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聖霊 その15

「ねえ、犯人って町田の廃墟に死体遺棄した、大学生じゃない?」

美卯(みう)は僅かに表情を変えて頷いた。膝に置いた右手を、左手で掴む。強く掴み、落ち着こうとしているようだった。

「その逮捕された男と近所で遭遇しています。でも、犯人かどうか分からない。将生(まさき)さんも悲鳴を聞いてるし、かなり疑ってますけど。何人か殺人を認めているみたいだから、写真を見せればあるいはと思ったんです。どうやって会うのかとか、誰にお願いするとか、全然思いつかないんですけど」

なるほど。思ったより深刻だと若月(わかつき)は思う。

「まず、その鎖なんだけど」

若月は微笑みを消し、美卯と霊体を交互に見ながら説明した。

「とても特殊な能力なの。だから、それを作り出したのが近所で遭遇したその人なら、犯人で間違いないわ。他の犠牲者も似たような形で肉体と霊体を切り離されていたの。おそらくまだ生きているうちにね。犯人には誰も憑いていなかったのに、怨嗟(えんさ)が尋常じゃないくらい纏わりついていたそうよ。あたしも被害者の1人の声を、電話越しで聞いたわ。……悲しい、悲鳴だった」

美卯の顔がみるみる青ざめて行く。映像を見たと言っていたから、その様子を思い出したのだろう。

「それから、逮捕に関わっているのはうちの関係者だから、写真に撮れたら警察関係者に渡す事も可能よ」

少し顔色が明るくなったのを確認した若月は、さらに言葉を重ねた。

「あとね、あなた達を切り離すことは可能よ。まだ融合していないんだから、比較的簡単な事ね。心配しなくてもいいわ」

すると、美卯は驚いて若月を見上げる。

「簡単、なんですか?」

若月はにっこりと微笑み、大きく頷いた。

「融合していたらね、ちょっと大変なの。無理に離すのはかなりリスクがあるし、それを避けようとするなら、時間をかけて自分でなんとかしないといけないの。でも、今の状態なら大丈夫よ」

ぱっと明るい表情を見せた美卯だが、それは一瞬で引っ込んでしまった。

「私と離れた後、むいかさんはこの状態を維持できますか?」

若月は首を横にふる。

「封印していいなら保存は可能だけど、今みたいに意思の疎通はできないわね」

「そう、ですよね。記憶を取り戻して、むいかさんがやっておきたかった事や、思い残す事があれば聞いてあげたいんです。もちろん体も取り戻したい」

肩に力が入っている美卯。若月はそれでも首を縦には振らなかった。

「残念だけど、永久には無理ね。記憶が封印されているのか、ただ忘れているだけなのか分からないけど、魂があるから怨霊化しやすいの。人から生気を奪い続ければ存続は可能だけど、そうするとますます怨霊化が進んでしまうし、奪われる側の人間だって命を削る事になる」

「でも、半年経ってますけど、むいかさんの様子はずっと変わっていません。だったら、これからも大丈夫なんじゃ……」

若月は困ったように眉を下げて美卯に向かう。

「誰かれ構わず人を襲っていないのは、彼女の元々の性格や能力もあると思うわ。高い能力があって、自我を保っている。とても稀な事よ。だけどこの状態を作っているのは、おそらく美卯ちゃん、あなたよ。あなたの能力で彼女の力を制限し、さらに最低限の生気を与え、その上で自分も守ってる」

「え……」

驚いた顔の美卯。

「それと同時に……彼女を縛っているのも、あなたの能力だと思うの」

「じゃあ、じゃあ……」

美卯は怨霊に目を向けて、泣きそうな表情になっている。

「あの男と同じ事を、私がむいかさんにしてしまってるって事ですか?」

若月に顔を向けながらそう言った美卯の目には、うっすらと涙が浮かんでいる。

「能力には善悪がないもの。でも、彼女はあなたの善意を信じている様よ」

美卯の肩で霊体は、大きく頷いている。美卯もそれを確認したようだが、浮かんだ涙はそのままだった。

「私が……私がむいかさんを留まらせたんだ。捕まえて、消えない様にして、怨霊化させたんだ。あの、犯罪者と同じ様に……」

自ら両手を覆い、塞がれた顔が天を仰ぐ。

覆った手の端から溢れる涙。

一度流れ始めたら止めるのは困難であるかのように、美卯の涙は次々に頬を伝う。

「美卯ちゃん……」

見守っている若月の耳が異変を感じたのは、その直後だった。僅かな空気の擦れる音。

はっとして、慌てて美卯に警告する。

「ダメよ、保護を解かないで」

「ひっく……ほ……ほ、保護……?」

ずっと気を張っていたはずだ。自らに保護をかけ、体力を守りつつ怨霊に生気を与え、その存在を守ってきた。それが裏目に出ていると知って、力の方向性が変わりそうだ。

くすっと誰かが笑う様な声が、若月の耳を掠めた瞬間。

「あ、あぁ!」

遅かった。

いらぬ情報を与えねばよかった。美卯は自己犠牲を厭わない性格なのかもしれない。

「おそらくなんだけど今、融合の第一歩を踏み出した可能性があるわ」

「……え?」

美卯に自覚はないようだ。

「あたしもそこまで目がよくないの。でも、もう一度店に行きましょう。今度こそ、入れるかもしれないわ」

「でも、さっきは……」

「確かめるのがその方法しかないの。まぁ、本音を言うと入れない事を祈っているけど」

入れるという事は、融合が確定するということ。それはつまり、命の危険が含まれる。

躊躇(ためら)わずに隔離するべきだったかと、若月は自分の判断を悔やんだ。









店に移動しながら、若月は美卯と基礎知識の擦り合わせをしようとした。しかし知らない事の方が圧倒的に多く、若月が1人説明しながら歩くような状態だった。

「人は死んだ時の感情に支配されるものなの。例えばね、苦しみから逃れたくて自殺したとするでしょう? 能力がなくて霊体が抜け出なければ、そこで全てが終わるから苦しいことからは逃げられるかもしれない。でも能力があったり、霊体が抜け出るような体質だったりしたらダメね。永遠に苦しみが続いて救いがないのよ。ここで魂有りとなしの2つに分かれる。暗くて苦しくて蠢くしかないのが、魂のない傀なの」

「感情だけで、時が止まるってことですか?」

「ま、そんなとこね。あいつが憎い、殺したい、呪いたい、復習したい。そんな強い意志が具現化すれば、呪いを生み出す事も可能だし、うまいこと相手を見つける事ができれば憑く事も可能なの。でも、これは能力によって大きく左右される。能力が低ければ、魂は一緒に抜け出ない。だから動きが単一なモノや、その場から動けないモノも多いの」

初めて知る事なのか、美卯は目を大きくして聞いている。日下部の甥っ子から何も聞いていないのだろうか?

「でもあたしの知る限り、殺されて黒くなった霊体が、その後に白くなったなんて聞いたことがないのよ」

若月は美卯の肩に目を向けて続ける。

「生きてる人間から生気を吸い取ると、黒くなってしまうものだしね。それが白いままなのは、他に原因があるはずよ」

「魂と霊体がセットで、白い人っていないんですか?」

「人に憑いていないならあるわよ。でも美卯ちゃん達のように、ガッツリ憑いているのに白いままなんて、少なくともあたしは見た事がないわ」

そう答えながら、若月はふと冬香を思い出していた。

彼女なら、見た事があるかもしれない。戻ってきたら聞いてみよう。

そんな事を考えていたら、すぐに店の入っている建物に着いてしまった。


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