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聖霊 その22

「ふうん、それは(れい)が特殊って事かしら」

「さあ」

「ふにゃ」

ふにゃ?

不思議な音に辺りを見回す。

「マイカ」

冬香(とうか)さんの声がしてそちらを見ると、金の猫がその膝に駆け上がってくる。

マイカと呼ばれた猫を抱き、撫でてながら2人のやりとりを見ていた冬香さんが、首を傾げ考えながら言う。

「魂をより強固に保護できているかどうかで、変わるのかもしれませんね」

「なるほど。その可能性は高そうね」

若月さんはゆるく曲げた人差し指を唇の下に当てて、考えながら返事をしている。

「みゃう」

甘えるように鼻を寄せる猫に、答えるように頬を寄せる冬香さん。絵になるとはこの事だ。

「可愛くて綺麗」

ぽつりと呟くと、嬉しそうに冬香さんが頷く。

「私もそう思います。良かったら撫でてあげてください」

マイカの両脇を持ったまま、冬香さんは私に金の猫を差し出す。可愛い猫と綺麗な人という意味で言ったのだが、わざわざ訂正する必要もない。私が手を伸ばすとマイカは大人しく私の胸元に移動してきた。マイカは動物特有の暖かさがなく、なんだかぬいぐるみを抱いているような不思議な感覚になる。それでもふわふわの毛並みを堪能しながら、他の人の会話を聞いていた。

(いさご)香奈(かな)で試してみれば? 墓タイプあたりで」

礼さんからの提案に、若月さんは頷いた。墓ってなんのことだろう?

「安全なラインを探さないといけないわね。少しずつ試していくけど、未知のものは礼にお願いするしかないわ。それで、さっき教室とか掃除道具入れとか言ってたけど、外からみた通りに中は学校だったの?」

若月さんの質問には、お兄ちゃんが答えた。

「俺の通ってる高校でした。ただ、学生は知らない人ばかりでしたね」

あらぁ、と若月さんの声。

「学校のイメージは一致していたのね。我ながらすごいわ」

嬉しそうに両手を合わせて、冬香さんに顔を向けた。

「オーナーのセンスが良かったからです。私には到底できない事ですもの。本当に素晴らしくて尊敬します」

「やだぁ、照れるじゃない」

きゃっきゃとはしゃぐ2人。軽い感じに聞こえるが、それがかなり高等な事だと、中に入った私なら分かる。そして惑わされずに怨霊を祓ってくれた礼さんの凄さも。

マイカを撫でる手が止まる。

私は教室の隅で、掃除道具入れに隠れることしかできず、お兄ちゃんは記憶すらなかった。短時間だったから無事だったけど、兄妹揃って何も出来なかった。

それに……

「結局、どれが本当のむいかさんだったのか、最後まで分からなかった……」

ぽつりと言葉が溢れでる。

「隅の方で震えてた奴が本来の姿じゃないのか?男を侍らせていた怨霊は魂が劣化していたし、他の怨霊も50年は前のヤツがほとんどだった。白かったというし、あいつだろ」

礼さんは答えてくれると同時に、マイカを撫でようと手を伸ばす。

「フー!」

威嚇するマイカの前脚から爪が見えている。

「おっと」

手を引っ込める礼さんを、まだ威嚇したりないのか、マイカは私の太ももを蹴って冬香さんに飛びついた。

「それっていつくらいから取り憑かれていたのかしら?」

何事もなかったかのような若月さんの声に、礼さんもまた何事もなかったように答える。

「雷太の話を聞く限り、高校に入る前には殆ど乗っ取られていただろうな。でも完全ではなかった。取り憑かれたのも早かったが、自分に保護をかけるのも無意識にできたんだろう。強い怨霊だったが、抵抗する力も強かった。ま、だから取り憑いたんだろうけどな。あの感じは、ここにきたばかりの冬香に少しだけ近い」

