聖霊 その24
「美卯ちゃん」
若月さんの気遣う様な声と、お兄ちゃんの背中をさする手が優しくて、ますます涙が溢れて来る。
「助かって安心するのは当然の事です。ご家族も心配していたでしょうし、恥じる必要なんてありませんよ」
冬香さんも優しい声音で言ってくれた。
「でも、私……」
後から後から涙が頬を伝う。
「体を見つけたらいいのか?」
優しい雰囲気をすっぱり切る様な礼さんの声。
「え?」
ぱたりと、不思議なほど瞬時に涙が止まる。目をぱちくりさせたので、溜まっていた雫がぽろりと落ちた。
「雷太の同級生だった女の体を探せばいいのか?それとも、あの白い霊体を戻したらいいのか」
「え……え。戻せる、の? 怨霊と一緒に消えたんじゃ……」
礼さんの顔を、これ以上ないってくらい目を見開いて眺めた。
「呪いも封印もない今、全員が自衛結界を張れないと、ここから出すことはできないが」
コトリ、と青い小箱がテーブルに置かれる。
「これは?」
なんだろうと箱をしげしげと眺める。
「シランス、でしたっけ?」
お兄ちゃんがそう言って礼さんを見て、次いで私に顔を向けて説明する。
「美卯も菖蒲と一緒にこれになってたんだぞ」
ぽかんとしてお兄ちゃん、礼さん、青い小箱を順に見た。
「切り離してこの形にした。解除すれば話せるだろうが、こちら側が自衛できないと穢れに触れて黒くなる可能性がある」
全員が自衛できないと、むいかさんを安心して出せない?
穢れてしまうから……?
無言で考えていると、礼さんから提案があった。
「体を探したいのなら協力するが、どうしたいんだ」
じっと青い小箱を見る。
「探したい。むいかさんの体を見つけて、ご両親に知らせてあげたい」
それで何かが変わる訳じゃない。失った命は戻らないけど、1つの答えとして終わらせたい。
私の勝手な思い込みかな?
それでも、私はむいかさんの為に何かしたいと思った。
「お願いできますか」
私は礼さんに体ごと向け、向かいあってじっとその目を見た。
「正式な依頼か?」
「はい」
ふっと笑う顔は、自信ありそうだ。
「私に出来ることならなんでもします。お金が必要なら、少しずつでもお支払いします。だから、むいかさんの体を探してください」
将生さんやお兄ちゃんが頑張ってくれて、今やっとここでこうしている。これ以上、お兄ちゃん達に迷惑かけられない。最後の望みを託すような気持ちで、じっとその目を見つめた。
「遺体を見つけても何も変わらないぞ。生き返らないし、親は現実をつきつけられて泣くだろう。誰も喜ばないかもしれないが、それでもやるか?」
もっともな意見だった。
そして、もう絶対生き返らない、諦めろと言われている様で悲しくなる。
「それでも、お願いします。だって、それが私達の願いだから」
普通に考えたら、残された人が次のステップに進むためには、むいかさんの死を受け入れなければいけない。
だから、遺体を探してご家族に伝えなきゃって、ずっと思ってた。
でも、本心は違ったんだ。
考えないようにしてたけど、受け入れなければならないのは、私とむいかさんだ。
私たちは心のどこかで淡く期待している。
まだどこかで体が生きてて、結界だとか封印だとかの力が働いてて、霊体と肉体が出会ったら元に戻るんじゃないかって。
だってそうでしょ?
死んだ後も意思の疎通ができるなんて普通じゃ考えられない。会話ができるのなら、そんな可能性だってあるんじゃないかと思ってしまった。
「わたしたち?」
聞き返す礼さんをまっすぐ見たまま答える。
「私もむいかさんも現実をちゃんと理解して受け入れないと。きっと心残りになる。戻るべき体が目の前にあってそれでも戻れないなら……戻れる様な状態じゃなかったら……そしたらようやく諦めがつくと思うんです」
礼さんは何も答えてくれなかった。もちろん若月さんも、冬香さんも無言のままだ。
痛いほどの沈黙の中、私の声だけが静かに響く。
「むいかさんが自分の体を見つけて、ご両親に伝えて、心残りがなくなったら、その時初めて次の事を考えられると思うんです。怨霊となって他の誰かの体を奪うのか、それを拒んで消滅するのか、どんな選択をするのか私には分かりません。でも、それを見届けないと、私も次に進めない気がして……」
自分でも何が言いたいのか分からないが、言葉がどんどん溢れてくる。
「友達の役に立ちたいって当たり前の事ですよね? それが生きた人じゃなくても、半年一緒に過ごした思い出があるから、私にとっては学校の友達以上の存在です」
どうやったら首を縦に振ってくれるんだろう。私は泣きそうな心境で、さらに言葉を重ねようとした。しかし、手を前に出した礼さんの動きで、口を開きかけたまま固まる。
それは、拒否の動作だ。
心臓がぎゅっと締め付けられるように感じた。
「最終決定は若月に委ねているから、交渉は若月としてくれ」
言いながら指差す礼さんにつられて、私は首をぐるっと若月さんに向ける。同じ事を言えばいいのだろうか、それとも、何か新しい事を……
「ところで若月。雷太の妹、怨霊抜きでも未桜くらいのレベルあると思うぞ」
私が言葉を選んでいると、礼さんからそんな言葉が飛んだ。
雷太の妹って……私のことだよね?
