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聖霊 その17

◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


次の日、私はお兄ちゃんと一緒に”はなちるさと”に来た。将生(まさき)さんが見た映像を私は聞いていないから、それを説明してもらうためだ。

お兄ちゃんは将生さんからのアイデアで、お母さんにエステチケットのプレゼントまで用意してくれた。みんなどれだけこの日のために頑張ってくれたんだろう。

オートロック解除後は、少し身構えたがあっさり通れた。入口で少しだけ抵抗があったけど。むいかさんを見ると、少し嫌そうな顔をしていたが、拒否の仕草はしなかったのでそのまま進み、お兄ちゃんと3人でエレベーターに乗り込み店に向かう。

玄関に出迎えてくれたのは若月(わかつき)さんだった。

「……は……はじめ、まして!」

お兄ちゃんの声が上擦っている。綺麗だと前情報を与えていたのに、想像を超えていたのかもしれない。

「あれ?」

見上げた若月さんの雰囲気が、昨日とは大きく違うような気がした。どう違うのかと言われると困るが、輝きが増しているとか、華やいでいるとか、そんな感じだ。

「待ってたわ」

若月さんはそう言うと私の肩に手を置いてから、続いてむいかさんの肩にも触れる。

「うまくいきそうよ。でも、詳細を説明するから、お兄さんも了承してくれたら、実行に移す事にするわね」

私はそれに頷きながら、スリッパに履き替えて中に入る。お兄ちゃんも慌てたように後に続く。

若月さんは奥に消え、私とお兄ちゃんは入ってすぐの場所で立っていた。ふと左の部屋を見ると、昨日は見かけなかった人物が2名いる。

スチール椅子に腰掛け、組んだ足に肘をつきながら、不機嫌そうに手に顎を乗せた男。手足も長く、見惚れるほど美形だが、誰なのかと尋ねてはいけないような空気を醸し出している。若月さんと喧嘩でもしたのだろうか。

その男の横には、興味深げにこちらを見ている少女。

隣の不機嫌さなど気にならないのか、薄く微笑みさえ浮かべてこちらを見るものだから、うっかり目が合ってしまった。軽く会釈をしてみると、嬉しそうにふわりと微笑んで、こちらへ寄って来ようとした。

しかし、その動きは不機嫌な男の腕によって阻止されたようだ。

「怨霊付きだからしかたないよね」

ぽつりと言って、少しショックを受けた事に驚く自分がいる。

ここの関係者なら見えて当然だ。しかし今まで見える人達には、近寄りがたい態度をとられた事がなかった事に思い至る。そして慌ててむいかさんに目を向けた。

傷つけたかもしれない、そう思って見たのだが、むいかさんは目を閉じてじっとしている。眠っているのだろうか?

「美卯ちゃんのせいじゃないのよ。妬いてるだけだから、気にしなくていいわ」

奥から歩いてきた若月さんは、5人分の飲み物を乗せたトレーを抱えている。隣でお兄ちゃんが硬直したのが分かった。

「あっちの部屋で説明するわね」

不機嫌男と少女の方へ歩き出す若月さんに続いて、私とお兄ちゃんも移動する。

木のテーブルと椅子が用意されており、窓際に若月さん、その隣に私とお兄ちゃんが壁に向かって座る形になった。不機嫌男は若月さんと向き合っており、少女は横から腕を回されたまま立っている。身長は私と同じくらいで小柄だ。そのせいで、目の高さは隣の男と一致している。

「まず紹介するわね。この機嫌悪そうに見えるのが”安堂寺(あんどうじ) (れい)”で、美卯(みう)ちゃんに興味津々なのが”(つるぎ) 冬香(とうか)”よ。今からあたしが作る絵画を特殊な結界で守るのが冬香、中に入るのが礼ね」

かちゃかちゃと小さな食器の音と共に紹介される2人の説明に、きょとんとしたのは私だけじゃないはず。お兄ちゃんだって言われた内容がよく分からないんじゃないかな。

「えっと……?」

私たち兄妹を交互に見た若月さんは、少し眉を下げてから微笑む。

「生きた人間と霊体だけのモノを引き離せるの。霊体の損傷もないはずよ。ただ、これをやるのは初めてなのよね。だから、もし怖いのならやめてもいいわ。実験体にしたい訳じゃないから」