え、と驚いた私は、冬香さんに目を向けた。大きな瞳を少しだけ細めて微笑む顔。

「冬香さんと近い?」

そう問うと礼さんと若月さんは顔を見合わせ、礼さんはこちらを見て無言で頷く。しかしその口は閉ざされたまま。言葉を選ぶように説明してくれたのは若月さんだった。

「ものすごぉく簡単に説明するとね、とっても強い怨霊が彼女に憑いていたの。霊体ともかなり融合していたし、強力な呪いかかっていたわ。(おぼろ)(くわい)って覚えてる?朧も傀も怨霊の餌なのよ。そして強い怨霊は弱い怨霊を取り込むことができる。そうやって自分の存在時間を伸ばし、力を伸ばし、より強固な個体を乗っとろうと画策するものなの」

「じゃあ、冬香さんも人格が違ったの?」

「いや、近いってのは怨霊の方だ。状態が近いだけで、強さは比較にならないが。冬香の場合と大きく違っていたのは、乗っ取られる側の自我の有無。雷太、同級生だと言ったな」

お兄ちゃんは礼さんに問われて頷いた。

「学校でその背後に怨霊を見たか?」

「いいえ。1度も見たことがありません」

「でも霊体とは印象が違ったんだな?」

「はい。無害そうな霊体と違って、生前の菖蒲が妹に近づいてきたら阻止していたでしょうね」

「え……お兄ちゃん? 何言ってるの……」

私は大きく目を見開いて隣を見る。むいかさんの事をそんな風に思っていたなんて、驚いた。

「怨霊が取り憑くには基本1対1だ」

礼さんがそう言って私をチラリと見た。

「1対……1?」

首を微妙に捻っていると、若月さんが説明をしてくれた。

「1つの体を怨霊と本来の持ち主で取り合うの。この怨霊がいかに他の魂を取り込もうと、取り込みが完了しているのなら魂は塵のようなものだから、表に出てこれない。一度形状が崩れてしまったら、2度と元には戻らず自我なんかもなくなる。よって、一番形状を保っているモノが代表として存在を表すの。だから基本は1対1。今回の場合は”菖蒲むいか”という体を、本人の魂と、たくさんの魂や霊体を取り込んだ集合体の……そうね、通称”ジョーカー”としておきましょうか。その2人が体を取り合っていたの。ただし、このジョーカーはすでに色々なものを糧に力を伸ばしていた。傀や朧を食し、他の魂を食って自分の養分にした。十分に力をつけた頃、霊体ではなく実体を乗っ取れると思って、幼い”菖蒲むいか”に取り憑いたのよ。じわじわと融合を進め、少なくとも高校生になる頃には本体を凌駕するようになっていた」

補足するように礼さんから説明がある。

「雷太が同級生として接していたのは、菖蒲むいかに成り済ましたジョーカーだった。こいつは派手好きで、男を侍らせて悦に浸るタイプの人間だ。それがあの犯罪者に目をつけられて、簡単に誘いに乗って殺される原因にもなった。殺されて肉体から霊体を引きずりだした時、表に出ていたのはジョーカーだったはずだ」

私は黒かった最初のむいかさんを思い出す。

「それじゃ、最初に話したのがジョーカーって事ですか?」

礼さんは頷いて言った。

「黒かったのならそうだ。だが本来の魂は自分で守っていて、怨霊の中で奪い返す機会を狙っていた。意識的ではなく、本能だろうが」

さらに説明が続く礼さんの口元に意識を向ける。

「それが神社で、鎖の呪いと結界術の力がぶつかり、絶妙な力の衝突が働いた結果、怨霊の方が自我を封じられる事になった。そこで本来の自我である”菖蒲むいか”が出て来れるようになったって訳だ」

結界術って、私が無意識で張ってたアレの事だろうか。あの鎖を握った時に、無意識に力を使ったって事なのかな。

「それであんなに印象が違ったのか。俺に頭を下げて謝るなんて、って驚いたからな」

「そう、なんだ……」

お兄ちゃん、違うってちゃんと分かっていたんだ。本質を見抜いていたってこと?

じゃあ、私だけ何も分かってなくて、騙されて、半年間怨霊に栄養を与え続けていたんだ。


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