「ま!」
小さくそう言った若月さんの目の端が、キラリと光った様な気がした。何を言われているのか分からないまま固まっていると、礼さんの顔が冬香さんに向かう。
「冬香から見てどうだ?」
「はい。私も同意見です。少し調整が必要でしょうが、オーナー寄りの能力ですね」
冬香さんの言葉を受けた若月さんは、私の顔を見て独り言のように呟いた。
「あら、いいわね。香奈ちゃんくらいかと思っていたわ」
「それは雷太かな」
礼さんの声に、若月さんは再び小さく声を上げる。
「なかなかいいわね、あなた達」
そう言うと、若月さんは立ち上がってデスクの方へ向かった。なんだろうと目で追っていると、紙を持って戻って来る。私に手渡すと、椅子に座って言った。
「ご両親を説得して、この学校に入学するのが条件ってのはどう?」
私はポカンとして若月さんを見る。グレーの瞳が弓形に細くなった。
「箱根から藤沢なら、通えない距離じゃないでしょ?寮生活してもいいけど、それはどちらでもいいわ。来年開校なのよ」
「ら、来年?」
まだない学校なのか。紙に目を落とす。
【私立瓊樹学院高等学校 入学案内】
「今春創立予定よ。後1年ちょっとで高校でしょ?」
若月さんの問いかけに、呆気に取られたまま頷いた。
「同じクラスになれるといいですね」
嬉しそうに言う冬香さんを見て、特殊な学校なのかと思った。
「俺は行けても1年だけか……そこって、何が学べるんですか?」
お兄ちゃんが私の気持ちを代弁してくれるみたいに聞く。
「普通学科と併設して、美容学科を作ろうと思ってるの。理容はまだ検討中ね」
私はお兄ちゃんと顔を見合わせて、同じタイミングで答えてくれた若月さんに顔を向ける。
「えっと、それってつまり、特殊な学校ではなく? 普通の私立高校って事ですか」
「そのつもりよ。普通じゃない子も多く通うことになるだろうけど」
若月さんはそう言うと、冬香さんをちらりと見てから口を開く。
「あたし達、実家が見れる人ばかりの特殊な環境で育ってるの。世間ズレしてるのに、狭い世界でしか生きていない。そんな特殊な環境で生まれた子にも、もっと多くの選択肢があって、自由に人生を選べるって知ってもらいたいの。見えない子が何を思っているのか、他の見える子が自分とどう違うのか、何を幸せに感じて、何を望むのか」
冬香さんのために学校を作ったのだと言っているように聞こえた。もちろん、私の気のせいだろうけど。
「逆に美卯ちゃんみたいに、見えちゃうのに環境が整ってなくて危険な目にあう子にも、救済が必要でしょ? 同じ悩みを持つ仲間と出会い、正しい知識を身につける機会が必要なのよ。その点で言えば……」
若月さんがお兄ちゃんに顔を向ける。
「いい活動をしているわね。あなたはうちのシステム手伝わない?」
「え! お、俺ですか」
「アシスタントが欲しいって言われててね。副業かバイトだと思ってくれればいいの。ここまで通わなくてもいいわよ。自宅でできる範囲で手伝ってくれたら嬉しいわ」
突然の事にお兄ちゃんが動揺している。でも、満更でもなさそう。
「あの美卯さん」
動揺するお兄ちゃんと若月さんを見ていた私に、冬香さんが遠慮がちに口を開いた。
「は、はい!」
慌てて返事をすると、冬香さんに顔を向ける。
「もし、同じ学校に行くことになったら、友達になってくれますか」
不安げに、瞳を潤ませて聞いてくる冬香さん。
「も、もちろんです!」
こんな可愛い子がクラスにいたら、全員が好きになるに決まってる。きっと、私よりも仲の良い友達があっという間にできるだろう。そんな人から友達になって欲しいなんて言われて、拒否できるわけがない。
もしかして、私が高校で最初の友達?
「絶対に親を説得します」
私が妄想をしていると、お兄ちゃんが代わりに返事をしていた。慌てて頷き、同意を示す。
「それじゃあ、礼に一任して良いかしら。あの犯罪者絡みなんでしょう?」
「ああ、あいつの怨嗟は見ているし、警察とのやりとりも必要だから、オレが適任だろうな」
「これで、すべて解決しますね」
若月さんに次いで、礼さん、冬香さんが順に言い、私とお兄ちゃんは同じ顔の動きでそれを追った。
なんだか色んなことが次々に決まっていく。これって現実だろうかと、急に不安になった。
「じゃあ美卯ちゃん、お家にパンフレット送っておくわね」
ぼんやり考えを巡らせていた私は、若月さんの顔が向けられているのに気がついて、慌てて返事をする。
「お、お願いします」
「じゃ、決まりね!」
弾むような若月さんの声に次いで、礼さんからは脅しのよう言葉が飛んできた。
「すぐに見つけてやるから、妹は絶対に入学しろよ」
「は、はい」
私じゃなく、お兄ちゃんが慌てて返事をする。
「動きがあったら連絡する」
「お願いします」
お兄ちゃんが礼さんに返事をして、深く頭を下げた。私もそれに習って、同じくらい深々と頭を下げる。
その後、おいしい紅茶を飲み終えた私たちは、若月さんに車で新幹線駅まで連れて行ってもらい、兄妹だけで帰途へとついた。