「いや、えっと……」

私が何も言えずにいると、お兄ちゃんが口を開いた。

「怖いというより、よく、分からないって言うか……」

私は頷きかけて固まる。

これまでもよく分からない事が多かった。聞いても理解できない可能性だってある。それなら、委ねてしまう方が良いんじゃないかって気がしてきた。

「飲み物、どうぞ」

若月さんに言われるまま、お兄ちゃんと2人顔を見合わせて、ほとんど同時にカップを持ちお茶を飲む。

「にが……」

お兄ちゃんが小さく言う。私は口に含んだ緑茶らしきモノを呑みくだし、若月さんの目を見て言った。

「私、大丈夫です。すべて、お任せします」

ガラス玉みたいな青い目が優しく微笑む。

「美卯!」

「だってお兄ちゃん、私たちこの半年何もできなかったじゃない。むいかさんも言葉を失ったままだし、犯人も確定できていない。きっとあいつだろうって思っても、確認できる手段もないし……」

それに、と呟く様に言ってから、お兄ちゃんに向かって口を開く。

「私の体力が減るくらい良いの。でも死ぬって言われたら、やっぱり少し怖いし、私の体力を糧にする事で、むいかさんが怨霊化するのも嫌。この状況を変えてくれるなら、リスクがあってもお願いしてみたいの」

そこまで言っても、お兄ちゃんは渋い顔をしている。カップの横に置かれた手はぎゅっと固く握られ、迷いよりも拒否が勝ってるみたいに見えた。

そんなお兄ちゃんの手に、そっと手をかぶせる少女。

「大丈夫。あなたの懸念は分かっています。でも、私たちを信じてもらえませんか。妹さんは傷つけません。必ず助けます」

お兄ちゃんを見上げる冬香さんは、少女と呼ぶにはあまりにも大人びて見え、私までドキドキしそうだった。

赤くなったお兄ちゃんは、それでも少し渋る様にしていたが、じっと見上げてくる冬香さんに根負けしたのか、最終的には首を縦に振っていた。それを待っていたかのように、若月さんが立ち上がる。

「それじゃ、美卯ちゃん。少しだけ、目を閉じてて」

私は言われるまま目を閉じた。明るい光が瞼を通り抜けて見える。

それを最後に、意識が途絶えた。






◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇







「え、美卯!」

雷太(らいた)の声が店内に反響する。

青い光が眩しすぎて目を閉じてしまった。再び開けた時には、妹も同級生も見当たらない。

その代わりに現れたのは、テーブル上の青い小箱。

カツンと指で箱の上部を押さえた若月から説明がある。

「これは封印の小箱。シランスと呼んでいるわ。今、彼女たちはこの中で、時を止めている。今からこれをさらに加工して、本格的な解呪(かいじゅ)に入る。でもその前に聞きたいの。兄のあなたから見て、あの怨霊はどうなの」

少し表情を変えた雷太は、真剣な面持ちで若月に顔を向けた。

「俺の、同級生だったモノです」

「生前の彼女と印象は違う?」

ゆっくり頷く雷太に、若月はふうっと息を吐き出した。

「やっぱりね。でも美卯ちゃんが傷つきそうで言ってないのよね」

若月の問いに、雷太は少し考えてから返答した。

「はい……あ、いえ。確証がないから、と言った方が正確です」

自信なさそうな言葉に礼から質問が飛ぶ。

「なんの確証だ」

今度は礼に顔を向けた雷太。

「同級生ですがほとんど話した事がないので。仲間が見た怨嗟(えんさ)からして、被害者なのは間違いないだろうし、霊体のあの姿が本質なのかもしれない。そう思うと、生前の俺の個人的な印象を伝えるのも違うような気がして」

「怨霊は基本嘘つきだぞ。生前はどんな印象だったんだ」

雷太は目をテーブル上のカップに向け、取ろうとしてやめた。


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