聖霊 その23
「美卯ちゃん、違うわよ。そんな悲しそうな顔をしないで」
私の考えている事がわかったのか、若月さんが優しく声をかけてくれた。
でも、何が違うんだろ?
疑問に思っていると、冬香さんが優しい笑顔で言う。
「彼女を解放したのが、あなたです。肉体がすでに活動を終えていたことは悲しいことですが、それはあなたのせいではありません」
「解……放……?」
私が小さく言うと、冬香さんはこくりと頷いた。
「自我を出せないほど、怨霊に支配されていたのです。きっと、本来は優しい性格の女性だったのでしょう。派手で取り巻きに囲まれることを愉悦するような性格の怨霊です。弱っている霊体や他の怨霊を取り込む事は、私から見れば殺人に等しい行為ですが、それを厭わない怨霊だったのです。経験もあり、力もあり、狡猾だったと思います。その怨霊をあなたの力が押さえ込んだ。だからここにきた時の彼女は、白くて無垢な魂の色をしていました」
冬香さんはそう言ってくれるが、私はむいかさんに何かをした自覚がない。
「黒い状態の時に、話しはしたか?」
これは礼さんからの質問。私は出会った時の事を思い出しながら答える。
「はい。泣いてて、すでに記憶がなかったので、助けて、くらいしか言ってませんでした」
「助けて、か。悔しがってなかったか?」
そう言われて、ふと思い出す。
「もしかしたら、言っていたかもしれません」
「あの怨霊、消える前にかなり悔しがっていたからな。オレには虫も殺せない本体と、殺人狂ほどの印象の違いなんだが」
「えっと……」
私は思い出そうと天井を見上げる。助けてと叫んでいた黒い女子高生。ひたすら謝る白いむいかさん。
「絶対とは言えないです。黒かった時間のほうが短いので。でも、確かに違う、かも……」
小さく頷いた礼さんは、紅茶を1口飲んでから言う。
「黒い鎖は別件で見ている。解呪もしたから性質は分かる。アレには力を封印するような性質があった。犯人の特技のようなモノだが、肉体を持たない霊体にはまあまあ効く。そこに結界が得意な妹の力が加わり、簡易的にも怨霊を封じたんだろう。魂が複数ある状態だと、一番新鮮で状態の良いものが前面に出てくるからな。ただ今まで乗っ取ってた奴だから、それを継続して封じ込めるには、それなりの能力が必要だ。相性がよかったんだろう、お前と”菖蒲むいか”の」
流れてきた強烈な映像を思い出す。
「あの鎖から、変なイメージが流れてきませんでしたか」
礼さんは紅茶の香りを嗅ぎながら答えてくれた。
「きた」
1口飲むとマグカップをテーブルに置き、冬香さんに微笑んで、
「美味いな」
と言ってから私に顔を向ける。
「犯人だが、あいつは霊体を引きずり出して殺した後、鎖で縛り付けて動けなくするというのを数人繰り返していた。霊体を野放しにしてたら、自分が取り憑かれる可能性があるからな。霊体をその場に縛り付けて、死体も可能であればその場に放置だった。最初の方は慎重に行動していたようだが、バレないと思って緩慢になったと聞いている。服にもこだわりがあって、多くの被害者がオフショルダーのニットを着せられてた。犠牲者は大学生が多かったが、菖蒲むいかに取り憑いたあの怨霊は、大人びて見せたいようだったから、簡単にひっかかったんだろう」
あれを思い出すと、心臓が苦しくなる。私は胸元の服をぎゅっと握って背を丸めた。
「あのイメージが流れてきたのなら、中学生にはキツかっただろう」
同情か哀れみか、感情の読み取れない礼さんが私にそう言う。それでも情報を共有している人がいるだけで、救われるような気持ちが芽生える。
私は胸元でぎゅっと拳を握る。しかし、ふと疑問が生まれて力を抜いた。
「詳しい、ですね」
オフショルダーとか私は知らない。むいかさんは制服だったけど、ひょっとして殺された時の服がそうだったのかな。
「あぁ、まあな」
そう呟いた礼さんは足を組んで、膝に自分の腕を置いた。頬杖を着くと溜息混じりに言う。
「最後の犠牲者を発見したのがオレだからな。一応他の犠牲者も追跡調査してた。”菖蒲むいか”の存在は取りこぼしていたようだが」
「「え!」」
私と一緒にお兄ちゃんも驚きの声を上げた。
「うちへの依頼だったのよ。犯人を逮捕させたのも礼だしね」
「渋谷で殴られたのって、礼さんだったんですね」
お兄ちゃんがそう言って礼さんを見る。
頬杖をついたまま、礼さんは息を吐き出して嫌そうな顔で教えてくれた。
「殴られてねぇぞ。それっぽい逮捕の理由をこじつけただけで」
「あ、なるほど。でもそれなら、なんでそんな顔してるんですか?」
うんざりって感じかな。礼さんはまた1つ息を吐き出して答えた。
「最後の犠牲者がなかなか激しくてな。殺された時に無理に霊体を引き摺り出されて、縛り付けられていた。これはいわば呪いの一種だから、勝手に霊体が抜け出る朧や傀と違って、代謝して消える事も出来ない。死んだ時の恐怖に支配され、時がそこで止まっている人間が隣にいたらどう思う?」
問われた私とお兄ちゃんは顔を見合わせて、眉根を同時に寄せた。
必死に逃げるとか、抵抗するとか?
