お兄ちゃんが振り返って、大倭さんに聞いた。

「いや、なんかうっすら膜が見えたような。一瞬だったけど」

「保護ってのは?」

将生さんが不思議そうに聞く。

「なんか、守られてる感じがしたからさ。お前も通ってみたら?」

大倭さんに勧められた将生さんは、通り過ぎた狛犬を横目に参道に戻る。みんなが見守る中、慎重に足を出した。

狛犬を通り過ぎたが、誰の目にも何も映らない。

「あれ?おかしいな。おれは膜が見えたんだけど。一瞬だったけど、多分雷太にも」

「一度狛犬を通りすぎるとダメとか?これって(しゅ)の一種でしょ」

大倭さんの疑問に答えたのは、将生さんだった。私とお兄ちゃんは顔を見合わせて、互いに驚きを確認し合った。

「もしかすると……俺と美卯の遊びなんですけど。見えない糸を想定して、1の線と2の線で境界を跨ぐって遊びを、小さい頃してたんです。なんか、ふわって感じの抵抗があって、面白かったんだと思います。今はもう感じないですが鳥居と狛犬の間を潜るのはその時からの癖です。”しゅ”って何ですか?」

お兄ちゃんの疑問に答えたのは将生さんだ。

「雷太か美卯ちゃんが、知らないうちに張ったんじゃないかな。俺の予測では美卯ちゃんかな」

「え、私?」

うん、と頷く将生さん。

意外な事を言われて戸惑っていると、大倭さんが突然声をあげた。

「うわ!まだ陽が出てるのに奥の方、すっげぇ見えにくいんだな」

大倭さんが境内の裏側を指差す。

そうだった早く行かないと、視界が悪くなる。私たちは狛犬から離れ、神社の奥へと向かった。


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