「ま、これからそんな奴をごまんと見るだろう。町田の廃墟から連れ出したオフショルダーの女は、恐怖の叫びと抵抗を続けていてな。ま、自分に保護をかけりゃあ問題はないが、たいして耳がよくないオレでもまあまあ煩かったよ。怨霊に昼夜は関係ないから、寝ていても喚くし嘆くし首まで絞めてくる。寝不足だし後味悪いし冬香は見失うしで、なかなか嫌な思い出だよ」
なんだかよく分からない理由も含まれていたけど、捕まったのが礼さんのおかげだったと知って少し胸がスッとした。
「あのお」
小さく手をあげたお兄ちゃんが礼さんに顔を向けている。
「美卯は怨霊を抑えこめる力を持っているって事ですか?」
礼さんはじっと私を見ると、う〜んと唸ってから言った。
「厳密には違うな。力の方向性は結界系だが、今回の事は妹の力と呪いの鎖の力、それに”菖蒲むいか”本来持っていた能力が、絶妙に混ざり合って怨霊の自我を封じた可能性が高い。でも完璧じゃなかったから、時々出てこようとしてたんじゃないのか」
はっとなって礼さんを見た。目が合ったので、大きく頷いてみせる。
「時々、怖い雰囲気の時がありました。意思の疎通ができない時によく感じていた事です。でも、この半年過ごしたむいかさんは、ほとんどが本来の姿だった……」
私はほっと息を吐き出すと、追加して言った。
「魂があっても白い人っているんですね」
礼さんがそれに答えてくれる。
「殺されているのに白いなんてのは、オレは始めて見る。古い文献に出てくるってレベルで稀だな。白く抜け出ても、人から生気を吸い取ると黒くなるし、植物に寄生する術を知らないと消滅するのも早い。人に憑いていて尚且つずっと白いってのは、奇跡的な事だ」
奇跡だったんだ。
「偶然の重なり方が奇跡だな。無意識に閉じ込めた怨霊が、未熟な結界の隙間から細々生気をと吸い取っていただけだろう。表に出ていた白い存在は、呪いと結界で縛られているから生気を必要としていない。さっきも言ったが、完璧な封印術ではなかったから、声も一緒に封じられたんだろう」
半年、少しずつ折り重なっていた不安が、ようやく消失した気がした。
ぽたりと手に何かが当たる。
「美卯」
頭にお兄ちゃんの手の感触。
「頑張ったな。帰ったら、将生さんと大和さんにも報告しよう。だから、泣くな」
そう言われて、ようやく自分が泣いている事に気がついた。
でも、どうして泣いているのか自分でも分からない。ただ、口が開くまま言葉を吐き出した。
「むいかさんの体を見つけられないまま、その存在を消してしまった。何もしてあげられないまま、助ける事もできなかった。それなのに、自分が助かって安心してるなんて……」
頭で考えるより先に、言葉が出てきたのが不思議だった。でも、そのおかげで自分の気持ちがわかった。あまりにも自分勝手な理由で泣いている。
最低だ……。




